ゲームマスター2
「…『ニャルラトホテプ・サーバー』」
笑顔を見せるそいつはまるで悪魔のようだった。
否、悪魔よりも醜い。真の顔を嘘で塗り固めて作った面のような…。
咄嗟に考えついた言葉はーー怪物。そう、怪物だ。人とは決して相容れないモノ。
絶対的な敵対者。
「では、遅まきながらゲームマスターらしくゲームのルール説明を。ルールは簡単、あなたは残り五つの『魔王の欠片』を探して世界を巡って貰います。その過程で誰を仲間にしても構いません。が、稀に私以外の『ニャルラトホテプ・サーバー』がいますから気を付けて人選して下さい。スキルもいくら育てても構いません。『魔王の欠片』七つ全てを集めた時にはこの私に挑戦する権利を与えましょう」
「…なぁ」
「聞きたいんだけど」
おや?と態とらしく首を傾げるそいつに投げかけた。
「どうしてあの姿…オルクィンジェに分かるような姿をしてたんだ」
そう尋ねるとニャルラトホテプ・サーバーは顔に満面の笑みを浮かべた。
「からかい半分、遊戯気分が半分ですよ」
「遊戯?」
まさかオルクィンジェが出てくるとは驚きましたよとニャルラトホテプは酷く軽いノリで言った。
「私は生憎暇な身でして、娯楽がないと生きていけなくなってしまったんですよ…おかしいでしょう?『オルクィンジェ』の前の魔王、『アザトース』から奪った力の弊害、と言いましょうか。全能故の無気力に苛まれてしまいましてね。だからーー元から勢力範囲だった異世界の一つを愉しいデスゲームの世界に作り替えるに至りました」
狂っている。
全能故の無気力?力の弊害?
言っていることが酷く滅茶苦茶で支離滅裂だ。単純にスケールが違い過ぎて終始気が狂っているように思える。
目の前のそいつは明らかに人間には推し量れないナニカだった。まかり間違えても人間の物差しで推し量れるようなものではない。
大体、何故デスゲームなのか。
発想に至る道筋は認めよう。しかし、肝心の発想は神のそれではなく狂人のそれだ。結論と行動理念が合っているようでズレている。必然性がない。突発的なものでしかない。
それともこれが、神の理論だとでも言うのか?
ふざけるな。
「嫌ですねぇ、喜んで下さいよ。あなたは誰を殺しても、盗んでも、食べても、犯しても。覚悟さえあれば可能で、許されるんです」
「…それは」
ーー現実と変わらないじゃないか。
現実では殺しも、盗みも、犯す事も全て可能だ。罪と罰を覚悟すれば。
そんな現実と同一ベクトルな世界が果たして遊戯足り得るのか?
「ある学者はこう言ったそうです。『いつか遊戯は現実を越えた新しいリアルー第二の世界として世界に認知されるだろう』と。地球の学者の言でしたが言い得て妙ですよね♪」
「それをッ…」
それを、それを神が…神が実行しようと言うのか?
だとしたら何と愚かしい。
その遊戯に何の意義がある?
その遊戯に何故愉しみを見出せる?
「さて、演技フェイズは終わりですし第三魔素を内包した『魔王の欠片』は現時点のゲームバランス壊しかねないのでーー配置換えさせて貰いますよ。しかしアップデートには詫びが必要ですね?」
「な、何を…」
「貴方に理由を差し上げましょう」
平然とした顔でそいつは手元のボタンを押し込んだ。
「ポチッ♪」
ぐわんぐわんと『ルカ』が揺れーー残響、反響。
そいつは実に自然な態度で俺に理由を与えた。
このくそったれた世界を攻略するに足るだけの理由を。
今の動作だけで、何人犠牲になった?
理由の為だけに何人の人が悲しむ羽目になる?
「さて、今の爆発で何人女の子が死んだのでしょうね?」
ふざけた様子も、悪びれた様子も見せずに首を傾げた。それも満面の笑みを浮かべて本当に謎だ、とばかりに。
「テメェ…!!」
それは、理不尽な悲劇が女の子を襲った事を意味する。
悲劇なんて俺だけで充分なのに。
要件が終わったからと踵を返すとニャルラトホテプ・サーバーの足に肉塊が絡みついた。
それは縋るような、懇願するようなー或いは激情をありありと体現していた。
「さ、サフィール?何の冗談!?ボプが魔王軍に、キミに資金を提供すればボプが支配者になるって…ッ!裏切ったのか!?答えろよ!サフィール!」
哀れ、サフィールに殿下と呼ばれた男は、しかし裏切りに腹わたを煮えくり返していた。
…文字通り、まびろ出た腹わたから湯気を立てながら。
吐き気を催す程の臭い。鮮明過ぎる紅い色彩はどこかタチの悪い冗談のようで現実感が次第に遠のいていくのではないかと考える程だった。
『これが非現実、これこそが遊戯』と、そう言っているかのようで不快極まりない。
背後からでも嘲弄する奴の顔がありありと浮かんだ。
気付かないのは案外幸せなのかもしれない。
「私はサフィールではありませんよ」
サフィールの声、サフィールの態度。
姿は違えどソレ自体は殿下とやらの親しんだものに変わりない。
ただ、本質が決定的に捻れているだけで。
だから、こんなにも残酷になれる。
「血が沸き肉が滾ると。殿下はおっしゃった。いえ、覚えていませんか?あなたが初めて野望を語った日です。良かったじゃないですか」
ーーこんなにも血が沸き肉が滾るのだから。
声にならない掠れた絶叫は目を背けたくなるような凄惨さを以って耳を劈く。
後には肉の焼けた異臭が残りー油と蒸気の匂いに混じって噎せ返る位に酷かった。
殺そうと思った。けれどそれを上回るーー感情?違うこれはもっと単純でプリミティブなものだ。
これは、きっと。そう、恐怖と言うのだろう。
どうか、天に手が届くなら終末を迎える勇気を俺に下さい。




