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怪しげな飛空挺があらわれた

博物館で時間を潰した後、再びギルドホールに足を踏み入れた。

時間が経ちギルドホールはある程度落ち着きを取り戻しているように見える。


素材のカウンターとギルド加入用のカウンターは別口になっており加入用のカウンターは待ちも少なかった。恐らくお通夜を見てしまった事が原因なのだろう。

おっさんの受付を選んで列に加わる。


「君っておじさん好きだったりするのかな?」


「いや、受付嬢って言葉に地雷臭がしてな。それに女の子は遠目から愛でるのが紳士ってもんだろ?」


「当然のように言われても君の女性観には付いていけないんだけど…」


そうこう言っている間にも順番が回って来た。案の定女の子の受付の方に偏ったお陰で早く進んでいたのだ。


「加入だな?」


焦げ茶色の肌の重厚感のある体つきのおっさんが短く尋ねた。


「勿論!」


「じゃあ、ギルドのシステムについてのパンフレット購入はしたか?」


はて、と首を傾げるとおっさんは疲れの滲む顔で説明した。


「ギルドってのは死人が沢山出る。だから予めシステムに理解があってリスクに同意した上で安全マージンを知りつつ無茶をやらずに仕事を完遂する事が出来る人材が必要なんだよ。だから、見る見ないは自己責任としてパンフレットは必ず購入して貰う。その上で利用規約にサインとエントリーシートに必要事項を記入してギルドカードを購入するって流れだ。必要事項の代筆は銀貨一枚の追加料金だ」


「結局、代筆有りだとしめて幾ら?」


「この場で代筆なら金貨一枚に銀貨三枚と銅貨三枚だ」


「その内訳は?」


「パンフレット代が銀貨二枚、代筆は銀貨一枚、ギルドカードが金貨一枚。紛失時の再発行も金貨一枚だ。で、エントリーシートで銅貨三枚だ。合計に間違いはない」


渋る事なく金貨一枚と銀貨二枚と銅貨三枚を支払った。


「…渋ったりごねたりしないんだな」


「そんな奴いるのか?パンフレットって読まない奴とか直ぐ干されたり死んだりしそうだしこれなら買い得だろ」


「いや、これが結構いるんだよなぁ…。貴族のドラ息子がな…金の力で黙らすことしか知らないバカ共だよ全く…。クレーム対応とか精神抉ってくるし…。パンフレットの情報知らないから利用規約に反して賠償金請求しやがるし…」


何かドス黒い得体の知れないモヤがおっさんを起点に立ち込める。

流石に蒸気の街だ。人間からも蒸気が出るとは。


「…ここだけの話な、隣の受付嬢が見た目採用のゴミでなぁ…。新人は皆んなあっちに行っちまって『あ、エンゲルさん今暇ですよね!こっちの仕事とクレーム対応お願いしますね!』って仕事丸投げすんだわ…。だから厄介な仕事と面倒な仕事しかこっちに来ない…。受付嬢が新人の対応した時の余りがこっちに来たら来たで『受付嬢と談笑する機会が失われた』って逆ギレされるんだぞ…正直、ギルド職員より農家になりたいわ」


