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Active time eventアラクニド

割り込みバジリスクタイム

ザオ平原という場所がある。

『機工都市』テオ=テルミドーランと『魁星都市』ヒュエルツを繋ぐ交通の要所だ。平日休日問わず行商人や新型の蒸気機関が慌ただしく行き交っているのだがーー当然のように行商人の積み荷を狙う野盗が出る。


「あの蒸気機関、矢鱈キレーだよなぁ」


髪を逆立てた男は双眼鏡を覗きながら呟いた。


「お頭、ありゃあダメっすよ。最新式の蒸気機関っす。中は覗けないけどきっと何かロクでもない兵装積んでますって」


諌めるように痩せ型の男が保存食をモソモソと咀嚼しながらぞんざいに返答するのを聞いて、お頭と呼ばれた男はため息を吐いた。


テオ=テルミドーランの技術の発展は凄まじく、瞬く間に馬車が廃れ蒸気機関という煙を吐き出しながら動く鉄塊が台頭した。

この鉄塊を襲撃しようとすると沢山の不都合を抱えることになる。

一つは外装の硬さ故に下手な武器で攻撃しようとすると逆に自分の武器が壊れてしまう点。

もう一つは外装が綺麗な物を狙うと偶に『銃』という鉛の弾を放つ奇っ怪な武器と遭遇してしまう点。


前者は金を著しく減少させるだけだが、後者は野盗にとって最悪だ。


軽装を好む野盗にとって『銃』による攻撃は一撃必殺。当たれば則ち死だ。


だが、それを一式全部奪えたなら一気に莫大なリターンが手に入る。

野盗にも野盗ドリームというものがあるのだ。

だが、美味しい獲物は中々やって来ないのが大抵でーー。


「…ん?」


双眼鏡を覗いていたお頭と呼ばれた野盗はこの場に似つかわしくない可憐な少女を眼下に捉えた。

豊かな薄桃の髪にどことなくエキゾチックな雰囲気の黒を基調とした服。肌は白く夕日に良く映えている。


「おいおい…マジかよ」


思わずお頭と呼ばれた男は呟いていた。

ザオ平原は野盗が本当に多い。一昔前までは大規模な盗賊団が根城にしていた事だってある。女子供が一人で歩くには危ない場所なのだ。そこにーー若い女。


「アレなら娼館に売っぱらえば相当な金になる…いや、お楽しみだって我慢すればもしかしたら当分野盗の仕事だってしなくて済むかもしれない…」


「同意っすかね。傷付けないのは難しいっすけど男がいる様子もないし…案外脅せば簡単に言う事を聞いてくれるかもしれないっす」


ただーーと痩せ型の男は続けた。


「腰に二本…いや、三本か?短剣か何かを装備してるから案外名のある冒険者って線もあり得るっすねぇ。どうするっすか?」


金か堅実か。

ーー考えるまでもない。


「脅しに屈しなかった場合逃げれるように退路は確保しておこう。…それじゃあ一稼ぎさせて貰うぞ」


略奪こそが野盗の本懐なのだから。


薄桃の少女に向かって崖を飛び降りると流れるような動作でそのままナイフを突きつけた。


「動くなよ嬢ちゃん。動いたら頭と身体がオサラバするぞ?」


ナイフが落陽で紅く輝く。

野盗だからこそ武器の手入れを怠った事は一度もない。それは正しくーー命を刈り取る輝き。


だが、少女は表情一つ変えない。

まるでそこにいるのが人間ではなく精巧な作りのビスクドールのようで嫌な緊張感が漂う。


「…おさらば?」


「お、おう。だから俺たちにご同行願おうか。金が要るんだよ俺たちには」


少女はふーんと興味無さげに頷いた。


野盗達は気付かない。

ずんずんと日が傾いている事に。

ナイフの輝きが少しずつか細くなっている事に。


「それは…ふつーに困る。自由意志尊重すべき」


それは『通り雨に遭遇したら少し困るな』位の、本当に軽いーー軽過ぎる反応だった。

野盗の存在を意に介した様子も無い。


「…俺達はちょっとは名の知れたお尋ね者だ。なぁ、この意味分かるだろ?大人しく俺たちに従えよ」


『お尋ね者』と聞くと少女は漸く人間らしい表情を浮かべた。それはーー笑い。


「な、何がおかしいんだ?」


「お尋ね者」


そう、白魚のような指を自分に向けながら少女は言い放つ。


「…正確には冒険者の指定危険人物。名前はーー」



「アラクニド」


日が沈み、辺りが藍色に染まる中、少女の瞳は焔のように異様な熱が宿っていた。


「アラク、ニド?」


野盗に学など無かった。

だが、目の前の少女が危険なものである事はここに来て漸く理解出来た。


だが、もう遅い。


「二人は…きっと私にとって『とくべつ』なモノじゃない。それにちょっとだけ」



「邪魔ーーかも?」


言い切る前に背を向けて走り出していた二人だったが全く同じタイミングで転倒した。


「な、何だって何も無いところで転ぶんだ!?」


「それよりも…動けないっす!」


転倒したまま動けないでいる二人にゆらゆらとアラクニドはにじり寄る。

その手には琥珀色の短剣が二本。


刺し殺すつもりかと、二人が硬く目を閉じると…言い様のない苦しさに襲われた。


目を開けると視界がボヤけている。

そして野盗二人は自分の死を悟った。これは第二魔素セカンド・カルマを利用した魔法『水球』。

水の塊を指定した座標に置く魔法である。


ただ冒険者の使う水球は燃え盛る火炎や吹き荒ぶ一陣の風よりも余程恐ろしい。


『水球』で作られた水の塊は魔法を解くまで座標を指定し続ける事が出来るのだ。それこそ…窒息死するのを見届けるまでずっと、動こうがもがこうが水の塊は指定された場所にあり続けるのだ。


「…敵意を見せる人はきっと『とくべつ』じゃない」


アラクニドは野盗二人が動かなくなるのを認めると『水球』を解除して気ままに歩みを再開した。


その先に、『とくべつ』なモノがあると信じて彼女は歩き続ける。


例え、彼女の背後にどれだけの死体を積み上げる事になっても彼女はもう止まらない、止められない。

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