エピローグ:ガンスミスの帰還
深い水の中から浮上するように、意識がだんだんと明確になっていく。
「目が覚めたか?」
聞き覚えのある声がした。
誰の声だったのか、思い出せない。重い瞼をどうにか持ち上げる。ぼんやりしていた視界は次第に輪郭を取り戻し、声の主が分かった。
目の前に全裸のフランクが居た。そう、ダイナマイトを投げつけて、私を殺した男だ。殺された私が今ここにこうしているという事は、ロールバックを迎えて復活したのだろう。今、私がいるのはファイヤーピーク館の客室だった。普段使っていた装備を身につけた状態で、ベッドに横たわっている。
私は上体を起こし、私を殺した男を睨みつけて身構える。私の動作に彼は両手を上げて降伏の姿勢を示した。
「シャイニー、敵意は無い。このとおり丸腰だ。ダイナマイトを投げつけた件は申し訳なかった。秘密を暴かれて、少しテンパっていたんだ」
しかしコンソールコマンドで自由に物品を取り出せるこの世界で、自称丸腰は意味を持たない。
「本当に悪かった。どうか話をさせて欲しい」
彼を信じる根拠は無いが、全裸の男に目の前でブラブラされると居心地が悪い。
「分かったから、とりあえず服を着てよ」
彼の手の中に、黒いスーツが現れた。いそいそとそれを着込みながら彼は語った。
「元の世界では裸の状態でプレイしていた。だから水曜日のロールバックを迎えるたびに、服が脱げるんだ」
ああ、なるほど。思い当たるフシがある。
「ヴァンデルアーの初期作品は、無駄に裸のシーンが多いから?」
ラングドンと共演した「ユニバーサル・ウォリアー」然り、出世作の「タイム・ディテクティブ」然り。
私の問いかけに、フランクは無言でニヤリと笑った。口元から白い歯が見える。前歯に刻まれた数字は15になっていた。
黒いスーツを着て出会った時と同じ姿になったフランクは、スツールを引き寄せて側に座った。
「既に分かっていると思うが、俺はお前のファンだった。いや、過去形は適切じゃないな。今でもファンだ。オチンチンMODがリリースされる前からのな」
「それは、どうも」
皮肉めいた口調になってしまったけれど、本心だった。全世界に百人も居ない銃MODユーザーの中の、十人も居ないブログ読者に会えたのだから。
「で、ファンとして聞きたかったのは、オチンチンMODは本当に作りたくて作ったものなのか?という事だ。他のMODやブログから伺える趣味嗜好を見ると、オチンチンMODを好んで作ったようには思えないからな」
「つまりフランクは、私が人気取りのためにウケそうなものを、好きでもないのに作ったと、そう言いたいの? だったら大きなお世話。知っているかもしれないけど、銃MODの総ダウンロード数は百にも満たないの。ファボ数に至っては一桁。そんな底辺MOD開発者見たことある?」
好きでもないものを作った自覚は有った、確かに。しかし、私をそういう行動に駆り立てるほどに、底辺でいる事が辛かったのだ。
「底辺ではないあなたには分からない。分かるはずがない……」
彼にとっては一作目となる「ヴァンデルアー・スペシャルパック」は、MODポータルで公開された二時間後には、主要なMOD紹介サイトで取り上げられている。そしてそれに見合うダウンロード数と評価を得ているのだ。私とは違う世界の住人と言っていい。
底辺の事などわかるはずのない彼は、ぼそりと呟くように口を開いた。
「MODを作る前の俺は、もっぱら絵を描くことを趣味にしていた」
何も不思議な事ではない。実在の人間にそっくりなフェイスデータを作れるのだ。そこで必要となる能力は、おそらく絵を描く時にも要求される能力だ。
「イラスト投稿サイトに、随所にネタを仕込んだ情報量の多い絵を投稿していた。でも最初はほとんど評価されなかった。一方で、人気キャラのアップ絵がそこそこに評価されているのを目の当たりにして、釈然としないものを感じた。それを描くのに五分とかからないことは、絵を描かない人間にだって分かる」
彼は過去を思い出すように、どこか遠くを見るような目で語った。
「評価が欲しくて仕方なかった俺は、ある日人気キャラのアップ絵を手癖だけで描いて投稿してみた。それこそ五分で。そうしたら、いつもの絵よりも評価された。笑えるだろ? だが、あれだけ欲しかった評価なのに、喜びも達成感も無かった」
つまり私がオチンチンMODを作ったのと同じような事を、彼は絵の世界でやったという事なのか。
「俺は元の作風に戻った。その内に少しずつジャンルの中で評価されて、感想をもらって、リピーターが出来た。ものすごく人気があった訳じゃないが、アップ絵より評価されるようになった。ネタを仕込めば仕込むほど、それに比例したリアクションが得られるようになった」
結局彼にはMODを作ることと、絵を描くことの両方の才覚があったというだけなのだ。そして残念ながら、私には何もない。彼に私の苦しみは分からないのだ。
「本意ではない事で得た評価は、ジャンクフードみたいなもんだ。一時的に腹は膨れるだろうが、栄養にはならない。シャイニー、ベルたんに『オチンチンMODの人』と呼ばれた時のお前は、ひどく辛そうな顔をしていたぞ」
そう言って彼は右手を差し出した。
「戻って来い、シャイニー・アイアンバー。本来いるべきところへ」
