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Next ★

駅の改札を抜ければツンとした冬の空気が鼻先を痺れさせた。

雪の降る十二月、手足末節がジンと痛む。


俺は杉原清人、大学生だ。

彼女、恋人、嫁何もいない童貞である。

いるのは悪友と腐れ縁くらいなもので十二月の心が浮き足立つ季節にもなって相変わらずのテンションだったのも連れが居ない事に起因する。


十二月と言ったらクリスマス。

リアルが充実した人々が生と性を謳歌して聖夜にセイヤすると聞いた。


「…ゲーセン寄って行くか」


ーーが事実として俺は一人でゲーセンに向かっている訳で。

クリスマスカラーに彩られた街を一人で歩くこの寂しさは何とも言い難い。悪友も腐れ縁も今日は彼女とおデートなんだそうだ。羨ましい事だと思う。


暫く歩くと目的のゲーセンに着いた。ここだけはクリスマスムードにも染まらずに相変わらず非リアのエデンって感じだった。


「……」


目当てのゲームの台を見つけるとコインを入れてプレイする。

最近ハマっているビジュアルノベルにアーケードゲーム要素を取り入れた代物だ。カッコいい主人公が敵を倒しながら前に進むのが痛快で、並んでる人がいないとついついやり過ぎてしまう。


何度も窮地に立たされ、ボロボロになりながらも何度でも立ち上がる主人公。

どんな場面でも負けを認めず、足掻き、踠き、最後には逆転して勝利する。

ゲーム自体はマイナーでシナリオも毎度こんな一本道仕様だけど俺はこんなシナリオが好きだった。


食い入るように画面に流れる文字を眺めながら、操作スティックを握る。

軽快にゲーム内のキャラが躍動し敵を打ち倒していく。


(…今だッ!!)


必殺技を使いながら勝利を確信して小さくガッツポーズを作る。

You Win!!の表示が出ると一息つきながらイベントを眺める。


『お、おのれっ…卑怯な!!』


『勇者がブラフとかハッタリとかを使うのが卑怯だって?馬鹿かよ、やらなきゃ負ける。それにな…』



『ヒーローってのは己が信念の為なら何でもするもんだ。形式美なんて要らねぇ。傲岸不遜、慇懃無礼、何でも結構じゃねぇか』


そう笑って主人公はボスキャラに剣を突き付けた。


…ヒーロー、か。

己の信念の為に何でも出来たならーーあの日、俺が止める事が出来たなら。

カッコいいヒーローになれていたのだろうか。


『さぁて!次も俺の旅、見てくれよな!!』


画面内の主人公がそう言うとGAME OVERが表示されて画面が暗転する。


「………」


暗い画面が映し出したのは寂しい男の顔だった。先程の勝利の余韻は何処へやら現実の波が押し寄せて来るようで胸が塞ぐ。そんな現状から目を背けるようにさっさと店を出ると幸せそうな人混みに紛れた。

