戀愛発破、月華勝負2
カガリノマエは停止して、一粒涙を流した。
「…私は…梶以外に靡かないと決めた。…だが可笑しなものだ。憎いと思って…いるが『比翼の羽根』会得への妄念は…私への想いは紛れもない本物だった。それを私は信じる。感嘆に値するとも言おう」
「ーー故に、魔獣として最大の敬意を評して私の意義を捻じ曲げてもお前に死を贈ろう」
刀が、振り下ろされーー。
バチィィィッ!!!
その音にカガリノマエは動きを止め、一は目を見開く。
それはただの猫騙しだった。
篝にとっては幾度と無く食らった技ではあるが熱くなって意識が他に向かなかったのだ。
「いざ、尋常に勝負。だったか?お熱いところ悪いが生憎俺はハッピーエンド至上主義者なんでな。一は殺させないぞ」
「邪魔が入ったか。…異邦人よ、早々に斃れるが良い」
俺は後ろを向き、中腰になる。
「背中の傷は武士の恥と知れ…ッ!!」
いきなりの肉薄にーー俺はバックステップで応えた。
曰く、俺のバックステップはゴキブリの速度並だと言う。
そのゴキブリは気持ち悪い事この上ないが、最初からマックススピードで走れる。
ーーその時速は二百七十キロに及ぶ。
一はゴキブリと言ったがその実、バックステップの速度は…新幹線と同程度の圧倒的な速力を誇る。
つまりーー。
「背中の傷は武士の恥ね」
反射で刀を振るう事は不可能。
「取り敢えずノックを贈るよ」
今までの俺では考えられない選択肢。
女の子に対して第一魔素と第二魔素の応用技を発動する。
木刀の刀身が熱く熱く熱く熱く、ひたすら熱される。
そして毎度お馴染み俺の旅のお供、ダガーを空中に放り、水球で座標を固定しーー。
木刀を振り抜く!!
熱くした物体が水とぶつかればどうなるか。
ーー水蒸気爆発を引き起こす。
爆発によって指向性を持ったダガーは文字通り爆発的な速力でカガリノマエに迫る。
ガヂッ!!
カガリノマエの籠手をダガーが抉る。
そして、カガリノマエが攻勢に入ろうとした瞬間。
パン。
一度手を叩いた。
ハザミ式の降参の合図だ。
「それじゃ、今宵の喧嘩はこれで終いって訳で。明日も来るから倒されるなよ?」
そして俺は呆然とする一を担いですたこらと敗走した。
「勝手に死なせる訳ないだろ」
「…借りが出来たの」
「ドアホ、まだ借金塗れだっての。ちぃとは返済させとけや」
地味に恥ずかしいから一の口調を真似て言った。
「…ナイスファイト」
「あんさんまた伸したろか?」
「それは困るけど、俺にだって勝つ為に秘策の三つや四つあるぞ?」
「え、ホンマ?」
「マジマジ」
力が抜ける位が丁度いいとばかりに随分と身のない話をする。
と、一の顔が途端に青くなった。
「あ、不味い」
「どうした?」
「ワリャ、合掌したっけの?」
リピートしてみる。
俺は合掌して逃げに走ったから見逃された。
が、一はどうだろう?
一、もしかして合掌してなくないか?
「ワリャの記憶が正しければしてないんよの」
「……」
お家芸とばかりにジャックがにゅっとフェードインして来る。
「不味いよハールーン!!」
「分かった…分かったから言わないでくれ…あとフェードインが相変わらずキモい」
「甚だ心外!?でも多分別件だよ!!」
「マジかよ」
「一もハールーンも絶対に振られるよ」
二方向から無言の顔面拳打をお見舞いする。
示し合わせてはいないが阿吽の呼吸である。
「そもそも戦闘中にどこほっつき歩いてた!この外道カボチャ!!」
「なんか魂っぽいのあったから導いてたんだけど。いやぁ、居たよ。『剣聖』の魂」
「カガリノマエの刀ーーのツバの部分。あそこに収まってるね。絶望を打破するにはどうにかしてそこを壊すしかないよ」
「なんだ、ツバか」
「いや、ちょっと待てあんさん達?サラッと凄いこと口にしとるの分かっとる?」
ドドドドと嫌な音がした。
「それよりも一、危機管理能力って言葉知ってるか?」
なんか、迂闊すぎる某『鉄打ち』さんを目当てに。
『鬼』が物凄い速度で走ってきた。
「………」
尚、場の雰囲気も相まって『鬼』も口を開かない。
「あー、あー、夜は長いねぇ」




