女郎蜘蛛2
《女郎蜘蛛》
女郎蜘蛛はアラクニドを拾ってからと言うもの…更に男漁りに邁進し連敗記録を更新し続けていた。
「…ししょー」
そんな有様の女郎蜘蛛をアラクニドはジト目で見ていたが女郎蜘蛛は。
「特別なものは簡単に手に入るもんじゃないからな。なに、アタシは負けたんじゃないこれも人生経験になるってもんだ。にしても腹が減ったな…取り敢えず飯が優先か」
と…負け惜しみにもならないような事を言うのだった。
事実、女郎蜘蛛の見た目は整っている。
短めに揃えた金髪は風にサラサラと靡くし男勝りな態度も快活な表情と相まって裏表のない彼女の性格をよく表している。一目見て好感が持てない、なんて事は無いレベルの美人だ。
だが、いかんせん超が付く程の肉食系でありがっつき過ぎる為に街から疎まれてしまうのだがーー当人にその自覚はまるで無い。
それを直せれば男は大挙してやって来るだろうにとアラクニドは頭を抱えた。
「…けいけんから学ばないとしんぽしない。ししょーはその点はいぼくしゃ?」
アラクニドはその事をよく承知していたからそれを指摘すると、彼女は決まって「うっさい!」と臍をそっぽに向けるのだ。
「いつかアラクニドにも男に逃げられてやさぐれる時が絶ッ体来るからな?覚えてろよ?」
「…私いんてり系。学習するからたぶん来ないと思う。…めいびー」
と、そんな調子で『アスター』を経由して『コロウス』を追い出された二人が転がり込んだ土地がーー『ハザミ』だった。
そしてこの地で二人はーー渦中のウタ婆こと聖哥燈に出会う事になる。
その日も女郎蜘蛛は連敗記録を塗り替え三桁の大台にリーチを掛けていたのだがーー。
「いつも通り叩き出されると思いきや、今回はちょっと毛色が違うみたいだな」
酒屋から出た女郎蜘蛛とアラクニドを待ち受けていたのは刀を帯びた一人の六十代程に見える女だった。
「私は聖哥燈、手の離せない『鉄打ち』に代わって町の喧嘩を仲裁する老害だよ。さぁ武器を構えな。情けない男供の苦情がいくつも来て夜しか眠れないってもんだ」
はて、ハザミで果たしてどれだけの男に言い寄っただろうかと思って女郎蜘蛛は首を傾げた。だが結局振られているのだし自分から傷を抉るのは止そうと思考を停止する。
女郎蜘蛛は案外ーーと言うか筋金入りのガサツ者なのである。
「勝てば官軍、負ければ俗軍ってか?良いなソレ。シンプルでアタシ好みだ」
「いざ尋常にーー」
「ホイ、私の勝ち」
哥燈が言い終える前に爪から放出した糸が哥燈の体を拘束する。
本当に勝ち方までが雑なのが女郎蜘蛛だった。
「礼儀作法を知らないでよくもまぁそんな事を勝ちと呼べるね!恥を知りな!」
「恥も何も勝てば官軍負ければ俗軍だろ?筋は通して貰うからな」
そう言うだけ言うと女郎蜘蛛は何事も無いみたいに去って行く。それに追随するようにアラクニドも足を早めーー。
「…うちのししょーがめいわくかけた。ごめんなさい」
去り際にそう言い残した。
そしてこんな一幕が数回、数十回と続いていくーー。
そしてその日も女郎蜘蛛の前に聖哥燈は現れ糸に絡め取られていた。
「ばーさんも懲りないな。そりゃあ偶に酒奢ってくれるのは良いんだけどアタシは百合はお断りなタチだぞ。若くないんだし少しは体をいたわるって事をだな…」
不意にバサリと、糸が切れる音がした。
女郎蜘蛛は驚きに目を細める。
蜘蛛糸は刀であっても容易く切れるものではない。だからこその驚愕。
聖哥燈はゆっくりと立ち上がるとゴキゴキと肩を鳴らした。
「ようやっと斬り方を覚えた。これでもうちょいは楽しめるかね。なに、折角の強敵なんだ。酒なら幾らでも奢ってやるさ…毎日私が飽きるまで戦って貰うけどね」
「互いに認め合う好敵手って奴か?面白い!幾らでもガチンコに付き合ってやるよ」
…この後めちゃくちゃ戦った。
結果ーー女郎蜘蛛は初めて敗北を喫した。
女郎蜘蛛が雑に強かったのは今まで糸を攻略した敵がいなかった事に起因する。
だから一度攻略されてしまえば比較的あっさりと劣勢に立たされる訳だ。
とは言え一度糸を断つのも哥燈にとっては一苦労で終始圧倒ではなく辛勝、と言った風だった。
何にせよ女郎蜘蛛は負けたのだ。
「仕方ないか、強さに胡座をかいてたら負けるのは当然だったな。おいアラクニド、荷物を纏めろ町を出るぞ」
「その必要は無いよ」
女郎蜘蛛がアラクニドに荷物を纏めるように言ったのを遮ったのは聖哥燈その人だった。
「あんたは男癖は悪いが悪人でも無い。それに腕も立つ。この脳筋だらけの町『ハザミ』はあんたらを歓迎するよ」
女郎蜘蛛は一瞬だけポカンとした顔をしてーーその後良い顔で笑った。




