最期を愛しい貴方へ1
はい、唯にヘイトめちゃくちゃ溜まってると思いますが…この話で大体の理由は出てきます。唯の目論見ですが。
1アニの為、はこの話で全て出ます。
2清人の為、はまだ出ません。
『テルン』へと帰還した俺と『曲芸』のおっさんは真っ先に飯屋へと向かった。
温かみ溢れる木のドアを開けると仄かに磯の香りが漂って来た。
「やっぱ魚介系みたいだな」
「スズキ、キス、カレイ。あとはアサリとかか?何にしろ酒に合いそうだ。塩焼き、煮付け…酒っ!酒の肴になりそうな魚!」
ジト目でおっさんを見るとおっさんはハッとしたように縮こまった。
胃が荒れてる所に酒入れて動けなくなった癖に見上げた酒根性である。
カウンター席に座り無難に定食を注文する。昼飯の流儀とか拘りがないから非常に雑なチョイスだ。無難なチョイスだと思うのだがおっさんは不満そうだった。どこまでも厚かましいおっさんだ。
出てきた魚の塩焼きを三本程食べていた時だった。
「おっ、やっぱり清人も来とったか」
「一とジャックか、夜以外で男性陣が集まるとは珍しいな」
店内に入って来たのは一とジャックだった。二人は原っぱで虫取りでもしたみたいに作務衣やマントに引っ付き虫をくっつけている。
顔つきも何だか少年に戻ったみたいにキラキラしている。
「何やって来たんだよ一体」
「何って…原っぱに突っ込んで走り回りながらゲラゲラ笑っとっただけや」
何だそれ、楽しそうじゃないか後で是非混ぜて欲しい。
「右に同じだねぇ…。で、清人。その人誰?」
「『デイブレイク』の『六陽』だったかの一人、『へべれけ浮浪者』のイガラオだ。拾ってきた」
「敵の幹部拾ってきちゃった!?」
大袈裟に反応するジャックだったが仲間が知らぬ間に敵の幹部な浮浪者を拾ってた訳で。そりゃあ驚くのは当然と言えば当然な話だった。
「ま、成り行きでな。取り敢えず意図せず集まった訳だし隣空いてるし来いよ」
隣の席を勧めるとまた魚をがっつく。
「あれぇ、何だかいきなりおっちゃんの扱いがぞんざいになったぞぅ!?」
「だから気を抜くと直ぐに酒を飲もうとするな!」
敵を交えた良く分からない昼食の時間は意外にもーー楽しかった。
胸のつかえとか、変に気を回したり回されたりしないこんな空気は少しだけ優しくーー。
あの日、唯に着いていた黒いモノが俺の脳裏にもベッタリと染み付いてるみたいで胸が苦しくなった。
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《アニ》
「…唯」
「どうしたのかしら。私のこと、目の敵にしてると思ってたから意外だったわ」
『テルン』の外れにある小高い丘に唯とアニは居た。
「…にしても、あの時マジギレして飛び掛かって来た癖に妙にしおらしいわね。悪いものを食べたなら胃薬でも飲んだらすこしはマシにーー」
「唯、死ぬつもりなの?」
アニは唯が煙にまくのをぶった切って尋ねていた。
唯は微かに目を逸らすと俯き、口を噤んだ。否定は無かった。
つまり、そう言う事に他ならない。
ーー高嶋唯は死ぬ予定がある。
「…後から考えれば変なところが沢山あった。唯が清人に『ユリイカ』を殺させた理由。ジャックが唯と清人の二人に対して異様に気を使う訳。そして清人が見た…魔獣化の前兆」
そこから導き出される答え。
それはーー。
「清人と死別するから、いっそ憎まれたかった?」
「えぇ、そうーー」
「違う」
「唯は清人を私に譲ろうとしてる。それが正解」
アニがそう断じると唯はまたもや沈黙した。
アニは『アスター』の地下迷宮で聞いた言葉に引っかかりを覚えていた。
『貴方、このままだと確実に幸せになれないわよ』。
『精々甲斐甲斐しく清人を世話する事ね。清人は脆いから壊れるかもしれないし』。
唯が死ぬと言う前提を加味すると刺々しい語調で語られたこれらの言葉が全く別の意味合いを帯びてくる。
「……腐っても幼馴染、か。本当に見られたく無い部分だけ妙に見てるのが腹立たしいわね」
「否定しない?」
「馬鹿ね、私が言っても貴女は信じない。違う?」
「…そう、だね。…でも否定はして欲しかった」
アニにとって唯は同じ杉原清人を取り合う恋敵であり、同じ旅団の仲間であり、…それ以上に親友だった。
アニが魔獣化した時に清人と一緒に戦ってくれたのは他ならぬ唯だ。言葉は辛辣だし、真意は読みにくい。けれど諦めを知らず、自分にとっての最善を尽くすその姿には少なからず憧れていた。
だからアニは唯を助けたいと思った。
唯が魔獣化するならば、今度はアニと清人で救えば良いと、そう考えていた。
「無理よ…」
そう言うと唯は自分の服のリボンを外し胸元をはだけさせる。
「…偽装解除」
すると、塗装が剥がれるように懐中時計のようなデザインの刻印が現れた。
その時針はーー既にⅪを回っておりⅪ以前は全て黒く塗りつぶされている。
「これが私の命の刻限ってね。これが出たのは闘技祭の後半以降だったかしら。…もう覚えてないわ。ご親切最初からⅨまで進んだ状態で見えるようになったって訳。今の今までは能力でずっと隠してたけど。…ここまで来れば否定する気も起きないものよ?」
「…何で言わなかったの?」
「欲しいものがあったから」
そこだけは、いやにハッキリと言った。
「欲しい、もの?」
「そ、貴女にとっての『とくべつ』みたいなものよ。私にとっての『とくべつ』があっても構いやしないでしょ」
『私の気に入ったものは一つだけ…いや』。
『……あり得ない可能性ではあったけど。もしかしたら二つあったかも、しれないわね』。
しばらく前に唯がオルクィンジェ・レプリカに放った台詞。
『あり得ない可能性』。それを唯は欲していた。
「それは……」
「子供」
「…思えば、私が本格的に復讐を決意したのは子供を勝手に降ろされてからだった。望んでない妊娠で、親は屑な私の実の父親だったけど…子供はどうにも嫌えなかった」
「だから、二度目の命なんだし。好きな人の子を宿したいと願うのは当然よね」
アニは目を逸らす。
それは恋敵が清人と不貞をしたと思ったーーからではない。
そう言った事を清人がすれば間違いなく刻印で分かる。
だから、逆なのだ。
「……何で、しなかったの?命に刻限があるのに。私に気を使った?」
命が残り僅かで唯がその望みを果たさないのはアニ自身が障害となっていると考えたからだ。
それを聞いて「まさか」と唯はいとも容易く一蹴する。
そしてゆっくりとアニに近付くとーー軽くデコピンした。
「私は…そうね。気になってしまったのよ。貴女の恋の行方が。愛憎ではなくて、純粋な恋って素敵じゃない。私には出来ないもの。…好きになるほど憎くてたまらなくなって胸が張り裂けそうになるから。だから恋敵だけどずっと見ていたくなってしまった。それが理由」
そう言うと唯はアニを抱きしめた。
慈しむように、愛しむように。
「私は手加減をしない。今回は最初で最後の私の乙女チックな願望」
「魔獣化して、化け物になったら…私は清人に壊されたい。この私の初めてはあげられないけど最期はくれてやる所存よ」




