連理の鶴翼【中編】
《杉原清人》
それはありふれた関係に思えた。
一が語ったのは別段珍しい事では無い。誰しもが通る道だ。
そう、思春期は誰にでも来る。
そう言ったことこそを青春と呼ぶのだと人は言い無条件に褒めそやすが、恋や愛はビタービタースイート。
甘酸っぱいだけじゃなくてどうしようもない苦味も同時に持っているのだ。
だから、拗れたり、勘違いしたりから回る。
「そっから、梶周辺の人間関係が一変する。…こっからが『比翼の羽根』の直接的な話や」
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《一凩》
相変わらず梶は街に愛されとったし、血の滲むような努力の末に『比翼の羽根』…極致の手前まで会得したんよ。
だからか梶は更に…異様にモテた。
梶はええ奴やさかい、だれもが好いた。
ワリャはそんな梶を羨ましくは思うたけんど疎ましくは思っとらんかった。変わらずに親友だったわ。
ただ…男の友情と女の恋慕を同質のモンやと勘違いしとった。
篝は梶が自分の物やと喧伝し始めたんや。想い募らせ過ぎて遂に『運命』や『義務』を口にするようになった。
梶を自分に縛り付けておく事でしか側にいれないと思うとったんだと思う。
何たって相手は街に…街の全てに愛された男や。自分が縛り付けないと無条件に与えられる街からの愛に靡くんじゃないかって、不安な日々だったんやろな。
ワリャはそれが酷く危うく、脆く思えたんや。
だから、再三注意もしたし、できる限り不安を払拭できる様に頑張った。
ただ…全部裏目に出たんやけど。
人には人の世界がある。
皆んな同じように生きてるようで見ている世界には致命的なズレがある。
ワリャが見てる世界はワリャが知る限りしか広がらない。井の中の蛙大海を知らずやないけど、鳥と魚じゃ見える世界も違かろう?
同じ事が個人にも言える。
例えばーーワリャの視界にはあんさんがいるけどワリャの視界にはワリャがおらん。
けんど、あんさんの視界にはワリャがおる代わりにあんさんがおらん。
一人一人、見えるものが違うとるんや。
まぁ、何が言いたいかというとだな。
ワリャ目線、危うい幼馴染に助言を与えた、ってのが。
篝目線では二人だけの世界に介入する邪魔にしかならなかった、ってことや。
篝にはもう梶しか見えとらんかった。余りにも傲慢やった。やれ、『私の梶に手を出すな』だのやれ、『私が梶を守る』だの。
献身的ってのとは違うんよ。現実に即してない。梶を見ているようで梶を顧みていない。
思うに、篝の世界には梶しかいなかった…違うか。梶だけが世界だったんや。
篝にとって世界の核になってる梶を失えば篝の世界は壊れる。だから篝は文字通り精神崩壊一歩手前なのを梶に縋る事で永らえとった訳や。
でもワリャ以外の街のモンはそれを良しとは思わんかった。あの手この手で二人を引き離
そうと画策しとったんよ…。
中には嫉妬から男をけしかけて強姦させようとした案件もあったわ。
ま、腐っても『剣姫』やさかい。返り討ちに遭ってたけどな。
そんな事もあって、のほほんとした日常を過ごす梶と、毎日精神をすり潰す戦いに身を置く篝で更に境遇が乖離してしもうてな。
篝は梶以外は全員敵意を持っているって思い込んで、梶の反応が投げやりやったりしたらそんだけで雰囲気が一転した。
篝は心を病んでしもうたんや。もうか細い糸一歩だけで心が保たれとった。
だから…篝はある時、ついに壊れてしもうた。
忘れもしない、ワリャと篝と梶の三人で巷を騒がす魔獣を狩りに行った時や。
脳筋じみた『剣聖』と『剣姫』の『比翼の羽根』の二重奏の前に魔獣はなす術なしーーやと思っとったわ。
まぁ、ワリャを狙ったとてワリャも『鉄打ち』やさかい、弱い訳がなかろう?