どうやらおっさんの闇は深いようだ。ここら辺の世知辛さは生前の世界に近いものを感じる。


「っと、愚痴っちまったな。悪い。この場でギルドに登録しないんだな?」


「ああ。パンフレットをゆっくり見てから決める。別にギルドに加入したいんじゃなくて金を稼ぎたいだけだからな」


その台詞は酷くおっさんーーエンゲルの胸に響いたらしい。


「珍しく素直な奴だな…欲望に素直で聡明な奴は間違いなく出世する。お前さんは冒険方面で大成出来なくても何かしら他の面で大成出来る器だろうよ」


「ありがとうな」


こうして俺はニートをまだ継続する運びとなった。幸いハールーンからふんだくった金はまだあるから良いが…。


ギルドホールを出ると夕焼けの空が目に沁みた。


「ジャック、近くに宿泊施設はあるか?」


「うーん。若干歩くみたいだね、『蒸気亭』ってところ。蒸気酒が飲めることで有名なんだって」


「酒はそこまで飲めないけどな」


お酒と煙草は二十歳から。まあ、もうすでに果実酒シードルを水代わりにグビグビ飲んではいるが。


何の気なく蒸気で仄かに赤く煙る街並みを見渡しているとーー。


「ジャック、走るぞ」


「え、ちょ、うわぁぁあ」


ジャックのヘタを乱暴に掴んで路地裏へ逃げ込む。


「どうしたのかなぁ!?敵影とか無いと思ってたんだけどねぇ!?」


視線を上に向ける。

その先にはーー。


「蒸気機関の飛空挺だ」


響き渡る重低音。

ジェット機かと思う程の速度で何故か俺を追跡する飛空挺。


先程から倍プッシュとばかりに揺蕩っていた蒸気は飛空挺のものだった。

一時期引き籠ってゲームやってたからわかる。

これはーー唐突なイベント戦闘の前兆だ。

昔のゲームだとありがちだが、何の脈絡もなく突然ボス戦が挟まる。

そういった手合は容赦なく殺しに来る上に行く先々で戦闘になるのが定石だ。

イベント戦闘では一定時間耐久等の条件敵が撤退する等勝利条件は多岐に渡る。


その中でも一番困るのがーー。


飛空挺から一人が飛び降りた。相当な高度にもかかわらず無傷で着地する。

ドンピシャで嫌な予感は当たったらしい。

こういう手合は大体バックに何かしらの組織的が後ろについているのが定石だ。


負けイベント。

その単語がすんなりと頭に浮かんだ。


別に自意識過剰や考え過ぎてならそれでも構わない。死ぬのよりは断然マシだ。

見られて恥ずかしいのと死ぬのを比べれば恥を取る方が断然良い。

だから歩調をより早める。


「アレ、空気圧とかどうなってるのかなぁ!?」


「多分第二とか第三とかの魔素カルマの効果じゃないか?…それより来るぞッ!」


降り立ったその人影は黒いローブをはためかせながら疾走を開始した。

小柄な影がくっきりと見えるのがホラゲーじみた恐怖心を煽る。

だが、その恐怖の質はゲームの比にならない。


「その杖、ハールーンのものですね?」


女性の声だ。普段なら軽口の一つや二つでも言って見せるのだが生憎今はそんな余裕が無い。


「はぁっ、走りながらはぁっ、良くもスムーズに言えるもんだ」


その人影は更に眼光を強めた。

曇る視界だが、それだけはハッキリと分かった。まるで獲物を狩る肉食獣の光る目のような不気味さを感じて走りながら身震いする。


「貴方、蘇った『魔王』でしょう?」


蘇った、『魔王』?

『魔王の欠片』の事だろうか。


「残念、はぁ、俺は生粋の貴族のボンボンだ、はっ」


デマカセだけはスルスルと、それこそ息をするかの如く出てくる。

だがーー息がしたい。全身が空気を求めて止まないのだ。呑気者の肺を震わせながら走るが差は縮まる一方だ。

苦しい。


「そんなに体から『魔王』の匂いを漂わせておいてシラを切れるとお思いなのでしょうか。それでしたら」



「心底不快」


その言葉は嫌になるくらい鮮明に耳に響いた。


慌てて杖を振るうが、予め置かれていたみたいに。予見、予知、そういった類のものが発動したかの様な正確さで手首を蹴り飛ばされーーそのまま杖が滑り落ちる。

耳朶に金属音がギリと響いた。


痛みに足を止めるとーー。


「資料にあった『デイブレイク』か…いやらしいものが来たようだねぇ…!」


「おや、私たち『デイブレイク』をご存知でしたか」


『デイブレイク』…?

聞き慣れない言葉…いや、全く知らない言葉のはずなのに耳に懐かしい響きだった。

『魔王の欠片』を取り込んだ時に感じた熱が全身へと遡る。

これはーー。


そして、それは俺の意識を押し込めてついに表出した。


「…愚か」


苛立ちのまま吐き捨てる。


「っ!?」


「出ましたね、『魔王』。その命、貰い受ける…ッ!」


貫手が俺をーー貫けない。

遅い攻撃に態々当たってやる道理は無い。


「来い、『デモニカ』『エンゼリカ』」


手元に現れたのは黒白の一対の鎌。

白い鎌は『エンゼリカ』。

黒い鎌は『デモニカ』。

それぞれが伝える感触は初めてで戸惑いにも似た感覚を与える。しかしどこか馴染む。


「これが噂に伝え聞く厄災の…っ!!」


「『魔王』の威光、その身に刻め」


まるで他人事のような感じがした。

この手で、今正に人を殺そうとしていると言うのにも関わらずだ。

この感覚には覚えがあった。


鎌を振り上げーー。


「あ…ぁあッ!!」


路地裏に潜んでいた男に気付かれた。


「ちっ…人に見られましたか。この場は退きましょう」


「逃すと思ったか?」


二本の鎌を投擲する。

やがて二本だった鎌は分裂し分裂し分裂に分裂を繰り返しーー。


夢幻なる(アザ)…」


「多分それは街が壊れるから止めようねぇ!?」


てい!

と間抜けな声と声に似合わずえげつない威力を孕んだチョップが頭蓋を震わせる。


「それ、戦闘に使わないのかよ…」


そう言い残してーー俺の意識は暗転した。

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