ダンジョンを攻略しよう4
杖が腐った肉を潰す音が断続的に鳴り響いている。
「…にしてもここ本当にリスポン率が酷いよねぇ」
呑気にそう宣うジャックだったが生憎俺には返答する余裕すらない。
あれから更に歩を進めた俺たちは一日中暗い空間で終わりの見えない戦闘に取り掛かっていた。
主に敵は腐乱死体や鼠を大きくしたような齧歯類で、杖を振るうにしては少々汚い面々が相手だった。一度杖を振るえば血液やらが飛び散り一層不快感が増していく。
ジャックも最初こそ参戦してこそいたが、今ではすっかりガヤと成り果てた。
と言うのもこの空間には食料になるものが余りにも少ない。
俺は当然、魔素を使わない縛りプレイを要求されたのだが、それにしろ腹が減る。かと言ってジャック一人に食料調達をさせれば簡単に死にそうだったから現在の役割分担になった訳だ。
当人も『うーん、ホームグラウンドだけど普通に殴られたら死ぬし。ぶっちゃけホームグラウンドってテンション上がるくらいしか恩恵は無いね』と凄まじい無能っぷりを露見させている。
蔓から肉を受け取り焼いてから口に放り込む。
鮮度は抜群、血生臭い。
菌に気を遣って火の入り方は入念にチェックする。サルモネラ菌とかは本当に洒落にならないから。
が、その間も俺は戦闘しないと腐乱死体が殺到するのでゾンビ物も真っ青な圧倒的な物量差の下で脳死戦闘を繰り返すしかない。
「……肉」
「ほい来た」
最早コミュニケーションはこの程度。
ジャックの蔓に乗った肉を焼いて食べながら動き回る。
…キリがない。
まだ一徹もしてないが、これが二徹になったら本当に死にかねない。
そろそろ瞼が重いのだ。腐乱死体供は動きがトロいから格好の的になるが、それですら現在の攻撃の成功率は七割五分と言ったところで疲れが目に見えてわかる。
「日光…風呂…」
願望が口から漏れ出す。勿論そんなものはない。
だが、風呂は湧かせるだろう。
腐乱死体さえ無ければ穴を掘って簡易シャワー擬きぐらいは作れるか。
チチッと齧歯類の鳴き声がする。
ペストのキャリアだったら嫌だなとか考えながら脳天に杖を落とす。
「フンフンハフーン♪」
上機嫌で齧歯類の死体を捌くジャックを横目に何度も何度も腐乱死体に杖を打ち据える。
いい加減鼻が麻痺してきた。
多分俺自体も相当な臭さなのだろうが気が回らなくなってきている。
「………肉」
「ほい来た」
ジャックはホームグラウンドだからかまだまだ上機嫌だ。鼻歌混じりに齧歯類やらを捌いて行く。俺とは対照的にその手つきに疲労の色はない。
「焼きたての齧歯類は如何?ジャックは皆んなの人気者〜♪冷徹、非道〜激情家でも〜♪優しいジャックと一緒なら〜♪つられて優しくなぁちゃうな〜♪Hej」
…何だか無性に腹がたつが。
この上なく腹立たしいが。それでもジャックが居なければ俺は死ぬ。
「…もうそろそろ無理だ。…ジャック、進むのを諦めて作戦会議にしよう」
「OK敗走だね」
ジャックの蔓をむんずと掴むと引き摺るようにとんずら式加速で逃げ帰る。
単純に逃げだけで考えれば圧倒的な速力。
ただスキルとの併用のデメリットかやはり燃費が悪いし三半規管がやられるのか毎度のように吐き気を催してしまう。
シキミの匂いが漂う一角まで逃げ込むとその場で充電切れを起こしたみたいに倒れ込み肩で息をする。
「お疲れ様、疲労回復にはビタミンだって聞いたんだけど食べれるかな…?」
腹は減った。しかし、今食べたら確実に吐く。今ですら酸っぱいものが込み上げつつあるのだ。今はただ横になりたかった。
