蜘蛛糸の果て1
前回のサブタイトルを変更しましたよー。
『ハザミ』に於いて魔獣の増加は一種悲壮な決意と覚悟の元に迎えられる。
単純な力で『ハザミ』育ちの屈強な人間が負けるのはまず無い。
…単純な力だけなら。
■■■■■■■■■■■■
《女郎蜘蛛》
哥燈と女郎蜘蛛は二人でハザミから少し離れた『フウカの森』にある小さな家で酒を飲んでいた。
「にしてもアラクニド、帰りが遅いな…どこで道草食ってるんだ?」
「あの子が心配なのかい?」
「いいや、全然」
基本的に女郎蜘蛛は他人の心配をしない。それは他人を心配する余裕が無いーーという訳ではなく心配は他人に対する信頼を失う行為だと考えているからだった。
他人の実力を心の底から信頼していれば圧倒的な力の前で以外は心配など御無用と言った考え方だ。
だからこそ女郎蜘蛛は弟子であるアラクニドの能力を高く買っていた。
少し子供らしい面はあるが戦闘に於いては非情に徹する事が出来る天性の才能を持ち、常に注意深く危なげない。
女郎蜘蛛の技術を着々と吸収しており暴漢に襲われようが返り討ち程度は造作も無い事だろう。
心配になる部分が見当たらないと言うものだ。
一人で狩りをさせているのだって単に金銭が目的では無く、最低限狩りが出来ればどこに放り出されようが生き抜けると考えての事だった。
「にしても難しいモンだよなぁ…」
「何がだい?」
「いや、…アタシだけの特別なものがずっと欲しかったんだよなアタシ。まぁモンスターの習性ってヤツなんだろうけど」
そこで言葉を区切ると空を見上げた。
曇天である。なのに女郎蜘蛛は眩しそうに目を細めるとどこか寂し気に続けた。
「最近、何でこんな事を続けてるのか分からなくなってよ。ずっと…そう、ずっと前から大切なものをアタシだけの特別なものが近くにある気がしてな。肩肘張ってそれを探すのが馬鹿らしくなって来たんだ」
訳わからないだろ?と女郎蜘蛛は頬を掻いた。哥燈はそんな事は無いと言って笑う。
女郎蜘蛛は自分の気持ちと言うものに鈍感だった。だがそれも彼女らしいのだと、いつかその人を特別なものだと認める日が来るのだろうと、哥燈は考えていた。
ーーそれが最悪な形で露見する事を考えもしないまま。
ドンドンと激しく戸を叩く音がした。
哥燈は逼迫した音を訝しく思い戸を開けると今年で八つになる『鉄打ち』の倅、一凩が家に飛び込んで来た。
「ウタ婆ちゃん!!」
「『鉄打ち』の倅か!どうしたんだい!」
「魔獣が大量に出たんよ!!もう何人かやられとる!いつもの奴頼んだわ!!」
一はそう言い残すとさっさと何処かに走り去ってしまった。
「私はお役目らしい。女郎蜘蛛、家を任せて良いかね?」
「了解、罠張る事に定評のある女郎蜘蛛さんの力を見せてやるよ。大丈夫、哥燈は巻き込まないからさ」
「そりゃあ結構!」
そう言い残すと哥燈もまた外へと走り出した。
「…まさかアラクニド、魔獣に苦戦してるのか?いや…流石にそりゃあないか。何たってアタシのたった一人の弟子だ。そんな事でへこたれないだろ。馬鹿らしい」
そう言いながら四方八方に糸を張り巡らせる。糸は単に獲物を捕らえる罠に非ず。糸が伝える振動は周囲の異変を逃さずキャッチする鋭敏なセンサーの役割を果たす。
故に女郎蜘蛛の定めた領域内で女郎蜘蛛は絶対的な有利が約束される訳だ。
つまりーーどこに隠れようが心拍一つで場所が割れ、奇襲しようにもそれよりも先に女郎蜘蛛に殴られると言う事だ。
「これはーー」
女郎蜘蛛の糸が一つの足音を捉えた。
だが、それは誰よりも見知った人のものだった。
戸を開けたらその人に向かって「帰りが遅い」とぶん殴ろうと考えーー足を止める。
どうも様子がおかしい。
足首に負傷があるみたいに若干足を引きずっているし、歩みもまるでここに来たくないみたいに遅々としている。
心配は無い、だが何かがおかしい。
様子を見ようと女郎蜘蛛が戸を開けるとーー。
「!!?」
多数の銀閃がーー否、蜘蛛糸が迸った。
周囲に張り巡らせておいた糸でその糸を防ぐ。
「何でーー」
女郎蜘蛛は驚愕した。
何故、どうして、そんな事ばかりが頭を過る。
「何で貴女がアタシを攻撃するんだよ!!」
彼女は泣いていた。
そう。
「なぁ、泣いてないで答えろよ!!」
「ーーアラクニド!!」
彼女はーーアラクニドは泣きながら女郎蜘蛛に突如牙を剥いたのだ。
…まぁそうなるよね。