「あなたに……何がわかる……才覚に恵まれたあなたに、恵まれなかった私の何がわかる。底辺の人間の、孤独を、葛藤を、悲しみを、遣る瀬無さを」
分かりようがないのだ。肯定されない苦しみは誰にも分からない。
「まず、ファンとして一つ言っておこう。俺たちは数じゃない。そりゃ、少ないよりは多い方が嬉しいだろうが、俺たちはお前のモチベーションを支える数値じゃない。人間だ」
嫌という程分かりきった、当たり前の事だ。全くもっての正論で……そして涙が出た。強者の言う当たり前や正論というものは、底辺の人間にとってひどく残酷なものなのだ。
「少ないながら、評価する人間は居ただろう。少なくとも彼らは、能動的に意思表示をした者たちだ。その少数のために銃MODを作り続けろとは言わない。ただ……」
彼は軽く息を吸った。
「ただ、その少数を信じてやる事はできないか?」
声にならない嗚咽が漏れた。それを必死で噛み殺そうとするものの、体が震えて思うようにならない。
「数は少なくても、ファンは確実にいる。そのうちの一人は目の前にいるぞ、シャイニー・アイアンバー。こちら側に戻ってこい」
彼の顔を見上げた。涙でぼやけた視界を突き破るような、強い意志の籠った目で私を見ていた。私はおそるおそる、差し出された右手に、手を伸ばした。震える指先が彼の手に触れる。
「よく戻ってきてくれた」
そう言って、彼の手は私の手を握り込んだ。
「で、ここからが本題なんだが……」
今までの話が本題じゃなかったの!? 彼の手は捕らえたものを離すまいと、ガッチリと私の手をホールドしている。
「十五時間事件の後、ケイジはオナルを説得しようとしたが、徒労に終わった。退屈と停滞を恐れる俺たちにとって忌まわしい事件が二度と起きないように、俺はこっそりとオナルを殺した。七週……いや八週前だ。次の水曜日、ロールバックが起こって当然オナルは復活する。平穏を維持するために、また殺した。その後は、オナルを殺す事が俺の仕事だと思って、水曜日が来るたびに殺し続けた」
彼の右手に力が入った。厚い手のひらに包まれた私の手は、緊張で少し汗ばんだ。
「仕事っていうのは、一人でやっていると単調になる。だから同僚とか相棒とか、そういうのが居た方が良いんじゃないかと思うんだ。シャイニー・アイアンバー、俺の仕事を手伝って欲しい」
「ちょっと待ってよ、フランク。図々しくない? 私を殺して、自分を信じろとか言って、挙げ句の果てに仕事を手伝えって? 異世界に来てまで仕事をするとか無いわ」
「まあ、そう言うな。それに、アレだ。退屈と停滞を恐れるこの世界で、仕事を持てるっていうのは中々ラッキーな事だと思うぞ」
彼の社畜精神に呆れつつ、渋々と無言で頷いた。それを見た彼は笑顔で、握りこんでいた私の手に左手を添えた。
「よろしくな、シャイニ・アイアンバー。今日から俺たちは相棒だ」
彼は私の手を離すと、窓の外を指差した。中庭と、オナルが死体で発見された温室が見える。
「オナルはあそこで復活しているはずだ。俺が奴を温室の外に追い出す。出てきたところを撃ってくれ」
言い終わると、彼の手の中にクラシカルなライフルが現れた。「モシン・ナガン」、私が一番最初に作った銃MODだった。
私は指でコンソールウィンドウを呼び出し、コマンドを入力した。
—— HELP WA2000↩︎
Walther WA2000 – 080010F4
—— ADD ITEM 080010F4 1↩︎
私の手の中に、現代的なライフルが現れた。
「こっちの方が良い」
「どれだけ自分用を隠し持ってるんだ。それも後で共有してくれ。じゃあ俺は行くから、後はよろしく頼んだ」
彼を見送った後、サイドテーブルを窓際に移動させた。床に引き摺った跡が残ってしまったが、まあ良い。どうせ次の水曜日には元通りなのだから。サイドテーブルの上に銃の二脚を立てて位置についた。
それにしても、以前にネットの記事で見たことがある。もしも宝くじが当たったら、仕事を続けるかどうかという、他愛もないアンケートの記事だった。何でも仕事を続けると答えた人は33%らしい。記事の論調は、辞める人間が67%も居るなんてけしからん!というものだったが、私にしてみれば、仕事を続ける人間が33%もいるという事の方が驚きだ。そしてどうやらフランクという男は、その33%に属するらしい。
そんなことを考えていると、窓の外にフランクの姿が見えた。彼は走って温室へと向かう。彼が温室の中に入るのを確認した後、私はスコープを覗き込み、温室のドアに狙いを定めて、時を待った。
やがて温室のドアが乱暴に開け放たれ、痩せた男が転がり出てきた。オナルだ。まずは当てやすい胴体に一発撃ち込む。澄んだ空に銃声が響き渡った。
オナルはつんのめるように倒れてうずくまった。動きが止まったところを見計らって、もう一発。頭部を撃ち抜いた。花が咲くように、周囲の地面に彼の血が広がった。流石に生きてはいないだろう。
やがて温室からフランクが出てきた。オナルが死んだことを確認すると、こちらに向かって笑顔で手を振ってきた。
これからの私は水曜日が来る毎にオナルを殺し続けるのだろう。オナルを殺した回数と、ロールバックを迎えた回数がちょうどイコールになるわけだ。村の住人は目や歯に、過ごした週数を刻んでいる。私はオナルの殺害数かつロールバック数を銃に刻んでみようか。キルマークとして。




