スキルを使おう1
「臭ッ!?」
激臭が鼻腔を刺激する。文字通りの暴力的で刺し穿つような匂いはどことなくデジャブを感じる。
アレだ。カルクィンジェ・レプリカの家で吐いた時のドクダミのエグ味と胃酸の酸っぱさと同等、と言うかそれ以上に青臭い。
体を確認しようとしてーー自分がミイラのように包帯でぐるぐる巻きにされていて所々が緑色が滲んでいるのを認めるとSAN欠の探索者のように絶句した。
「ほぁっ!?」
そんな安い一人芝居をしていると部屋に人が入ってきた。
ついでに「見慣れない天井だ…」と言えなかったことを若干後悔していた。
やはり形式美は守るべきだ。
「おや、目ぇ覚ましたかいな。これ何本に見える?」
目の前で中指を立てているのはドチートで俺を吹っ飛ばした張本人、一だった。目覚めて初っ端から茶目っ気たっぷりである。
彼のスキル、『比翼の羽根』によってあえなくノックアウトされたのだったか。
記憶が蘇るにつれドンドン不機嫌になってくる。
何なんだあのブッ壊れ性能のスキルは。
どんな研鑽を積んだらあの境地に至れるのか。
無策で突っ込んだ手前余計に失態が意識される。
例えば、最初から肉薄せずにリーチを生かしてレイピアのようにチクチクと攻めたらどうだっただろうか。
いや駄目だ。一はいきなり横から現れる位の瞬発力と思い切りの良さがある。
遅延戦闘を仕掛けたが最後、手の甲に木刀で一発、ひるんだ所を脳天に一撃。あっさりと負けていただろう。
それこそ『比翼の羽根』を使う事なく。
「…んさん…あ…さん」
「ん?」
「あんさん、起きとるか?」
「あ、悪い。ボーッとしてた。それよりこの包帯何だ?」
手をヒラヒラと振ってみせるとゾンビエキス的なサムシングが零れ落ちた。
まさか主人公キャラがいきなり死んでゾンビ化した訳ではあるまいが、それでも異臭と包帯は誤魔化しようがないレベルの異彩を放っている。
「あ、それな?実はワリャの家の秘伝の薬や」
「原材料は?」
「ドクダミ」
あぁ…と頭を抱えた。どうやらこの世界は余程ドクダミ好きらしい。ここに来て怒涛のドクダミ推しだ。
「やぁ、ハールーン。いい気味だねぇ」
ひょっこり顔を出したジャックにドクダミの匂いを無理矢理嗅がせると悶絶して鼻を押さえる。
そっちこそいい気味じゃないか。
「さて、落ち着いたみたいやし総評聴きたくないか?」
是非、と返すと一は頷く。
「先ず、肉薄は中々なモンや。命知らずではないけんど憶病者でもない丁度良いラインで纏まっとる。安定感はあるから主軸の動作としては及第点や」
けんど、と一は続けた。
「一つ腑に落ちない部分があるの。あんさん、バックステップはどうやった?」
「普通に」
「あのな」
「ワリャの攻撃、初速は蜚蠊と同じくらいだから…あんさんのバックステップは蜚蠊の速度に対応しとるの気付いとる?」
「…ゴキブリに例えられてもイマイチ凄いと思えないな」
「あんさん、スキルつかって肉薄するよりスキル無しでバックステップした方が早いって可笑しな状況になっとるんよ。自覚あらへん?それに飛距離も可笑しい」
「飛距離もか?」
「せや、ワリャは距離詰めるのにパッシブスキルの『抜刀術』と『納刀術』を使っとるんやけんど」
その場で鞘に入った木刀、『水月』を腰に付け、抜刀する。
その際、滑らかに低姿勢からスライドするように前に出る。
円滑で、かつ素早い。
「『抜刀術』は鯉口を切る、が発動のスイッチになる。せやから『納刀術』で戻して更に進みながら再度鯉口切って抜刀。こうすると速力が変わらないままに近付けるんよ」
「…まさか」
一は進みながら、と言った。けれどそれはおかしい。
何故なら、真横から一は出現したのだから。
「ワリャは背後から峰打ち狙いで『水月』を振った。本来ならワリャが背後にいるべき距離と速度をあんさんがバックステップ一つで踏み倒したんよ?」
整理しよう。
先ず、カサカサと一は動いた。
けど、俺が先んじて背後からの奇襲地点に飛び退いたから横殴りする事になった?
それはつまり、バックステップが異様に速かった、いや異様に跳んだ挙句何処かの地点で一を追い越していたのだ。
ーー何て馬鹿みたいな。
「あんさん、いや、コレは極めて真っ当な提案なんやけんど…後ろ向きで戦った方が強いんちゃうか?」
「流石にそれはな…って、そうだ!『比翼の羽根』!アレって何なんだ?」
すると一は俯いた。
唇を噛み締め、己の無力さを痛感しているような…遠い過去を見つめているような不思議な顔をした。
「アレは…『比翼の羽根』は刀剣の極致…」
成る程、刀剣の極致ときたか。
問答無用で当たりを倍にする、と言う事は雑に強くやられた方はたまったものではない。
「ーーの完全劣化版や」
完全劣化版の意味が飲み込めずに暫く惚ける。
「はい?」
挙句、出たのは間抜けた声でーー。
どうやら『比翼の羽根』は刀剣の極致ではなかったようだ。




