愚か者の羽ばたき1
「頼む…お願いします一と篝に歌と舞を教えて下さいっ!!」
時間は幾らか飛び、ウタ婆の家にて俺は真剣に頼み込んでいた。
…結局、歌と舞は一と篝がやるのが一番無難だと言う結果に至り、二人にその役回りをお願いした。二人は二つ返事で快諾して今に至る訳だ。
「また随分と初日とは違った面構えじゃないかい。まぁ今なら一と篝に教える分には構わないよ」
「それじゃあ!」
「但し、アンタの実力を見せてもらうよ。一がアンタに凄く入れ込んでいるようだったからね。下手な姿を見せるようじゃ落第だよ」
それを待っていた。
ハザミの人間である以上こうなるのは必定。そして何より…俺は今回、一度も被弾する事なく勝てる。そう確信している。
「分かった」
外に出ると振り返りながら一つ提案する。
「ああ、そうだ。俺めちゃくちゃ走るから範囲を決めておいた方が良いよな?」
「…そうだね、アンタが逃げないとも限らない。ざっと範囲を決めておくのも悪くはないね」
来た。
それでこそアニにスタンバって貰った甲斐があるってもんだ。
木々を縫うように糸が放出され、俺とウタ婆を繭のように覆い隠す。
盛大なネタバレをしてやろう。
コレが俺の秘策にしてノーダメで確実に勝つ方法だ。
「じゃあ、そろそろ始めようじゃないかい」
「「いざ、尋常に」」
「「勝負」」
ウタ婆の重心がやや右に傾く。取り敢えず間合いを詰めに来たのだろう。
居合だろうか。
「!!」
だが、ウタ婆が刀を振るった先に俺はいない。
今回勝負する武器は店売りのタネも仕掛けもないナイフのみ。しかも着衣は初期装備。
俺の普段の戦法を知っているならば完全に舐めプをしていると取られかねない。
だが、俺はマジのガチだ。
勝つ為に真剣に吟味した結果がこれなだけで。
「…『翌桧』!」
避ける、避ける、避ける。
余裕を持って優雅に避ける。
何連撃が来ようが今の俺には全く通じない。
「奇っ怪な動きを…どんな仕掛けだい」
「感覚器官をちょっとだけ増やしただけだよっと!」
そう。
感覚器官がちょっとだけ増えた。
それが今回全く被弾しない理由だ。
全く意味がわからないだろう?
けど、事実それが俺には出来た。
ネタバラシすると、俺とウタ婆を覆い隠すこの繭がちょっとだけ増やした感覚器官ってやつだ。
と言うのも俺とアニの感覚は繋がっており平時でも視点が常に二つある。
ならばアニが糸から感じる感覚も俺ならば共有できるのではないかと考えた。
結果、見事に感覚の共有に成功したのだが…今度はウタ婆にバレないように張り巡らせる方法が欲しくなった。
そこで範囲指定だ。糸を境界線と言い張ればどうとでも誤魔化せる。
そして俺とウタ婆が糸で包まれてしまえば位置は勿論、呼吸、脈動、重心の移動まで手に取るようにーーとまではいかないが大体は分かる。
決め手はウタ婆の疲労に合わせて首筋にナイフを近づけるだけで構わない。
ウタ婆も俺も傷付かない超平和的解決方だ。
俺は走って跳ねるだけで良い。
「『晴流…』」
やはり出るか、とため息を吐く。
『晴流浮楽々』。ハザミ生まれのオールレンジ技にして俺が受けた場合十割負けるあの浮楽々先輩だ。
『清人』と戦う前の一とのスパーリング、夢の中での一騎打ちと毎度コレを受けて俺は負ける。
対処法はもう分かりきっている。
「はぁぁぁぁっ!!」
肉薄あるのみ。
前は間に合わなかったが今はスキルと言うシステム上のアシストもある。
今の俺ならば充分にモーションを潰せる範囲内だ!!
「ーー掛かったね」
「『翌桧』ッ!!」
「!!」
ウタ婆は晴流浮楽々の構えを崩し、代わりに壮絶な連撃を叩き込み刀は霊衣を切り裂きながら腹部を軽く掠めた。急いで『とんずら』で後退したがあと一拍遅れていたらとんでもないことになっていた。
だが、何故いきなり構えを変えた?
俺が釣られたとでも言うのか?
いやーーまさか!!
「この聖哥燈、手加減される程甘くは無いよ」
そんな後出しジャンケンじみた事が可能なのか…?
ーー見切りを更に見切るだなんて。
「キッツイな…マジかよ…」
だったらどうする?
諦めるか?…馬鹿馬鹿しい。
腹部が痛むがまだまだ立てる。伊達に毎度サンドバッグになっている訳では無い。
それに泥臭いビートダウンは俺の得意とする分野だ。小細工は通じなかったがやる事は変わらない。
即ちーー。
「キック!ユア!アスッ!!」
敵を打ち倒せ!!そんな気概を持って咆哮する。
人外じみた加速で糸の壁を足場にしてテンポ良くトタタッと縫うように走る。
いつ『晴流浮楽々』が飛んでくるか分からない緊張感。
空を駆ける高揚感。
テンションファイターに必要な熱量が全身に巡ってくる。
溜まる乳酸を無視して足のバネを最大限に発揮。
「まずは一回!」
リーチの短いナイフがウタ婆の手の甲を掠めた。
ほんの薄皮一枚。だが一発は間違い無く当たった!!
「むっ、ちょこまかと…」
ウタ婆への直接的なダメージは極めて軽微だ。しかしテンポは完全に掴んだ。
今度こそ絶対に当たらーー。
「…っ!?」
目に砂が入った。
忌々しいことにウタ婆が足元の土を辺りにぶち撒けたのだ。
俺の速力は視界ーー動体視力ありきの面がある。だから目を潰されてしまったら自滅もあり得る。
不味いことにいつものデッドウェイトも無い。
だがーー負けるのは論外だ!!
「『スキルコネクト』!!」
イメージするのは0-MAX-0。
最大速度から即座に停止し、再び最大速度へと強引に加速する姿勢制御の技。
だが、そんなスキルは持っていない。
だからこの速度をーー。
「『Freedom jump "Zero gravity"』!!」
上へ逃がすッ!!
無重力の名を冠した上位複合スキルは俺を上へ上へと押し上げる。
やがて繭の頂点へと達するとターンの要領で姿勢を変えて蹴り飛ばす。
「…来な。そのちょこまかと動く足を刀で良い子良い子してやるよ」
「だりゃぁぁァッッ!!」
俺が今からやる攻撃は最も原始的な攻撃。
人間ミサイルの威力、とくとご覧あれってんだ!!




