比翼連理の鳥1
《杉原清人》
俺たちはハザミ方面へ進みーー『フウカの森』へと到着した。
にも関わらず俺は未だにアニに謝れていないでいた。
謝る気が無いとかでは勿論無い。彼女に徹底的に避けられているのだ。おかげで話す糸口すら掴めず先延ばし先延ばしが続き目的地の森まで着いてしまった。
「にしてもよりによってウタ婆かぁ…」
「ん?ウタ婆がどうしたって?」
一はいやな…と言いながら頭を掻いた。何か苦い思い出でもあるのだろうか。
「実はな、ワリャと篝と梶の三人でよくこの森に来てての。ほいで勝手に果物とか取って食っとったからウタ婆に大目玉食らってな…三人で尻が赤くなるまで叩かれたんや。あの婆さんまるで容赦無いから本当に痛かったわ…」
「あぁ、俺も覚えがあるな。小さい頃って悪い事したら尻を叩かれがちってかさ。……ん?そう言えば篝も尻を叩かれたのか。意外だな」
チラリと篝の方を見る。
今では一を支える良妻のイメージが強いが昔はやんちゃをしていたのだろうか。
「実際その時から篝は梶に首ったけやさかい、梶と似たような事仕出かしては一緒に怒られたもんや」
「昔の話だ。あまり口外するな恥ずかしい。……ウタ婆に会うのはかれこれ十年ぶりか。元気でやっているだろうか…」
「まぁ記憶が正しければもう直ぐ到着やさかい。答えあわせはその時で良かろ?」
篝は頷くと少し遠い目をした。
幼少期を過ごした場所なのだ一も篝もどこかに感慨深いものがあるのだろう。
ただーー。
「……」
話をしていてもふとした折にもアニの事が気になってどこか居心地悪い感じがする。先日からの罪悪感もあるが、何だか頬が赤らむような奇妙な感じもする。
気もそぞろな自分を叱咤しながらも森をズンズンと進むと開けた場所に出た。
その場所には茅葺き屋根で合っているだろうか。古風な造りの一軒家が佇んでいる。
一と篝が戸を叩くと中から八十歳位の輪郭がややふっくらとした老婆が出てきた。目は吊り目気味で少し近寄り難い雰囲気がある。成る程、尻を叩かれると言うのも頷けるような見た目をしている。
「誰だいこんな辺鄙な場所に来るモノ好きはーーおや?お前さんまさか凩の坊主かい?」
「覚えとったんかウタ婆!久しぶりやの!」
ウタ婆はエッエッエと、独特な笑い方を披露しながら一をじろじろと眺め、ひとしきり眺め終わると隣の篝に目を向けた。
「と、なるとお前さんは…篝かい?」
「はい。お久しぶりですウタ婆」
篝が折り目正しく頭を下げるとまたもや癖の強い笑い方で笑いながら篝をじろじろと眺めた。
「ここにまた来たのも何か訳ありなんだろう?早く上がりな」
そう言うとウタ婆は家の中へと入っていこうとするのを一が制した。
「いや、来たのはワリャ達だけじゃないんやけど…」
何だって?と疑わしげな表情でウタ婆は振り返りーー次いで露骨に嫌そうな顔をした。
「女郎蜘蛛の一人娘か。それとモヤシみたいな軟弱そうな奴に、…敵を前に尻尾巻いて逃げた王国騎士団の特務曹長様じゃないか。それと化け南瓜。随分とおかしな面子が訪ねて来たもんだ。…まぁ、取り敢えず上がりな。話はそれからだよ」
俺はいつのまにかウタ婆にモヤシ認定されていた。
化け南瓜ことジャックにクスクスと笑われながらウタ婆の家に上がり込んだ。
囲炉裏のある部屋に通されるとそのままどっかりと座る一に倣い同じようにどっかりと座り込んだ。
イガラオに関してはあ゛ぁ、と言いながら腰をさすっており非常にジジくさい。
ウタ婆はお茶注ぐから待ってなと、一人台所に向かい今はいない。
俺自身流石にどっかり座り込んでから言うのも何だが他人の家で一や篝はのように寛げと言うのはどだい無理な話で取り敢えずは話でもするかと辺りを見回した。
アニーーにそっぽを向かれその隣のジャックーーに鼻で笑われ。
話し相手は消去法で決まった。
「そう言えばイガラオか?王国騎士団の特務曹長様って言われてたのは」
「あぁ、おっちゃん元は栄えある王国騎士団の特務曹長をやってたんさ。カミさんと出会う機会に恵まれた意外にゃロクな思い出がねぇよ…。あれ、似たような話したっけな。おっちゃん基本酔ってるみたいなもんだし記憶力無いんだよなぁ」
あれは確か俺が神様と戦う事を決めた日だったか。イガラオは後悔を滲ませながら語っていた。当人が覚えていなくても俺は忘れない。忘れられない。
「敵前逃亡かぁ、おっちゃんはとんでもない失敗を仕出かしたんだな…」
「それってーー」
敵前逃亡について尋ねようとした時だった。間が悪い事にウタ婆が盆の上に湯呑みを乗せながら部屋に戻って来たのだ。
「さて、私が少し抜けた間によくも部屋を糸だらけにしたね?女郎蜘蛛の一人娘」