心優しいサンタさんが幸せをお裾分けをしてくれないだろうかと夢想しながら。


ふと、植樹が目に入った。珍しい事にクリスマス仕様なのか葉っぱまでクリスマスのツートンカラーになっている。

ただ、塗り方が雑なのかインクが飛び散っている。


「…え?」


不意に、その赤色が葉っぱから垂れて地面に落ちた。血が付着したみたいな嫌らしい染みがアスファルトに広がる。

それは記憶に残る赤い色にも似ていた。

心臓が早鐘を打ち鳴らし、本能が逃げよと命じるままに人混みを駆け出した。

道行く人々に肩をぶつけながらも前へ前へとーー。


不意に足がもつれてその場で転ぶ。

お気に入りの濃紺のコートには血がべっとりと付着してしまっている。


慌てて立とうとしてーー首に鎌が。

死神が持つような大鎌が首に触れている事に気付いた。

薄皮が切れて血が流れる。


いつも通りのテンプレートをなぞる生活だったと思う。

いつもの仲間、いつものバカ騒ぎ、いつもの帰宅風景。

何もかもが『いつもの』で満ち満ちていた。


そこに突然降って湧いた理不尽。


神々しい程死の香りを漂わせる死神が背後に立っている。そんな直感に皮膚が粟立った。


明滅を繰り返す視界を認めると観念したように一言だけ呟いた。


「ゲーム…オーバー?」


「いいえ、正確にはcontinueです」


射るような、冷たく辛辣な響きを耳にしてーー俺は死亡した。


■■■■■■■■■■


《ジャック》


「私が貴方を殺害しました。異論、反論、口答え等は一切認めません」


彼は困惑してるね。

何故って?そりゃ見ればわかるでしょ。

彼の前には神々しいオーラ的なサムシングを纏った真面目な女神様。

そりゃあ困惑もするでしょ。


彼の外見はーーそうだね。外ハネが目立つ黒髪にそこそこ整った顔。どこにでもいそうな感じって言えば大体それが正解かな?

人通りの多い街中歩いたら沢山居そうなタイプ。


神様に殺害を告げられた外ハネの青年は「手違いじゃないのかい?」と尋ねていた。


それに対して女神は「異論、反論、口答えは認めないと先程言いました」とこれまた棘のある言葉で返す。


「じゃあ、これは質問って事でどうだ?」


「なら構いません」


「良いのか…」と青年は微妙に顔を引き攣らせると居住まいを正し返答を待つとーー。


「結論、手違いはありません。貴方にやらせたい事があるのです」


「うん?」と青年はややオーバーに反応した。


「やらせたい事って…それ普通の人間にはキャパオーバーな案件だと思うんだけど良いのかよ」


「良いんです」と女神はきっぱりと言い放つ。やっぱり刺々しさは消えないのが女神様らしいねぇ。


「となると…俺は…アレか。異世界転移するってか?」


「ご明察の通りです」


マジかよと短く一言呟くと、もしかしてーーと突然声を上げた。


「もしかしてーー女神さんが黒幕だったりするのか?」


「そのストレートな物言い、不敬ですが嫌いではありません」


して、結論は?と青年が先を促せば女神は当然首を横に振る。


「寧ろ何故私が異世界に送り出した上で黒幕に成らなければならないのですか。女神の仕事量を鑑みて下さい。面倒なんで絶対にやりません」


面倒じゃなければやるのかよ…と言おうとしたのを飲み込んだのか若干口がモゴモゴ動いているのがモロに見える。


「でもって拒否とかはーー」


出来ませんね、とにべもなく突っぱねる女神。これまた刺々しいねぇ。

すると彼はノータイムで舌打ちしながら髪をガシガシと掻き始めた。ストレスが溜まるんだろうね。お疲れ様。


「で、そのやりたい事って?」


「貴方には異世界…最終消失点に向かって貰い、『魔王の欠片』を探して頂きます」


「『魔王の欠片』?」


「はい、この場での言及は敢えて避けますが私達が保有する最高戦力の一つです」


多分何であからさまにヤバそうな場所に最高戦力が転がってるの?とか、そもそも『魔王の欠片』ってどんなものなの?みたいな事考えてるのかな。

脳の回転を示すみたいにアホ毛が左右にユラユラと揺れてるねぇ。


見ていて少し楽しくなって…物陰から少しだけ顔を出すとーー。


「それと…ピーピングですか。趣味の悪い神ですね」


案の定見つかっちゃう訳だよ。


さてさて僕の出番だ。

皆んな初めまして。


「出て来なさいジャック、普段から吸ってるタバコの匂いは誤魔化せませんよ?」


「どうもー、バレバレだったねぇ」


僕は横からヌッと出て行く。まるで幽霊のようにね。初見だとみんな驚いてくれるから気に入ってるんだよねこれが。


「やぁ、僕はジャックって呼ばれてる神様だよ。よろしくねぇ」


挿絵(By みてみん)


