薄氷の花嫁1★
夜、唯に話をしないかと持ちかけた。
勿論やる事をやると言う訳では無い。
文字通りの話し合いだ。
唯は快諾すると外へ出た。「星が綺麗だし、折角だから外で話しましょう」との事。
星が綺麗、か。何だか試練の洞窟の時みたいだ。
思えばこの世界で初めて会った時にもそう言われたのだったか。まぁ、あの時は月が綺麗だったが。
そうそう前の話でも無いのだが大分前の事のように感じる。
と、外へ出たは良いものの結局行く場所なんて『ヤッシ湖』くらいしか無い。
あそこなら切り株があったりして腰を据えて話が出来るだろうし、何よりも空が綺麗に見渡せる。
夜空を彩る満天の星空を臨めるのはそれは良いものだろう。
…今夜は別段重い話をする気は無い。
唯の余命が少なかろうが、俺達が勝手に救おうと行動する。
だから唯はまだ死なない、死なせない。
死なないから態々暗い話をする必要も無い、と言うものだ。メチャクチャなのは分かっているかが。
何にしろ久々に二人だけなのだ、思い出話をして過ごすのも良い。
ーー俺達は明日を笑って生きれるのだ。
『ヤッシ湖』に到着すると早速朝方世話になった切り株に腰掛けた。
「やっぱり良い眺めだな」
「ええ、そうね」
異世界の星座の名前は知らない。
けれど美しいものは美しい。暗澹たる夜空に輝く星々と言うのもベタだが悪くはない。と言うかメチャクチャ好みだ。
だがーーそう。
夜空を見上げると空に吸い込まれそうな感じがする。そんな事は無いのだが何故か一抹の不安が顔を覗かせるのだ。
「美しいものは生よりも死を連想してしまう。違うかしら?」
「…唯もアニみたいになったな。何で考えてる事が分かった?」
「別に、清人が分かりやすいだけよ」
生よりも死、その言葉が静かに胸に突き刺さる。
星々に照らされた彼女は神聖さがあって彫刻みたいな美しさがあったからか。
非生物的で、無機質で洗練された美。
美が死に近いなら、彼女は…。いや、近かろうが救いたいのだ。そう、決めたのだ。
「そう、なのか?」
「ええ」
柔らかく微笑む顔には曇りが一点も無い。今の星空のように。
だからだろうか。
首筋に噛み付かれたと気付くのが少し遅れた。
「なっ!?にゃにおぅ!?」
驚いて素っ頓狂な声を上げるが依然として唯は吸血を止めない。
漸く口を離すと。
「アニがいつも飲んでたからどんな味なのかと思って。ま、そこまで悪くないんじゃない?」
平然とそんな事を宣った。
俺の血をジュース代わりにするのは体質上アニだけにして欲しいところだ。
「……。ねぇ清人」
「何だよ…」
噛み跡をさすりながら拗ねたみたいに言うとーー。
「私とシない?」
「え?」
私とシない?
どう言う意味だろうか。市内か?竹刀か?…それともそう言う意味なのか意味を測りかねて顔色を伺うが、唯自身素っ気ない態度を崩さない。
だからと言って、聞き間違いでもなさそうだしかなり困ってしまう。
今の俺は悲しくなるくらいに頬が赤くなっている事だろう。
唯は呆れたようにため息を吐くと右手の人差し指と親指で輪っかを作りーー左手の人差し指を輪っかの中に突っ込んだ。
瞬間、脳が沸騰する。
「え、えっと。俺は唯とアニが好きだ。人並みに性欲はあるし、そう言うのはメチャクチャ気にはなる。けどまだ世界を救う旅は終着点に着いてない。安定収入も無ければ家も無い。…でもいつかは絶対に全部カタ付ける。んで…そう言うのが終わったらその…あぁっ!!」
脳内がオーバーヒートしている。
童貞の悲しい性が妙な方向に思考を吹き飛ばしているのに気付いているのに口が止まらない。
「全部終わったら結婚しよう!!そんでもって、家族になって子供を作ろう!!」
カァッと顔が熱くなる。今にも鼻血が出そうだ。
鼓動はドクドクを超えてドドドドと脈打っている。
やってしまった…。アニにはダダ漏れな訳だし半ば公開告白だ。改めて意識すると恥ずかしいやら恥ずかしいやら。
しかもアニには面と向かってこういう事を言ってない分だけ罪悪感が募る。
唯はーー。
「ぷっ…あはははっ!馬鹿だ馬鹿がいる!…そう言うの私、嫌いじゃないわ、ふふっ」
盛大に笑っていらっしゃった。
「本心だから仕方ないだろ!?」
「ーーでも残念。それは無理よ」
笑っていたはずなのに。
唯は沈んだ声色でそう言った。
「死亡フラグみたいってか?そんなもん、俺がどうにかーー」
どうにかしてやんよ、と。
そう言う前に唯は空を見上げて。
「『クイック・コール』トリガー、オン」
スキルの使用を宣言した。
それはジャックが昼間会得したスキルだ。
何故今、と思えなくも無い。
ジャック、一、篝、アニが出現しーー。
「ありがとう清人。死ぬ前に最高な言葉聞けて良かった」
そんな風に、悲しげに微笑を浮かべるといきなり唯の足元から汚泥が次々と湧き出した。
「だから……これは私の最期のワガママ」
「唯ッ!!」
泥に唯の体が埋もれていく。
引き摺り出そうと手を伸ばすがーー見慣れた蔓が俺を後ろへと引き戻した。
「ーーどうか、死なないで」
汚泥は唯を呑み込み天へと立ち昇っていく。
そしていつしかそれは球状に積み重なりーー弾けた。
旅団メンバーが全員揃う中、その魔獣は雄叫びを上げる。
そして周囲の風景が一変し、魔獣の固有名が視界に表示される。
『Apocrypha』。
「隠された厄災アポクリファ。…唯ちゃんのクリフォの最終形態、邪悪なる樹の根…か」
ジャックはそう言うと俺の前に立ちはだかった。
「こうなる事を知ってたのかよ…ジャックッ!!」
「これを知ってて何故それを止めなかった!!」
ジャックは一変した空間の中で蔦で出来た壁を創り出していた。それは文字通り狭き門。
人一人しか通る余裕が無い。
そしてその先にはーー件の魔獣『Apocrypha』。
「……清人。君だけでこの魔獣に挑戦してくれないかな。それが唯ちゃんの…最後の望みだよ」
「待てよ、親友だけ行かせる訳が無いやろ。ジャック」
一が俺の隣に進み出た。
しかし、同時にジャックの側に向かう人影もまたあったのだ。
「…凩。すまないが、ここは引いてくれ」
一に長巻を突きつけた人影は篝だった。
「私とてこの結末は不本意なものだが…だが、私もやらねばならない事がある。旦那よ、引かないのなら私も容赦はしない」
ジャックと篝が敵に回ると言う混迷の中、高嶋唯最期のの復讐は始まった。




