七夕に叶えや青年★
『暗いドア』に魅入られたら最後、泣こうが喚こうが一定時間意思を塗り替えられてしまう。
例えばーー今の俺みたいに。
「ハールーン?」
「…はぁっ…はぁっ」
つい、成り行きで戦闘になってしまったが。多勢に無勢。敗北は必至だ。
確かに許せないとは思った。義憤にだって駆られた。けれど戦わなければならなかった訳じゃない。俺がしゃしゃり出るのも馬鹿らしいの筈なのに。
振るわれる剣が、飛んでくる暗器や火の玉が俺を殺そうとしてくる。
ーー怖い。
足がすくんでしまいそうになる。
でも竦んでしまったら死ぬ。
だから俺は疾駆した。
今の俺には走る事しか出来ないから。
「チィッ!ちょこまかと…」
前衛の男の剣が杖に当たり甲高い音を立てた。
流石にハールーンの使っていた武器なだけあって無茶で雑な使用にもなんとか耐えてくれている。
しかしそれもいつまで保つか分かったものではない。
そんなうちに、頬に、額に切り傷が刻まれていく。何とか剣は免れているが前衛の女の苦無が数回被弾していた。毒は無いようで体に直接的な違和感は無かったがそれでも流れる血は一緒に絞りカスのようななけなしの戦意を連れ去って零れ落ちるみたいだった。
徐々に陽が傾く。
茜色は紅へ、藍色は群青へと。
「っーーはぁはぁ」
息が詰まる。あとどれだけ走れば良い?
あとどれだけ耐えれば良い?
「『蔓の守り』!ハールーン。多分、SIGMUNDは翌日になるまでには消えるからあと数時間の辛抱だよ!」
蔓が幾重にも重なり簡易的な壁を作り出したが敵の放つ炎が即座に蔓を焼き尽くす。
やはり草に火は相性が悪い。
そして何よりーー。
「かひゅーー」
長かった。
数時間が泣きたくなるくらい遠かった。一秒、一分…一時間。それがどれだけ長いのか。
髪の毛を掻き毟りたくなるくらいの無力感が俺を苛む。
だが、俺にはこの戦闘を止める事が出来ない。
(無様だな。それが『魔王』たる俺の前でする戦闘か?)
そんな声が聞こえた。
藁にも縋るような気持ちで『魔王』に助けを求める。
(ふん、俺が手ずから本物の戦闘を見せてやろう。その姿をしかと目に刻むが良い)
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《オルクィンジェ》
目覚めてから改めて周囲を見回す。
ワタワタと慌てるジャックに泣き喚く魔獣。
そして俺からすれば弱過ぎる敵。
「…あまりに弱い。貴様らそれが本気とは言うまいな?」
しかし、一転した傲慢な態度を敵はいよいよ俺が切羽詰まったと見てか尚更攻勢を強めた。
それが無駄な行為だと理解しない事がどれ程愚かしい事か。
紳士の杖を地面に突き刺すと手元に二本一対の鎌を出現させる。
他ならぬ『魔王』の鎌、その名前はーー。
「欺け、『デモニカ』」
『デモニカ』から紫色の光が放たれーー投擲した鎌の本数が増えた。
「さて、ここから先はこの『オルクィンジェ』が手ずから相手してやろう。恐れずしてかかって来い」
空中で無限に増殖を繰り返す鎌を前に流石に不味いと敵は退避を開始する。
「…覚悟も無しに他者を害そうとするなんて馬鹿みたいだな。害を与える人間こそ害される覚悟を持つべきだった。それが貴様達の敗北の原因だ。実に月並みでつまらないな」
ジャックが近付く。
「…『オルクィンジェ』」
「何だ?いつぞやか間違えてパンプキンスープにしそうになった事を未だに根に持ってたのか?」
「………今回は感謝するよ」
珍しく感謝の言葉を小さいながらにも口にした。
「気にするな。ほんの気まぐれだ。それよりーー『杉原清人』を気に掛けろ」
「?」
ジャックは何故そんな事を今更口にしたのかと頭に疑問符を浮かべる。
対して俺は至極真剣な表情で答えた。
「こいつは普段の言動に反してとんでもない地雷持ちだ。いつ爆発するかは知らんがきっと様々な人物を巻き込むだろう。そのときはジャックが隣に居てやれ。さもなくばこいつは勝手に壊れるぞ」
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《杉原清人》
「…終わった…のか?ジャック?」
「『ツルパーンチ』!」
ヘタから蔓が伸びて俺の頬を強かに殴り飛ばした。
へげほっ!と情けない声をあげながら地面を転がる。
口の中に土が入ってジャリジャリとした。
「ッ痛いだろ!加減しろ!」
「あ、ゴメン。生意気な部下に似てたからつい…」
「何がつい、だ!こちとら戦闘後だって!自重して欲しいかなぁ!?」
ジャックの口調に似せて怒りを露わにする。とジャックは不意にクスクスと悪戯っぽく笑った。
「な、何がおかしい」
「別にー、何でもないかなぁ」
いつの間にか群青の空は深い青で満たされていた。
『あぁぁアァァァぁ!!!』
SIGMUNDの唄が止んだ。
次いでーーその体が光出す。
淡い、蛍のような光だった。
五寸釘を打ち込まれた部分から漏れ出している。
「…綺麗だけど、痛ましいな」
「…そうだね」
そのまま天を衝く様に手が伸びー一本の見事な笹になった。
蒼天に青々とした笹は良く映えた。
…場違いな、不相応な願いを纏いながら。
一陣の風が吹いた。
竹となったSIGMUNDは弓の様にしなりーー光の粒となって霧散した。
「異世界の七夕って碌なものじゃないな」
「だね、少なくとも直接参加したくはないかな。願わくばーー穏やかな気持ちでこの光景を眺められたらきっと幸せなんだろうね。それならきっと願いは叶いそうだ」
「そうだな…」
灯篭が流れていくように、流れていく光の粒を見送った。
「…結局、俺は見送る事しか…看取る事しか出来ないのかな…」
「ハールーン?」
懐かしい苦い記憶。
『清人、■ちゃんは星になった。そう思えばまだ気分は楽になるだろう』
『■は星になった…俺が殺したのに?俺が…俺が…ッ』
『……、■ちゃんは星になったんだ。知ってるか?星は神様のいる場所なんだ。きっと、清人のこれからを見守ってくれる。だから頼むから、死のうとは間違っても思うな。俺も…母さんも悲しむ』
だから、星に手が届きますように。
もう一度、その声が聞こえますように。
願わくば、もう一度出逢えますように。
第一・五章 完




