夢幻と散華4
敗北。
俺は負けた。勝てなかったのでは無い。
俺は負けたのだ。
俺の愛したアニは俺の存在をすっかり忘れて一と幸せになって。ジャック、一、篝も同様に俺を忘れた。
何だこれは。
俺はかつて『清人』が残した恋慕の情に苦悩してこの世界は地獄だと思ったが…よもや更なる地獄が待っているなんて思ってもみなかった。
クロを殺し、『清人』を守れず、唯を守れず、初恋の人は俺を忘れた?
ふざけるな。まるで今までの全部が茶番だったみたいじゃないか。
誰かに否定して欲しい。これはタチの悪い悪ふざけで皆んなちゃんと俺を覚えてるって。
頼む…誰か言ってくれ…怒らないから。
…許すから、お願いだ。
こんな冗談はよしてくれ。
「あんさんは強い。けんど…ワリャには届かんかった訳や。他の奴が認めんくてもワリャはあんさんが強いのを認めたるわ。…すまんの」
一はこんな状況でも良い奴だ。
それが一層俺を辛くする。
篝だって、不審者を見つけた時の対処としては…そこまで間違ってはない。
アニも…。アニも…。
頭に浮かぶのは一と楽しげに笑い合うアニ。
俺といるより、幸せそうだった。
俺が負担を強いたからアニは幸せになれなかったのだろう。全部、俺の失敗だ。
「……一」
「何や?」
「ーー幸せにな」
踵を返した一に精一杯のエールを贈る。
本当はこんな事言いたくなんて無かった!!
けど…彼女の笑顔は今まで見たどの表情より明るく、柔らかかった。
だから胸を貫く疼痛を抑圧しても…彼女の幸せを願うのが惚れた男ってもんだ。そうだろう?
俺、笑えてるか?
引き攣ってないか?
こんな男だけど心底惚れてたんだぜ?
…だからさ、俺を見てくれよ。
少しでも構わないから。俺の名前を呼んでくれよ。……頼むよ。
「…もっと頑張れてたらこんな事にならなかったのかなぁ。いやぁ…俺の馬鹿さ加減って本ッ当に……反吐が出る」
面々が去って、伽藍堂になったコロシアムに取り残された俺は声を荒げた。
「何が『幸せに』だ畜生!!この偽善者が!!ああそうさ!俺の…俺自身の初恋だ!!仲間ももう居ない!!家族は地球に置いてきた!!こんな俺に何が残ってんだよ!!何もねぇだろうがッ!!!」
「何だよ、愛したいとか、愛されたいとか思ったりするのが駄目なのか?それがそんなに罪深いのか!!!ふざけるな!!ふざけるな!!ふざ、け…るなよぅ…」
いつのまにか絶叫は啜り泣きに変わっていた。
際限無く目から雫が溢れ落ちる。
泣かないと決めた筈なのに。そう誓ったのに。
なのに目頭がこんなにも熱い。
心がこんなにも痛む。
ノロノロと芋虫のように歩けば…ああ、何処にでもいるありふれた。
ーー敗北者の出来上がりだ。
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俺はたっぷりと悪夢を見ている。
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コロウスの往来に戻って爺さんみたいによろよろと歩いた。
何をするでも無く、目的もないまま当てもなく歩き続けた。
耳に抜けるのは雑踏の音とーー。
「ったく、相変わらず清人は清人よね」
あり得ない、声がした。
「唯…?」
振り向くと…そこには俺とそっくりな男と並んで歩く唯がいた。
そしてその男はーー。
「本当ごめんな…埋め合わせはいつかするから許してくれないか?」
「はぁ、まあ毎度の事だから慣れたけど気を付けなさい。じゃないと私ヒスるわよ?」
『清人』だった。
やっと、やっと分かった。
この世界がどんな世界か。
俺が旅団のメンバーに認知されて無いのも、唯と『清人』が生きているのも。
単純にーーここは俺がいなかった場合の世界だった。
本当、今日はコロコロ最低が更新される日だ。
だってこれはそういう事だ。
俺が生まれなければ『清人』も唯も死なず、アニも今より幸せになる。
…俺さえいなければ、だが。
さっきまで大切な物が無くなって悲観したが…今度は存在意義を掠め取られてしまった訳だ。
もう、抗う気も起きない。
弾かれるようにその場を離れるとひたすら走った。
誰も俺を見ないでくれと、そう願いながら我武者羅に走った。
俺だけバッドエンドで俺以外全員ハッピーエンド。
こんな結末も悪くはないのだろうか。
ハッピーエンド至上主義者なんだろう?俺は。なら自分一人バッドエンドになってみんなハッピーエンドなら…それでも構わない。
もう良く分からない。
疲れた。疲れ切ってしまった。
日が暮れて一人、森に差し掛かった俺は何かに躓いた。
それは錆びた鉈だった。きっと木こりか何かが切れないと捨てたのだろう。
柄を掴むとひんやりとして冷たい。
「……死ーー」
これをもし。
もし仮に手首に振り下ろしたら、死ねるだろうか。
やっと終わるのだろうか。
鉈を振り上げるとーー。
「死ねる訳ねえだろうが!!」
鉈を放り投げた。
死ねる訳が無いのだ。俺は『清人』を死なせない為に生まれた。それが自殺だなんて笑えないにも程がある。
「あははは、あはははッ!!」
代わりに笑った。
孤独を紛らわす為に狂ったように笑い続けた。
俺は死なない。
俺は絶望しない。
ただ、満たされないだけで。




