とくべつになれない1
《杉原清人》
えも言われぬ天国の様な感触があった。
それは頭をフカフカと包み込み、適度な熱をもっている。これは一体何だろうか。
心なしか落ち着く甘い匂いがする。沈香だろうか。何にしろ…今は眠っていたい。目蓋が重いのだ。
この頭を撫でる手は誰のだろう。
優しい手付きだ。こんな手付きで頭を撫でてくれる他人なんていただろうか。
…生前の父さんと母さんはもっと荒くて適当にゴシゴシ撫でたからな。頭が禿げるかと思った。
今となっては懐かしい。生前の大切な縁ってヤツだ。
今までにこんなに優しくされた事があっただろうか。
『お前の責任だろ!!このヒトデナシ!!』
『そうよ!!唯はあなたのせいで死んだのよッ!!他ならぬあなたが唯を殺したのよォォォッ!!!』
…正反対な事を思い出してしまった。
忘れよう。今だけは忘れていたい。
思えばロクな事が無いように思えてくる。唯を殺し、クロを殺し、数多の女の子を泣かせてきた。
そんな俺は…。
…こんな事を考えるなんて柄じゃない。
そもそも俺はシリアスを壊す旅狂いであって、ハッピーエンド至上主義者にしてまかり間違えてもシリアス要員ではない。
明るく楽しい俺を演じ続けて、自分すら欺くのだ。それが、例え誰かの犠牲の上に成り立っている関係だとしても。
ふと、撫でる手が止まった。
嫌だな、もう。単なる冗談ではないか。
胸を痛める程の事じゃない。痛みを隠して生きるのは人間の特技ではないか。
だから、君が泣く必要なんて絶無で。
つまり、俺は君に涙を拭かれる道理は無いって事だ。
やっと目を開く。
「よう、おはよう。アニ」
「……」
予想通りの展開だった。
何がって膝枕…というか太腿枕だ。
膝枕は案外されると骨ばっていて寝るのには難儀だったりする。ソースは俺。
それに比べて太腿はご覧の通り天国のような柔らかさを誇り、正に夢心地と言って申し分ない。
が、太腿枕は代わりに女の子の方が辛い。主に体勢と痺れが。
女の子側が常時屈伸をしているようなものだ、と言えば分かりやすいか。
総評としては相当な無茶をやっているなぁと言った感じだ。
何だか申し訳なくなる。
「他の皆んなは?」
「ジャックは畑の手伝い。一と篝は薪割りと軽い狩り、唯は定食屋の手伝い」
「って事は俺だけかよニート…そりゃ辛いな。随分と寝たみたいだし軽くジャックでも手伝いに…」
「ダメッ!!」
アニが叫ぶと、鳥が驚いて一斉に飛び立っていった。
アニはハッとするといきなり叫んだのが決まり悪いのか俯きながらも所在なさげに視線を彷徨わせる。
「あ、いゃ…。兎に角清人は寝てないとダメ。ね?」
それは半ば懇願の様だった。
その顔はやつれ、クマも出来ている。思い当たる点は一つしか無い。
「…昨日の事を気にしてるのか?」
「……」
「あれは…」
俺が先を続ける前に、アニは『お粥食べれる?』と何かに急かされるように言った。曖昧に頷けばすぐさま宿の食堂へお粥を取りに行ってしまった。
「…、失敗したな」
どうやらまた俺は失敗してしまったらしい。
失敗とは勿論ハーレム計画の事だ。
恐らく、アニは唯と自分を比べてしまって劣等感に苛まれている。だから、昨夜凶行に走った。俺に現場を見られたアニは罪悪感が臨界を突破して…罪悪感を快楽で打ち消そうとした。
『そもそも俺が馬鹿な考えを起こさなければ起きなかった事だ。責任は俺にある。だから抱え込む位なら俺を存分に蔑め』
って言おうと思っていた。
勘違いだったら相当恥ずかしいが。
でも多分的を射ていると思う。
しかしーー悲しいかな。
あの時にはこの選択しか選べなかった。
怠慢と言うには余りにも自己の介入の余地が無さ過ぎた。
だから後悔自体は無い。
けれど、アニの寂しげな微笑みが、俺の行為の卑劣さをありありと表すのだ。
…こんな選択をしたからには遅かれ早かれあり得た事だ。それだけ、今までの関係が砂で出来た城のように脆かったという事だ。
「…クソッ」
唇を噛み締める。
…痛い。けれどアニの胸もっと痛んでいる筈だ。さっき、震えてるアニの小さな肩を俺は見てしまった。…これが俺の負うべき責任なのだろう。
「どうにかしないと…。俺だけの力で足りなきゃ仲間だってこんな痴話喧嘩に巻き込んでやるか?…殴られそうだな主に一に。あいつお付き合いとかかなりシビアな価値観持ってそうだからな」
一人で抱え込んでなんて絶対やらない、徹底抗戦の構えだ。
ゲームで一人で抱え込む奴は大抵やらかすのだ。
小さな失敗のうちにリカバーを図れるなら恥を忍んで頭を下げよう。
「遅いな…うっし、動こうか…?」
右腕に違和感があった。
刻印が肩まで伸びていたのだ。
「…生き餌、ね」
そう言えばアニは『とくべつ』にヤケに固執していた。
エンゲルのおっさんも、アニがアルラクネの親戚みたいなモンスター…『シッパーレ・アモーレ・ニード』だったか、に育てられたと言っていた。
「……」
俺は言い様の無い漠然とした不安感に暗い未来を幻視してしまう。
このままではいけない。
『…『ロマンスのヒロインになれたからというだけで、すぐさまロマンスの主人公と結婚したに違いないということにはなるまい。こういう考え方には我慢ならないせっかくのドラマもこういう得手勝手な判断にあっては、こわされてしまう』ね』
ジョイドが諳んじた台詞がヤケに重たく肩にのし掛かった。




