夢幻と散華2
一般主人公発狂シリーズ
《『杉原清人』》
ーー暑い。
唯の母親に捕まり辺りの家に向かって土下座回りをやっていた。
どうしてこんな事を…。いや、愚問か。
俺が唯を殺したようなものだ。だからこれはその罰なのだ。
あの日、唯が死ぬのを目の当たりにした俺は錯乱して倒れた。
目覚めた朝、漸く悪夢が終わったのだと安心したが…現実は非情で。
俺の最愛の人はもうこの世にはいなかった。
唯の両親には散々怒鳴られた。
元はと言えば俺が唯の家出を幇助したのが原因だと、そう言われたのだ。
俺は言い返す事も出来ずに泣いて…今に至る。
「ほら、シャッキリしな!!あんたのした事は到底許されない事だよ!!誠心誠意頭を地面に擦り付けて詫びな!!」
「…ごめんなさい。許して下さい」
「駄目だよ何言ってるんだい!!良いかい?あんたに人権は無いんだよ!!あんたは生きているのを悔いるしか無いのがまだ分からないのか!!」
…意識がボヤける。
『死んだら駄目だ』と妙な幻聴が聞こえる。
俺はもう疲れた。この現状にも、唯の居ない世界にも。凡そのことに疲れてしまった。
この土下座回りを終えたら自殺しようと思う。
そうしたら死んだ唯への手向けになるだろうか。
『駄目だ。そんな事俺が許さない』
まただ、また幻聴が聞こえた。
『お前にはあと…そうだな。大体六十年位生きて貰わないとな。簡単に死ぬとか思ったら駄目だ。考えたらそれだけで鬱になるぞ?』
煩い幻聴だ。
俺は全てに疲れているんだ。ずっと布団に包まって眠っていたい。何なら朝が二度と来なければ良いのに。
『……。なら、俺が』
『ーー俺がお前が辛いと思う事、全部代わってやんよ。お前は暫くゆっくり休め。ほら、寝れば治る事もあるだろ?お前の死にたがりもきっと良くなる。大丈夫、安心して俺に任せろって』
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《杉原清人》
「大体、あんたが唯を誑かしたのが悪いのがーー」
「黙れ」
唯のお母さんは思ったよりも小さく見えた。それは人としての器が小さいって意味で。
「何がしたいんだ。人を痛めつけて、それが大人のやる事か?」
「生意気言うんじゃ無いッ!!」
パァンと乾いた音がした。
唯のお母さんがビンタしたのだ。
「…すまんな『清人』」
体を傷付けてしまった事を詫びながら薄く笑う。こっからは俺のターンだ。
「痛ッ!!」
勿論そんなに痛くは無い。
辺りにいるの人へのアピールだ。
今は下校時刻で人気も多い。
加えて先の土下座周りで悪目立ちしている。そこでビンタなんかしてみろ。
「ーーなっ!?」
周囲の視線が唯のお母さんに集まる。
非難するような、怪訝そうな目が唯のお母さんを襲った。
その間に俺はすたこら逃げて『清人』は無事に帰宅を完了する。
今日の事を受けて唯のお母さんがちょっかいを出すかも知れない。
だがそこも問題無いだろう。
『清人』には両親っていう心強い味方がいる。大人に頼れば何とかなる事も沢山あるのだ。
『清人』は頑なに拒んでいるが二人はとても『清人』を気にかけている。利用しない手はない。
…にしても『清人』は不器用な人間だと思う。一人でどうにか出来ない事こそを一人で背負い込もうとするらしい。
「ったく、世話の焼けるご主人サマだよ…」
家に帰る途中、見慣れた黒猫の尾が揺れているのが見えた。どうやら今日はご機嫌らしい。
今度会えたらそこら辺の猫じゃらしでも摘んで遊んでみようか。
「…じゃあな、クロ。また今度」
クロは気安い友人のが挨拶するみたいにみゃあと一度だけ鳴いた。
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俺はまだ、夢を見る。
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《『杉原清人』》
「…なぁクロ」
