Active time event 黒幕の部屋
《ニャルラトホテプ》
荘厳としたパイプオルガンの調べが響き渡る。重々しくも急速なサウンドは部屋を揺さぶるかのようだ。
「何の曲弾いてるの?」
少女は黒いソファーに寝転がりながら無気力に尋ねた。
少女は高価そうな濃紺のサテンドレスを身に纏っており暗い部屋では蠢くような魅力を放っている。
「トッカータとフーガニ短調ですね。ほら、ラスボスが弾きそうでしょう?」
少女はふーんと興味がなさそうに返事をする。
片や曲についての薀蓄を垂れ流しており非常に温度差がある。
ニャルラトホテプはひとしきり弾き切ると手首を二、三度回して目頭を軽く揉んだ。
「やれやれ、蒸気式のパイプオルガンはやはり駄目ですね。少し使うだけで水が垂れる上に最初と音色が変わってしまう」
愚痴を言いつつ軽く伸びをして胸元のピンク色のリボンの位置を正す。
緑色の髪が目にかかると若干鬱陶しげになるがどうでもいいとばかりに放置した。
「それで?私はいつ清人の所に行けるの?」
その声に含まれていたのは決して喜色めいたものではなかった。
そこにあるのはヘドロを煮詰めたような純粋な悪意。冷たく、低い声はまるで地獄の淵から蘇った亡霊のような感覚すら抱かせる。
「そろそろ頃合いですし行っても良いんじゃないですか?」
などと、ニャルラトホテプはいかにも適当な返事をした。
「杉原清人も災難ですよね。だって、ずっと想っていた少女が地獄から貴方を不幸に突き落とす為に這い上がって来たのですから、ね」
この場に居ない誰かを嘲るような口調で呟いた。
「何か言った?」
「いいえ♪」
黒幕サイドは今日も今日とて退屈と愉悦と陰謀で満ちている。
「さて、あちらは傷を治す為にハザミに暫く滞在ですか。…まあゲームマスター的には寛大な精神で許容しますが…随分と個性的な面々が揃いましたね。『鉄打ち』に『蜘蛛』に『剣鬼』ですか。まぁ、私は邪神であって鬼ではないので清人には束の間のスローライフを今だけ満喫させてあげましょうか♪」
「清人はハーレム作ってるの?」
妬けたのか少女が苛立たしげに口にした。
なるほど、側から聞いたら全部女の子の属性のように聞こえなくもない。…とんだ勘違いではあるが。
「『蜘蛛』に攻略されつつありますが基本貴方の事を引きずりながら生きてますね。一途でいじらしいと私的には思いますよ?」
その言葉を丸ごと聞いていないかのように台詞をぶった切って少女は口を開いた。
「ねえ、ニャルラトホテプ」
ニャルラトホテプは演技がかったような尊大な態度で何ですか?と返答した。
「次の『欠片』をポップさせる場所に行っても良いかしら」
「えぇ、どうぞ♪そっちの方が面白そうですから私は許可します」
「私が『蜘蛛を殺してやるわ…」
そして歯を食いしばりながら少女は立ち上がった。
「清人は私の犬なのよ。誰かに取られてたまるもんですか」
それをニャルラトホテプ・サーバーが認めると薄く微笑んだ。
「楽しい復讐をして下さい。ねぇ?高嶋唯さん♪」
「分かってるわ」
部屋から少女ーー高嶋唯の姿が搔き消える。
「デイブレイク、ギルド、それに唯さん。味方は増えれば敵も同じ様に増えるのが道理でしょう。だってゲームなのだから」
暗い部屋の中、ニャルラトホテプは笑い続ける。




