とくべつになれない3
「アニをパーティーから追放して」
重々しい空気は最早刺々しいまでになっていた。
「…それは、…無理だ」
俺はこのメンバーで最後まで旅をしたいのだ。…言っている事は完全に修学旅行前の先生のそれと同じように何の具体性も無い、空虚なだけの言葉だが。
「分かってくれ…。このパーティーで中衛を担ってるのはアニだ。アニが抜ければ危険に晒されるのは他ならぬ唯とジャックなんだぞ」
言って、しまったと思った。
アニがパーティーに残る理由を役割と言う陳腐な型に押し込んでしまった。
役割で言えば必ずしも中衛がアニである必然性は無いし、外部から補填するというアイデアもある。
だから今、役割の話をすべきではなかった。
「…まぁ、役割は一先ず納得するとしても。この女がいたら清人は死ぬわ」
「何を根拠に…、あっ」
言っている内に理解してしまう。
根拠なんて最初から提示されていた。
吸血事件。
あれで俺は確かに死に掛けた。それを治そうと尽力したのはジャックと唯、それに一と篝。特にジャックと唯はスキルを多用した分ハードワークだったと聞く。
スキルの連続使用で倒れたのは紛れも無く唯その人だった。
「…もしかして心配してるのか?」
「もしかしなくても私はあなたが心配よ」
……。
場違いではあるが、心配してもらえていた事を嬉しく思う俺がいる。
「別に私は清人が嫌いな訳じゃないの。私は清人が好きで、清人が憎いから、からかいたくもなるし、心配だってする。好きな人程虐めたくなるあの感じが近いかしら」
「だったらーー」
何故アニを否定する?
「だからこそ、許せない」
言葉を遮り唯はアニを睨んだ。
「あなた、清人を傷付ける人が許せないんだって?でも一番清人に実害を…傷付けたのはあなたじゃない」
アニが『あぁ』とか細い声で呻く。
気付いてしまったのだろう。
傷付ける事を容認しないと宣いながら他ならぬアニ自身が一番俺を傷付けている事実、その矛盾に。
「そんな…わた、…違…」
「認めなさい」
「人は傷付けるモノよ」
瞬間。
アニの足場からコールタールの様な物体が噴き出した。
しかしアニは意に介さないように…違う。
気にする余裕が無いほど心が折れたように見える。
焦点は合わず、肩は小刻みに震え。
自分の体を抱きながら…泣いていた。
「絶望、ね…」
コールタールはアニを呑み込み、やがて花になった。
一際大きい花弁の中心には檻があり中にアニは収容されている。
しかしその花には腕がある。
眼もあって、唯一無いのが足位か。
七夕の魔獣にも似た異形だった。
「魔獣…ッ」
魔獣とは人の絶望が生む世界の敵。
アニの絶望が魔獣を生んでしまった。
「さっさと助けるわよ」
真っ先に駆け出したのは唯だった。
「ホラ、ぼさっとしない。アニを助けたいなら走りなさい」
意外だった。
唯はアニを嫌っているものだとばかり思っていた。
そんな事を考えていると唯は半目で心底呆れたというような顔をした。
「馬鹿ね、私はそこまで狭い女じゃないわ。それに『傷付けた』って思う人はその人を往々にして大切に思っているものよ。大切に思っているから『傷付けた』事に気付くの。その点あの女…いえ、彼女は合格よ?ただ」
「ーーちょっとばかりムカつくけど」
魔獣の動きが鈍る。
唯の大罪系統だ。
「…やっぱ唯はカッコいいな」
負けじとアクセルを踏み込む。
「女の子にばっかカッコいい事させるのは男の名折れだ。たたが攻撃、全部捌き切ってやんよ!!唯には一回でも被弾させるもんか!!」
無数に迫る腕を杖で悉く叩き折る。
拓けた視界に花弁が見えた。
どうやら花弁はエンジェルトランペットに近い気がする。
「唯、メタ読みだけど毒ある可能性がある!!距離には気を付けろ!!」
エンジェルトランペット。
花言葉は偽りの魅力。
その花にはーー微量ながら毒がある。
「ったく、何が花言葉だ。魅力は偽りなんかじゃないだろうが…よッ!!」
『跳躍』と『立体機動』を駆使して茎を駆け上がる。
しかしこの魔獣とはとことん相性が悪い。腕が切り飛ばせないから回復してしまい、回復し終えた腕から攻撃が繰り出されキリが無い。
かと言って爆破させようにも絶えず移動する状況では処理が追いつかない。
だからひたすらに杖で殴る。
がーー、葉脈を叩き潰した時それは起きた。
「やっぱり毒じゃないかよ!」
とんずら式加速で回避する。
一瞬前にいた場所が紫色の明らかに毒主張の激しい霧が噴出した。
「唯!そっちは大丈夫か!?」
「大丈夫だから敵に集中しなさいよ!馬鹿!」
被害は葉脈を叩き潰した俺だけに留まったようだ。
成る程、葉脈ごとぶった斬りすれば同時に足場が消える事に加えて毒も食らう羽目になるのか。
とんだ侍キラーだ。ゲームで培ったメタ読みも今回ばかりは痛いミスをしたようだ。
が、相性はまだマシだと判明したところで依然として不利は変わらない。
制圧力が圧倒的に足りない。
なら、どうする?
「一丁、囚われの姫様を救うとするかッ!!」
『跳躍』をフルで起動し、腕を経由しつつ花弁へ飛び乗るとー魔獣と目が合った。危険信号が脳を飛び交う。
アニまでもう一歩。
いや、もう半歩で事足りる。
それが…果てしなく遠い。
花弁に見るからに危険そうなーーそう、ゲームで言うところのレーザービームを放つ前兆があった。
叩いて止めるには凡そ時間が足りない。
空中では身動きが足りない。
「ハッ!!」
鼻で笑ってやる。
「スキルコネクト」
「お前は偽物でも、何でも無い。俺が保証するよ」
だからーー、俺が重責も、苦悩も全部引っくるめて。
「俺が背負って」
「飛んでやんよ!!」
AeroAxl360°
それは必殺技でも無ければ、傷を付ける技でもない。
それは手を届かせる技。
そしてーー掴み取る。
裂帛の気合いを両脚に込める。
『跳躍』『立体機動』『加速』の複合スキルーー即ちスキルコネクト。
足場を無視して前に跳躍しつつ身体を捻り二回転加える技能。
発射されたレーザーを捻りで回避しながら檻にしがみ付く。
「来たぞアニ」
「とくべつじゃないけど、俺は来た」




