鼠人の隠れ里トゥチャトゥチャ3
「成る程。そちらの事情は理解した」
カルクィンジェ・レプリカにこれまでの事のあらましを説明すると好意的とまではいかないがそれなりに理解はしてくれたようだ。
ドクダミ茶で口を湿らせ独特な風味に眉根を寄せると一言、席を外すとだけ言ってせかせかとトイレに向かった。
カルクィンジェ・レプリカの掘っ立て小屋の内装は彼の生真面目な性格をよく表しており小奇麗に纏まっている。
だが、残念ながら室内にはドクダミの臭いが蔓延しており御世辞にもここで生活するのはご遠慮と言った感じだ。
『茶は飲むだろうか。当方が出せるのはドクダミ茶しかないが』
これが全ての元凶だった。俺は恐る恐る、ジャックは何処か遠い目をしながら頂いたのだが結果はご覧の有様だ。
ドクダミが異世界にある事が驚きではあるがガバガバな異世界だったと諦観に似たものを感じていた。
パンが存在するくらいだから発酵のプロセスもまた存在するだろうし紅茶くらいは用意して欲しいと切に願った。広義では発酵に違いは無いし出来ないことはないと思うのだ。
俺がトイレから戻ったときには何やらジャックとカルクィンジェ・レプリカは真剣に話し合っているようだった。
「さて、そちらの状況を考慮して情報を渡すとするなら。…そうだ。情報を持つ他のセラフィムに話を聞きに行くと良いだろう。きっとより良い情報が得られる筈だ。」
「僕の案内人のスキルでどうにかならないの?」
「貴公の案内人スキルは私達が収集した必要最低限の情報やマップをニャルラトホテプ監修のもと貴公に受信させているのみ。故に重要度の高いタイムリーな情報は現地のセラフィムに聞くより他はないと明言しよう。尤もニャルラトホテプ自身が手ずから情報を流す場合はその限りでは無いが」
ねぇぇと落胆するジャックを横目にカルクィンジェ・レプリカに尋ねる。
「聞きたいんだけど。逃げ出したってのはニャルラトホテプからか?」
カルクィンジェ・レプリカは短く首肯で返すのを見るや俺は即座に杖をカルクィンジェ・レプリカの眉間に向けて構えた。
「何故、とは聞くまでもないか。私をニャルラトホテプと思っているのだな」
「ああ。正直ドクダミ茶のくだりからおかしいと思ってた」
ドクダミの香りならその他の薬物の臭いや風味も掻き消せるのではないかと思い、口の中で違和感がないかと疑り異様な素振りがないか確認した上で、トイレで胃の内容物を全てブチ撒けて来た。それもこれもニャルラトホテプを警戒しての行動だ。正直喉が焼けるように痛い。イガイガだ。けれど疑惑を向けずにはいられない。だってこのゲームはそういうゲームなのだから。
…正直、最初カルクィンジェ・レプリカがニャルラトホテプ・サーバーである可能性を見落としていて少しとは言え口にしてしまったから対処的に吐く羽目になったのだ。自分でもここまでするつもりは無かったが信用するには怪し過ぎた。
「…残念ながらその推測は外れであると言える。何故ならニャルラトホテプが私たちに求める役割は情報屋なのだから」
「情報屋?」
「そうだ。正確にはアクションを起こさせる為の策だ。今回のようにあらゆる人物をニャルラトホテプだと疑えば行動せずに引き籠ることも考えられる。そのときの為にニャルラトホテプでない味方勢力の情報ソースを活かすことで遅延や停滞…総じてニャルラトホテプ視点に於いてつまらない展開を抑止する役割を担っている」
そういわれれば納得もできるもので杖を納める。
ジャックからの非難は無く、疑心暗鬼であっても仕方ないというようですらあった。
これはゲームであってもデスゲームなのだ。それも敵が優遇される何でもありのデスゲーム。
よくあるRPGというよりもその本質は人狼ゲームに近い。
無害な人間達の中で平然と過ごす異形の怪物。そいつらを仲間に入れないように気を付けつつ仲間を増やし、オルクィンジェを開放するのが最終目標となる。
敵が多すぎて嫌になるが遂行すべきことは至極簡単だ。複雑化しすぎるとゲーム性を損なうからというニャルラトホテプからの配慮…のようなものなのだろう。
「そうだ。もう一点渡すべき情報があった。非礼を許して欲しい」
「何だ?」
「ここの野菜ーー『トゥチャトゥチャの野菜』は魔素師の燃費を軽減出来る」
「本当か!」
だとしたら嬉しい事この上ない。問題は旅先でこの野菜が手に入るかの一点に尽きる。
そういえば今のところ空腹を感じていない。プラシーボ効果でないとは言い切れないが中々良いのではないだろうか。
「野菜は値が張るがどこの町でも販売している。思うに貴公達はカフェーで済ませたりしていたのではないか」
カフェの事をカフェーと言うのは耳に慣れておらず不本意ながら噴き出す。
「そうだな。成る程…確かに見逃してた。これからは新天地で金稼ぎしたら野菜に変えるのが吉か」
「だが、鼠人族の隠れ里で買った方が幾分か安い。他の鼠人族の隠れ里を見つけたら売ってもらえば良い。というのも『転移門』が一方通行のためここに戻るには大変な時間と労力を払うことになることが予想されるからだ」
「へえ、じゃあここの『転移門』はどこに繋がってるんだ?」
「ここの『転移門』の繋ぐ先…それは」
「魔獣が跋扈する刀剣の國、『ハザミ』。人はここをーー剣戟の聖地と、そう呼ぶそうだ」
第二章 完




