とくべつになりたい1一3
とくべつになりたい1一
は今回で終わりです、次章はスキットを挟んでからとなります。
ーーここで俺が出来るアクションは余りにも少ない。
ゲーム設定でよくある『ほのおはみずによわい!』のせいで火の威力は減衰し、逆に水はガンガン威力を増していく。
「『単一加速!』」
ならばキモとなるのは速度。
全ての攻撃を避けて一撃を叩き込む!
「『女郎蜘蛛』…ししょーの教え、舐めない方が良い」
容赦無く飛来する水球を速度で無理矢理回避し、そのまま肉薄する。
手には杖、手を出すのはこの頃になっても未だに憚られるがまずは機動力を削ぐ。決め手は一発、外したら退却。
「だから言った筈」
不可視の刃が浅く太腿を掠め思わず体制を崩す。
俺は戦士ではない、戦いの経験が足りていないのだ。だから容易に姿勢を崩す。
そしてーー今はそれが致命傷になり得る。
「私は蜘蛛、ここは巣穴。なら貴方は獲物。これは自明の理」
何処から出したのか、アラクニドの手には一対の短剣。
モンスターのものであろう鉤爪と骨を使用したような、傍目から見ればちゃっちい作りの短剣だが作りの稚拙さとは打って変わり一撃でも受ければ死ぬと言う確信が湧くような、見ているだけで寒気がするような悍ましい代物だった。
「抉れ、『ペインオブノーリターン』」
「ッ…!『単一加速』」
再度加速で後退する事で致命傷を避けたが肩口からヌルリと血が染み出す。
心音と共に広がるシミはゆっくりと痛みで思考を奪い去る。
「ん、今日も良い切れ味。ししょーの爪は伊達じゃ、ない」
「親子二代似た者同士ってか…ッ」
『シッパーレ・アモーレ・ニード』の爪から出来た一対の短剣、『ペインオブノーリターン』は血に濡れて一層の斬れ味を増していくようにも思えた。
アラクニドの背後に巨大な女郎蜘蛛を幻視しーーそれでも尚叩き込む一撃を夢想する。
「『単一加速』からの…『孤月』ッ!」
空いた間合いを詰め、横薙ぎの火炎を発現。
「無駄。手繰れ『ペインオブノーリターン』」
アラクニドが右手を振るえば火炎は中央でスッパリと切断された。
「どんな絡繰だ?」
「教えない。とっぷしーくれっと」
攻守交代とばかりに今度はアラクニドが水球を連発する。
しかし、狙いが定まらないのか一回たりとも俺には当たらない。
いや、違う。
周囲を見回す事で初めて気付いた。
地面がぬかるんでいる。
当然だ。アラクニドは水球を連射したのだから。
アラクニドは俺の機動力を奪おうと言う魂胆らしい。
アラクニド自身は動かず、不可視の刃と火炎の切断ギミックを駆使して安全に戦い、対する俺は得意の加速戦術を地面のぬかるみにより半ば頓挫させられ肩口、太腿からの出血で動きを悪化させられている。
「いやらしいな…」
ならば、とヤケクソでハールーンのナイフを投擲する。
当然、当たらない。
俺の武器は杖とダガーのみ。
「仕方ないか」
大地に第一魔素を這わせる。
地面からは巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「『火走』」
当てないように気を遣いつつ目隠しに炎を撒き散らす。
方針の転換だ。
さっきアラクニドは『魔王の欠片』を腰のマルチポーチにしまった筈だ。
女の子の腰を無闇矢鱈に触るつもりはないが、奪わせて貰おう。
『魔王の欠片』をアラクニドから盗む。
その為なーーここで全力を使い切る!
「『双加速』ッ!!」
動作は今までの倍速。
視界は揺らぎ身体が軋み日本原産の脆弱な三半規管が限界を訴える。
込み上げる吐き気を抑え込み、手を伸ばすーー。
「『盗賊の極意』」
『盗賊の極意』。
ハールーンから物をくすねた際に発現したスキル。
俺からはあれからおおよそくすねると言う事をしておらずに発現していた事に気付いてすらいなかった。
だが、この極限の状況下で俺はこのスキルが使えると確信した。
盗む意思をトリガーに盗む際の行動はスキルによる補正がかかる。
そして、先の『単一加速』の連打による経験の蓄積により進化した『双加速』の爆発的な速力が『ペインオブノーリターン』を正確に回避しーーアラクニドと背中合わせのような構図からブレーキ。
手にはアラクニドのマルチポーチ。
すかさず中身を漁りお目当の物を見つけるとそれを飲み下す。
「…何やってるの?…アレ明らかに固形物。食べるようなものではない…と思う」
「生憎、胃は鋼鉄で出来てるからな」
ニッと、獰猛に笑いかける。
「じゃあ、そろそろ一発殴らせてくれよ?」
そう言うとアラクニドからも思わず笑いが漏れた。
「旅人さん、名前は?」
「杉原清人、偽名はハールーンでよろしく」
首を一度傾げると頻りに頷き、
「うん、良い名前。清人、記憶した。私の『とくべつ』候補」
「俺は女の子好きで縛られない奴だからな。とくべつなんて恐れ多いって、アラクニド?」
「アラクニドって可愛くないから代わりに『アニ』で良い」
俺は杖を捨て、ステゴロで。
アニは双剣を構えて。
「…『双加速』」
加速する。
狙いは額ただ一点のみ。
拳を振り上げーー。
「…やっぱ無理だなぁ…クソッ忌々しい…」
ーー殴れなかった。
アニの眼前で俺の拳は静止している。
対照的に俺の脇腹にはアニの『ペインオブノーリターン』が突き刺さっている。
結局、俺はアニを殴れなかった。
代わりに。
『ペインオブノーリターン』が深く沈み込むのを承知で薄い体を抱き締めー殴る代わりに若干痛い類のデコピンを一発かました。
「ちょっとは、…気分は晴れた、か、な」
そのままーー俺は意識を放棄した。
その直前に微かに見えたアニの驚愕が記憶に残る彼女の顔に被って見えて、何だかおかしくなって少し笑った。
やっぱり、俺は今でさえ■を探さなければならない、と。
そう感じた。




