イベントスキット14交錯
目を覚ます。
土の壁で作った簡易の寝床から這い出し伸びをする。
まだ誰も起きていないようだ。皆んな何やかんや疲労が蓄積していたのだろう。
仄暗い地下迷宮はどこか生温かった。
「……はぁ」
早起きしたが気分はあまり良くはない。原因は分かっている。昨日の事だ。
一の冷ややかな視線が、唯のいつになく挑発的な態度が、頭にこびりついて離れなくて眠ろうとしてもその光景がフラッシュバックして目が冴えてしまったのだ。
「……」
俯きかげんにに思案する。唯の事とかジャックの事とか。
でも結局は堂々巡り、先に進む事は無い。それを知っていながら考える事をやめられそうになかった。
「あんさん眠れんのか?」
ゴソゴソと一も釣られて寝床から出てきた。「そう言う一もじゃないのか?」と尋ねると「小便や」と一言。
物陰に隠れて用をたすと一は無言で隣にドッカリと座り込み煙管を片手に紫煙を燻らせた。
「…やっぱ、男と女は違うんやな」
「そりゃそうだろ。何を今更」
一は深刻そうに考え込む。
「唯を打った事、気にしてるのか?」
「そう…やな」
一は大きく息を吐くと上を仰ぎ見ながら滔々と語り出した。
「…男は仕出かしたら極論ぶん殴って性根を叩き直せば終わり。後腐れ無し、そんなもんだと思うとる」
「清人もワリャにそう言う風にしたやろ?」とも言った。
確かにそうだ。呪いが進行した時に俺は一をぶん殴って正気に戻した。
俺にも単純にぶん殴ればどうにかなるという安易な考えが色濃く残っている。
けれども他に有効なアイデアが浮かぶかと言ったらそれは否だ。そんなものが思い浮かぶくらい俺は賢くはない。
一の表情が次第に翳っていく。
「けんど…女は違う。ま、ワリャの嫁は男勝りな気風やし実力行使に理解もある。けど…何や、思えばアレが女の普通なんかな、って」
「そうだな、どちらかと言えば篝が特殊なんだろ」
「……」
「それにある意味それは幸せなんだと俺は思うぞ?」
似たような考え方をする二人が一緒ならそれだけ相互理解が出来る。
足並みは揃い易いし行動一つとっても意図が全く汲めないなんてケースも減るだろう。
それにそもそも俺たちには世界という壁がある。俺と唯は日本、一と篝はハザミ、アニは不明だしジャックに於いてはイデア界の出だ。今まで置かれてきた環境が違いすぎている。
比翼の鳥ってのも羨ましい話だ。
「そうかもしれんの」
「それに…唯もアニも幸せにするって、そう決めたんだ。今回の件も多分何か裏が…隠しておきたい事があるんだと思う。だから、その内容が何であれ打ち明けてくれるのを待つだけさ」
「にしては毒舌が過ぎるみたいやけどな」
俺を蔑んだのが余程頭に来たらしい。
そこまで思ってくれるなら有難いというものだ。
「そうか?慣れれば案外可愛いもんだぞ?」
だから、卑怯にもこんな事を口にする俺が嫌になった。
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《灯篝》
土の壁に仕切られた女性陣の寝床でそれは起きていた。
暗闇でムクリと体を起こしたのは高嶋唯は目蓋を閉じた篝に喋りかける。
「篝」
「……」
「起きてるんでしょ、返事ぐらいしなさい」
「明日は決戦だ。寝ておけ」
篝は鬱陶しそうに言うとそっぽを向く。
が、唯は御構い無しに口を開いた。
「もし、私が死ぬって言ったら。どうする?」
「縁起でもない事を言うな。団長はお前が居なくなれば間違いなく悲しむぞ。それを承知しての質問なんだろうな?」
「そうよ」
唯は間髪いれず答えていた。
そして少しの間を取って至極ゆっくりとした口調でこう言ったのだ。
「私はどの道あと少しで死ぬもの」
いつもの悪戯っ子のような表情は無く、真剣極まりない高嶋唯がそこにはいた。
「どう言う…事だ?」
「私の能力なんだけど、一度使えば何処かのタイミングで必ず肉体を絶望に呑まれるように設計されてるの。貴方は面倒な事を考えないで私のリミットが近いってだけ覚えておいて」
「冗談だろう…?」
篝は上体を起こして唯の顔色を伺うが、やはり嘘を吐いてる素振りは見受けられなかった。
高嶋唯という人は冗談は多々言うが嘘は言わない。取り分けこう言った場面では。
「で、こっからが本題」
「篝、私を手伝ってくれないかしら?」
「…そう言う手伝いなら適任が他にいるだろう。アニやジャックの方が向いてる筈だ」
「ジャックは話をつけてある。アニは…あの子には絶対に無理な相談ね。実際、今は能力で気絶させてるくらいだし」
アニを気絶させてまで篝を頼る事態。
嫌な予感しかしなかった。
「篝、私が絶望に飲まれたらーー」
「ジャックと協力してアニと一の足止めをしてくれないかしら」
「なっ!?」
篝は驚愕を隠せなかった。
それもそうだろう。
ジャックと篝でアニと一を足止めしたら、単純に考えて残るのは杉原清人と高嶋唯のみ。
そして、絶望から魔獣が生まれると言う状況を加味するとあまりにも酷い構図が浮かび上がる。
「まさか…」
「団長を殺す気なのか…ッ!?」
即ち杉原清人と魔獣となった高嶋唯の一騎打ちである。