足元で呑気に寝転がるクロに呼びかける。ぶにゃぁ、とややめんどくさそうにクロは返事した。
このところ俺はおかしい。
俺はあれから極度の緊張症を患い人前で話せなくなった。例外は独り言とクロくらいなものだ。
なのに唯が死んでから始まった俺への虐めはいつのまにか無くなり、どころか友人が出来ていた。
両親とは和解してて、唯の両親の嫌がらせも無くなった。
全部、いつも口うるさくあれこれ指示するアイツがやったのだろう。いや、アイツがやったのだ。
…アイツとは記憶と知識を共有している。けれど、俺はアイツとは違う。見た目だけ同じの別人だ。
俺は友達なんて作れないし、つまらない意地を張って両親とも和解出来ない。
至る所にアイツの影が見え隠れする。
表面上は順風満帆だがその全てはアイツの功績でしか無い。
…俺の介入の余地は無い。
アイツが直に消えるつもりなのは何となくわかっている。
だが…アイツと俺、どちらが『杉原清人』に相応しいかを考えると…間違いなくアイツだ。
別人だけど同じ。なんだか奇妙な感じがする。
「なぁ、…俺は生まれるべきじゃなかった。いや、そもそも俺が最初からアイツだったら唯も死なずにいられたのかもな」
…俺はこれからクロに対して酷い事をする。
アイツは最近消えかけているのか滅多に表に出て来なくなった。
チャンスは今だけしかない。
「クロ…ごめんな」
「俺と一緒に死んでくれ」
クロの無防備な顔を踏み潰した。
くぐもった低い鳴き声がやけに響く。
俺は最近ストレスを飽和させて俺という人格を終わらせる方法を思いついたのだ。
アイツは気付いてないようだが、唯が死んでから俺にはあるものが見えるようになっていた。
それは何の変哲の無い閉じたドア。
俺はそれに覚えがあった。
『信じるか信じないかはテメエ次第』のキャッチフレーズで有名な番組で凶悪犯罪者を退行催眠に掛けて尋問を行った結果過半数以上の人物が『ドア』や『門』と言ったものの存在を口にしたという話をやっていた。
曰く、人間性を破壊して対象を凶悪な犯罪者へ作り替えるモノらしい。
眉唾物ではあったが事実、俺にはそれが見えている。
主役を譲るのに丁度いいブツが目の前に用意されていた訳だ。
だから、俺はドアに手を掛けーー。
『止めろ!!そんな事をしたらッ!!』
アイツの声が聞こえた。
ーー最期の最期まで煩い奴だ。
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《杉原清人》
クロが死んでいた。
俺は忘れられない。ヨロヨロと足にしがみついた温かさを。
俺は忘れられない。弱々しく鳴いたその声を。
…『杉原清人』は最後に呪いを残した。
クロを殺した罪悪感と…どうしようもないほどの唯への恋慕を。
俺は高嶋唯に一度も会った事が無いのにその横顔が忘れられない。
寝ても覚めても彼女の顔が浮かぶ。
笑顔も、膨れっ面も、泣いた顔も、鮮明に浮かんだまま消えてくれないのだ。
この世は地獄だった。
俺が『清人』の為に与えた全ては全部俺に帰って来た。
両親にはこんな事を相談出来ず、『清人」の為にと作った友人に構う余裕は無い。
唯の両親は虎視眈々と俺を狙っている。
俺が傷付けば良い世界じゃなくなった。
前は俺が消えても本来の『清人』は残るから大胆な行動に出る事も厭わなかった。
だが、この体に残る人格は俺だけ。
もう下手は打てない。
…皮肉な話だ。
『杉原清人』は唯を守れず唯を失い。
俺は『杉原清人』を守れず『杉原清人』を失いクロを殺した。
守りたい物こそを守れない。
俺は泣いた。
クロの亡骸を抱きながらひたすら泣いた。
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俺はまだまだ夢から覚めない。
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