魔王軍が仲間にしたそうにこちらを見ている仲間になりますか? はい/いいえ 2
「『魔王』だって?」
確かに三人はそう口にした。まるで通学路で友人同士が気安い話をするみたいに。
ジヤックは露骨に顔を顰めた。『デイブレイク』の時ほど酷くは無いがそれでも忌々しいものを見たと言わんばかりに空っぽの瞳孔を細めている。
ところでーーとサフィールが俺達の隠れている『ルカ』に視線を向けた。
「そろそろ出てきてはどうでしょう?せめてもの誠意でこちらの情報をリークしたんですからあなた…いえ、あなたたちからも誠意を見せて下さいよ」
バレている。その感覚が無性に腹立たしくもあったがそれを上回る恐怖が俺の背に冷たいものを走らせた。
戦闘での突破は数的に望めない。『ルカ』の事もあり全力で第一魔素を振るえば貧民街が爆発、まだ見ぬ女の子を爆殺しかねない。他ならぬ俺のせいで。
それだけは絶対に避けなければ成らない。
「にしても貴様。気付いておきながらみすみす情報を恣意的に流すとはな。謀反とも取られかねんぞ」
「良いよクラファール。サフィールにも考えがある。そうだね!サフィール」
「ええ。殿下は慧眼で♪しかし、出ないならば…」
俺は一か八かで飛び出した。
例えば、仮に三つのドアがあるとする。それぞれにマグマ、殺人鬼、毒の雨が用意されており必ず一つ選ばなければ先に進めない。
ならば、この場合、俺は迷わず殺人鬼の潜むドアを選ぶ。
ハイリスクハイリターンだ。と言うのも他の二つは意思の介入の余地がない。マグマに話しかけたところで温度は下がらない。対して殺人鬼ならどうだろう?ラッキーでどうにかなるかもしれない。他二つとは違い賭けにはなるのだ。ならば選ぶのは一択。
「呼んだかい?」
不敵に笑いながら三人を改めて見渡す。
さながら品定めをするように。
そうだろう?貧民街で男が言っていたはずだ。『足元見やがって』と。汚らしい猫が丁度横切ったタイミングだから良く覚えている。下に見られたら足元を掬われるのだ。
元より手札が弱いときにこそレイズするタチで猿芝居もポーカーフェイスも得意とするところだった。
だから一縷の望みをロールプレイに賭けた。
「案外素直に出てきまし…おや?これはこれは数奇な巡り合わせのようだ。何時ぶりだったか…お元気そうで何よりです」
「他人の空似だろ。仮に会ってたとして生憎こっちは脳足りんのペアだからな。記憶力の無さには定評がある」
チラリと様子を伺う。あまりに淡泊な反応に盛大にやらかしたかと思い、彼らに気付かれないように舌打ちする。
「そうですか。言われてみれば他人の空似かもしれません。お互いに記憶力がないと苦労しますね」
全くだと笑えばクラファールが前に出た。
「何の用だ?」
「殿下。この者を即座に切り捨てる事が最善と愚考します」
立ちはだかるのは筋骨隆々の男、近くに寄ればまるで山のようだ。
冷徹にして忠の武人と言ったところか。
言葉を弄せど、策を尽くせど問答無用で今にも襲い掛からんとするさまはいつぞやかの女神を彷彿とさせた。即ち絶対殺すマンだ。
「控えよう。サフィールが悪戯するのも珍しいからね!で、どうするのサフィール?」
「ええ♪」
サフィールの眼鏡の奥で瞳が煌く。
その瞳は何処までも暗澹として肉食獣のような迫力げあった。
闇を湛えた目は俺を射抜いて逃さない。
「これも何かの縁。一緒に『魔王軍』に来ませんか?」
サフィールは、そう言った。
俺の脳は急な展開を飲み込めなかった。
ただ、何かとんでも無い事が目の前でおっぱじまっていると言う事だけは理解出来た。
「サフィール!貴様、よもやこの下賎な者を『魔王軍』に引き入れようと言ったか!?」
クラファールの怒声が響く中、サフィールは平然としていた。のらりくらりとかわすでもなく至極平静で、一貫して落ち着き払っている。その態度は凡そ人間離れしており知らずのうちに汗が吹き出していた。
「思い切ったね!サフィール!ボプ感心しちゃったよ!で、その真意を知りたいんだけど勿論話すよね?」
「ええ、勿論ですとも殿下」
勿体ぶるように間を空けて喋り出す。
言葉の端々に隠しきれない喜色を滲ませながら弾むように言ったのだ。
「…あなた。『門』を潜りましたね?」
――そしてこの日一番の衝撃が俺を襲った。
俺は多分…『門』と言うものを良く知っている。
苦々しい気持ちを悟らせまいと歯を食いしばる。だが、それは却って失敗だった。
「初々しい反応をありがとうございます。どうやら貴方も魅入られた側の様ですね。…私と同じ様に」
驚愕して改めてサフィールを凝視した。
冗談じゃない。誰が好き好んであんなものに魅入られたがるものかと、そんな意思を込めて。
「慣れれば『門』に魅入られた人間は良く分かりますよ。同じ匂いがするんです。それに考える事も似たり寄ったり。『何かを害したい』と言う所に帰結します」
忘れていたかった余りにも苦々しい記憶が呼び起こされる。
それはーーとある暑い夏の日に可愛がっていた猫を自分勝手な理由で殺してしまった記憶だった。
止められた筈なのに、俺は止められなかった。
そんな自分の弱さがいつまでも胸に刺さって抜けない。
「ただ、当人の趣味やエピソードを参照して害する対象が設定されている様ですから私と貴方には対象にズレがあります。私なら…対象は『貧民街の人間』になりますが、あなたはどうです?」
「…一度…猫を殺した」
気付かないうちにポツリと口にした。
それから堤防が決壊したように想いが溢れ出した。
「可愛かったし。…可愛がってもいたんだ。アイツ、みゃぁって鳴くんだ。殺す気なんて更々無かった。…本当だ。本当に殺すつもりなんて無かったんだ。…でも俺は止められなかった」
ジャックはハールーン?と、異変を悟ったのか名前を呼び、サフィールも猫ですか…と思案顔だ。
「当然です。『門』は意思とは関係無く…いえ、当人の意思を捻じ曲げでても一定の行動を強要する概念ですから。止められないのも至極当たり前の話です。ーー邪神に目を付けられた証から簡単に逃げられる訳がないですから」
「つまりコイツを誘うメリットって何だい?ボプに分かるように説明してくれないかな?」
「承知しましたよ、閣下♪」
サフィールはクラファールに後ろに下がるように伝えるとクラファールは不承不承といった具合にデブを伴って後ろに下がった。
「『門』に魅入られた人間の特権ーー『心象解放』です」
サフィールを中心に風が巻き起こるーー。