彼も驚いてくれたようでアホ毛がピンと立った。やった甲斐があるってものだねぇ。


「で、ジャック。要件は何ですか?」


「んにゃ、只の趣味のピーピングだから気にしたらダメかなぁ」


「おい、女神さん。そのジャックってのも神様なのか?」


「えぇ、こんなナリでも神ですよ。忌々しい事この上ありませんが」


不躾にジロジロと彼は僕を見る。

時折混じる侮蔑を含んだ視線は女神からだ。怖い怖い…。


ま、こんなナリって言われたけどそれも当然なんだよねぇ。

だって僕の肉体は所謂ジャックオランタンなんだから。


ジャックオランタンーー南瓜の王。

アイルランドに伝わる安住を求め彷徨う者にして悪霊を退ける案内人。

ハロウィンの主役って言えば馴染みがあるかな?アレだよアレ。

白い骨の指にニタニタ笑顔のカボチャ(pumpkin)(head)。地味なローブを身に纏えば僕の出来上がりさ。


「忌々しいとは心外だねぇ。僕だって日本でならアレ…何だったかな?ヤオヨロズGODになれる訳だからねぇ…coolJAPAN万歳!!」


「はぁ…付喪神の一種だからセーフとか緩すぎませんかねJAPANの文化感…」


しみじみと嘆く女神。

彼女もまたcoolJAPANの恩恵にあやかる神の一柱なんだよねぇ実際。


「いやいやぁ、恐るべき死の女神。霊の先導者がそれを言って良いものかと思ったんだけどねぇ、ヘカテ?」


「ヘカテ?ヘカテって確か…月と魔術と…豊穣。そして…出産と贖罪の女神で合ってるか?」


「ご明察の通りです」


「いやぁ、君が日本上陸したの江戸からだよねぇ?それに前のポカだって責任の一端は君の…」


「黙りなさい。大体、あなただって日本に上陸したのは二十世紀じゃないですか」


「僕の日本上陸は十六世紀だよ?」


まぁ、正しくはーー。


「それは南瓜伝来じゃないのか?」


Exactly(その通り)!!」


ハロウィンじゃなくてカボチャの日本伝来だったりするんだよねぇ。


「良いね君!うん、ツッコミ役としては類い稀な素質があるね!」


軽口を挟みつつ割と真剣に思考する。

アレを渡すか渡すまいかなんだけどーーまぁ、大丈夫そうだね。どうにかなるさ。It's gonna be ok!

ウィル・オ・ウィスプを模したコミカルな口内に骨の手を突っ込む。

そのまま抉るように取り出したのは紅い色合いの水晶の破片。


「…ジャック、これは…」


「これが、『魔王の欠片』の一つだよ」


清人は胡散臭い物を見る目で水晶の破片を見つめてるね。で、ヘカテも黙って件の『魔王の欠片』を見つめている。

…何なのかなこの微妙なシンクロ感。


「それで、展開を鑑みるに俺は世界中に散らばったコレを回収するって感じか?」


「その理解で差し支えません。ところでジャック、あなたは何故『魔王の欠片』を持っていたんです?場合によっては惨殺しますが」


いきなり惨殺とはこれはまた手厳しいなぁ…。

でも、こればっかりは仕方ないんだよね。


「僕は案内人だからね、指標が無いと話にならないよ。出どころは…まぁイルクィンジェから、としか…」


「ああ、イルクィンジェですか…成る程それなら納得です」


「勝手に話が進んでるところ申し訳ないんだけど、イルクィンジェって何だよ」


「こればかりは機密ですから話せませんね」


さて、これ以上探られるのはヘカテにもイルクィンジェにも悪いしさっさと転移を提案しよっか。


「そろそろ転移した方が良いんじゃないかなぁ?」


「そうですね。では、ジャック。案内人を頼みます」


「承知したよ」


「待てよ!生き残る術とかは…?」


「異世界に着いたら確認して下さい」


「何てこった…」


「シーカーよ、貴方の旅路が私達を救う事に期待しています」


探索者シーカー、か。

存外に悪くはない響きだねぇ。

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