返り討ちにする自信はあったんや。
けんど、もっと最悪な事が起きた。
こっちの魔獣の性質は恨みや辛みが多い。そう言う手合いは得てして人間に取り憑き、操る事に長ける。
…魔獣は一瞬だけ篝に取り憑いて梶の肩を浅く斬った。そんだけや。最期の悪足掻きだったようで斬った後にゃ自然消滅したんやけど。
あの絶叫を、ワリャは忘れられへん。
『わ、私が、……梶を?違う!わ、私じゃない!!私じゃ……私じゃないッッッ!!だって、私が、梶を斬る訳……いゃ…嫌…嫌ァァァッ!!!』
…ワリャ、無理矢理意識を刈り取ったわ。
そうでもしんと今度は篝が魔獣になってまうと思うてな…。
でも、魔獣にならなくても、篝の精神は限界を迎えた。…篝の心を保つ糸が切れてしもうたんや。
度を超えた罪悪感、それに街の人が口々に言う『剣姫』が『剣聖を殺害しようとしたとか言う噂…。噂は怖い。尾鰭が生えて悪化して行くからの。
篝はとっくに壊れた自分の世界を守る為にか…ワリャの打った刀『久遠護』を手にワリャのウチに押し掛けて…抜刀しよった。
『剣姫』は女性の中で一番の刀の遣い手に付けられる名前やさかい。ワリャじゃ…どうにもならんかった。
…逃げるしかなかった。
でも、或いはあそこで死ねていたら。
最悪は避けれたかも分からんわ。
逃げた先にはーー『剣聖』。
ワリャの親友がおった。
いつも二人で遊び歩いとったさかい、ウチの周りにおってもおかしくは無い。
けんどーー間が悪過ぎた。
梶は篝を止めたわ。
梶は篝の行動を咎めた。
でも、それは篝の世界を否定するってのと同義や。だって、梶が世界なんやから。
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《梶》
「何故だ…何故裏切る!?私は!梶だけいればいいのに!!梶が私の側に居てくれればそれで!!だから私が邪魔をする奴は殺して、殺して殺してッ!!」
長い黒髪が絶叫と共に靡く。
市街地からは既に遠く離れ、此処にいるのは男女三人。
穏やかで無い雰囲気の中、説得は難航していた。
「篝!!お前ッ!一がどれだけお前の為に尽くしてたか…俺の手伝いをしてくれたのか知ってるのか!?俺一人じゃ噂だって揉み消せなかったんだぞ!!それを『鉄打ち』の立場を使って払拭したのは一だ!!俺達の為に泥を被った親友を、お前は斬るのかよ!!いい加減目を覚ませ!!」
煩い、煩い煩い煩い!
幼子の癇癪のように少女は叫ぶ。
その瞳には光が無く、深淵を意識させるようだった。
そして少女は『鉄打ち』の少年に斬りかかりーー。
キィィィンと澄んだ音。余りにも澄んだその音は常人であれば音叉を鳴らしたように聞き間違えるかもしれない。
「『剣聖』梶、……親友の想いを守る為、恋人の目を覚ます為、……『永遠結』…抜刀」
親友の少年が打った刀を手に『剣聖』の少年は横から割り込んだ。
「俺が目を覚ませてやる。こうなった原因は俺なんだろう?なら、俺がきっちり終わらせるっ!!」
「「尋常に」」
「「勝負!!」」
踏み込む脚は両者とも力強く、けれど舞のように軽やかに。
「「『比翼の羽根』ッ!!」」
両者とも全く同じスキルでの打ち合う。
だがーー苛烈さは少女が優っていた!
打ち合いでの胆力には『剣聖』の少年が勝るが、手数と速度では少女が圧倒的な有利を握っている。
そして、『比翼の羽根》は手数が多い方が俄然有利になるスキル。
つまりーー。
「う…うぉぉぉォォォォッッ!!」
裂帛の気合いで肉薄するも、至る所から衝撃が加わり『剣聖』とて無事はあり得ない。
いや、『剣聖』だから無事でないの程度で済んだのだ。
それが刀であればーー。
「なっ!?」
……その日、『剣聖』を無敵足らしめた刀剣。『永遠結』が折れた。