「…トゥチャトゥチャの野菜って…無いよな…」
「うーん、スーパーカブに全部括り付けたし、僕たちが気付いた時にはスーパーカブがなかったから大体は察しだよねぇ…」
野菜は無い。
白米が欲しい、野菜が欲しい。
上等じゃなくて良いから臭く無い肉が欲しい。
「…この世界に馴染んだつもりだったのに全然なんだな俺」
「そうだねぇ、全然だ。僕も君も」
随分と簡単に言うものだと絶え絶えな息の合間に笑って見せるとジャックはカタカタと微笑んだ。
「俺、一時期引きこもってイキリオタクの真似事もしてたさ。クロを殺してからだな。あの時に現実から逃げたくて転移とか転生ものは一通り漁ったし、無気力を理由にゲームを沢山やった。けどよ…現実はこれだ」
「例えば迷宮の最下層を一人でクリアする話ってあるだろ?今の俺はその手のものが絶対に無理って分かった」
「ん?チートの有無の話かな?」
違う違うと首を振り、仰向けから緩慢な動作で胡座をかく。
「違う。心理的なモンだよ。戦闘は辛い。一人で何時間も彷徨ってエンカウントするなんて度胸がどれだけ心を削るか理解してなかった。いざとなれば主人公らしくピンチを切り抜けられると信じてたしな。また、認識が甘かった。…お前が居なかったら多分もう俺は死んでたよ」
思い出す。
最初のハールーンとの戦闘の事を。
あの時、ジャックが居なければ俺は死んでいたかも知れない。生きていたとして奴隷になっていただろう。
今の仲間には出会えず、死んだように生きたかもしれない。
能力を補うだけでは無い。
ジャックが上機嫌で歌っているのを聞いて腹立たしくは思った。けれどそのおかげで孤独では無かった。
孤独が人を弱くするのは良く知っている。
だから、ウザいと思いながらも咎められなかった。寧ろ有り難いとすら感じていた。
「そうかなぁ…案外ケロッとしてるかもしれないよ?」
「お前は俺を何だと思ってるんだよ。俺は無力だよ、少なくとも今は。…弱くて矮小でさ。ちっぽけで面倒臭いって自覚してる。オマケにクズだ。…じゃなくてさ」
感傷からか、雰囲気に酔ったからか気恥ずかしい言葉を言おうとしていると分かった。
けれど止める気にはならなかった。
聞いて貰いたかった。
「俺はジャックが居てくれて…その、何だ?有難うってさ。何やかんやコッチに来てからずっと一緒に旅した相棒がお前で良かったよ。…そんだけだ」
「君は多分僕を勘違いしてるよ。僕は相棒なんかじゃない。…僕は一度君を捨てた。それにニャルラトホテプが『門』の話をしてた時に真っ先に君を疑った。僕も大概クズだよ、おあいこだと思うな」
何だかおかしくって笑いが込み上げた。
「何だ、じゃあクズ同士。似た者同士じゃないかよ。俺の周りには多分愉快なクズが集まる定めなのかね」
快活に笑う、笑う、笑う。
『とくべつ』に固執して『とくべつ』の為になら虐殺すら厭わないアラクニド。
一の好意を踏みにじった挙句その手で最愛を殺した篝。
親友が死んでから女遊びに明け暮れた挙句、親友にくっつけようとした篝に好きだと宣った一。
俺と反りが合わなくて勘違いから俺を殺そうとして、俺が敵ではないか疑ったジャック。
そしてー唯に憎まれる理由すら分からず、親友だった猫を殺し、両親の心配をよそに堕落した俺。
皆んなタイプは違えどクズだ。
皆んな違って皆んなクズ。
「それもロマンの内って言うのかい?」
「クズ人間パーティで異世界制覇とか笑えるし、何より笑えるだろ?」
「そうかも知れないね」
ジャックは天を仰ぎながら呟いた。




