最期を愛しい貴方へ3
アニは湖のほとりに佇んでいた。
「待たせたな」
「全然待ってない」
「嘘付け、『待ってる』ってモロ言ってたからな?誤魔化せないっての」
「むぅ…」
そう言って態とらしくむくれるアニだったが今は悲痛な面持ちを隠しきれてはいない。刻印がある都合上言葉が要らないからか誤魔化すのが下手だ。
「…こっからは誤魔化しとか茶化しとかはナシだ。腹割って忌憚ない話し合いをしよう」
俺はアニがどこまでの情報を持っているのかを全く知らない。
…アニが何を警戒していたのかも。唯の代償が何なのかも。
「……唯、ズルいと思う。こんな辛い立ち回りを私に頼むなんて」
そう言うと背を向ける。
アニにも俺には推量れぬ葛藤があるのだろう。けれど、言わないと。言ってくれないと俺には分からないし伝わらないのだ。
「話してくれ、知ってる限り全てを」
ーーそれが、どれだけ非情な現実であっても。
アニは湖面を覗き込むと意を決したように息を吸い込んだ。
「唯は…もうすぐ死ぬ」
「っ!!」
分かっていた。何となくそうじゃないかと思ってはいた。薄々気づいていたんだ。だけどそれを一度口にしたら唯が本当にいなくなってしまうんじゃないかと不安だった。
けどーー。
「……」
彼女が、アニがこの事を俺に言うのは聞いているだけの俺より何万倍も辛いと思う。だから、辛い顔は向けられない。
それこそズルいのだと俺は思ったから。
「やっぱり…なのか」
絞り出した声は思いの外掠れていた。
けれど、納得は出来たし理解も出来た。
例え心が拒んでも、頭には無理やり叩き込んでやった。目は逸らさない。
俺が逃げに走るのは他ならぬ俺が許さない。
「やっぱり唯は…ズルい。私だってこんな事言いたくは…でも、まだ言わないといけない事がある。清人にとってはかなり辛くなると思うけど。それでも…聞くの?」
「あぁ、それでも俺は全部知りたいって言った。辛いのは当然。でも受け止める覚悟はあるつもりだ」
「ーー清人の『アスター』での記憶は偽物。『ヌン』は自爆なんてしてない」
おかしいと思ってはいた。
敵と出会ってすぐさま自爆した、と俺は記憶しているがーー果たして全員が一度に気絶する、なんてケースがあり得るのだろうか。前に居た一、篝、俺。真ん中に居たアニ、オルクィンジェ・レプリカ。最後尾に居たジャック、唯も例外なく気絶するのはまずもって有り得ない。
「清人の記憶は唯が改変してある。実際は…過去の『アスター』の追憶をさせられて、そこから脱出する過程で……清人は『ユリイカ』って女の子を自分から殺した」
「……」
「その過程も問題。清人は幻覚を唯に見せられてて…脱出の為とは言え唯は『ユリイカ』を清人に殺すように仕向けた」
胸の中に渦巻くのはーー静かな悲しみ。
それと…少しの憧憬と共感。
俺が共感したのが解せないのかアニは微かに首を傾げて、次いで驚愕した。
つまり、全て唯のシナリオだった訳だ。
「やっぱ唯って凄いよな…俺の事を理解してる。俺の悪癖を消そうとした訳だしな」
何故唯が俺に『ユリイカ』殺害を仕向けたのか。その理由は俺の悪癖にある。
即ちフェミニズム、と言うか女好き。
『杉原清人』に残る理想であった俺だが、その行動理念には『唯の側に感じていたい』や『唯のような悲劇を起こしてはならない』と言った事が根底にある。
そこから端を発して現在の女好きが始まった。
つまりーー唯は自分が消えた際に俺がアニに唯の面影を見ないように、或いは他の女の子に唯の面影を求めないように。
俺に女の子を殺すトラウマを植え付ける事で靡かないように布石を打った訳だ。
「唯は…私に清人を頼むって言った。その時は分からなかったけど。そう、言ってくれた」
「…唯らしい」
唯は自分が死んだら後は全部アニに譲るつもりだった。
自分の恋愛感情を押し殺してアニの幸せを優先したのだ。
その上で俺がアニ以外に女の子を作らないようにご丁寧にトラウマと言う首輪まで付ける周到さは唯らしく、いっそ愛おしいと思った。
ーーならば、腹はもう決まった。
「アニ。こっからの話をしっかり聞いてくれ」
「…うん」
ここからは一世一代の大告白。
最低な本音をご覧あれ、だ。
「俺は唯が好きだ。俺はアニが好きだ。俺は二股野郎でどうしようもないクズだ。けど、クズでも『カッコ悪いクズ』に落ちるつもりも無い。俺は『カッコいいクズ』でありたい」
「ーー俺はクズだからさ。唯にはあと六十年位生きてから死んで欲しい。三人で楽しい事したいし、三人で家族になれたら最高だと思ってる」
全部、頭から尻尾まで偽らざる本音だ。
俺の全部を言葉にして叩き込む。
ーー今はこの思いを聞き届けて欲しいから。
「俺一人だと代償とか全くどうして良いか分からない。延命出来るかも分からない。分からない事だらけだ」
思考を言葉が追い越して行って自分でも何を口走っているのか不明瞭になる。
「だから…アニの力を貸してくれ。俺一人じゃ、どうにもカッコ悪いままだ。だから…アニが俺をカッコ良いクズにしてくれ。それで…一緒に唯を助けよう」
熱湯が冷めたみたいにスゥと体を突き動かしてきた熱が消えていき最後には尻すぼみになってしまった。
粋がってもいまいちカッコつかない俺のスタンダード。
「五十点」
「ぇ?」
だからーー静かな目で五十点と告げられると、それはさながら死刑宣告のように思えた。
「五十点」
「…アニ?二度言わなくていいんだぞ?…俺のライフはもうゼロだから」
万事休すと言うか、踏んだり蹴ったりと言うか。
「クズなんかじゃない」
「私の知ってる杉原清人はクズなんかじゃ、ない」
一瞬、何を言ってるのか分からなかった。
「英雄がダメなら正義の味方。クズなんて卑下しないで。『カッコいい正義の味方』だったら満点。違う?」
「…で、良いのか」
「俺が…正義の味方で良いのか」
「上等。それでこそ任せがいがある」
視線が交錯し、距離が近付く。
もしかしなくてもキスしそうな距離ーーを超えて首筋?
「ん?何かおかしくーー」
疑問を口にしたがもう遅かった。
「人間卒業おめでとう。清人」
アニは容赦なく俺の首筋へと喰らい付いた。




