禁断の地の鍵2
まず、俺が知らなくてはならないのはどの程度の干渉が可能であるか、だ。
先程のように追想の案内人に邪魔される干渉と邪魔されない程度の干渉のボーダーラインを測る必要がある。
「んで、俺去って良いか?」
「かマわぬ」
ああ、そう。と塩対応でその場を離れた。と言っても勿論アテは無い。どころか方向感覚も無ければ仲間の所在も分からない。毎度の事ながら無い無い尽くしだった。
とは言え大体の対処法は分かってきている。探索、即ちガンガン行こうぜだ。
地雷とかはメタ読みで回避しながらサクサク進めるのが大正義。とは言え取り返しのつかない出来事があっては不味いので途方のない位の集中力を要するが。
「困ったときのスキルってな」
盗賊系統の三種の神器。
『盗賊の極意』、『とんずら改』、『罠解除『序』』。
『罠解除『序』』はサマタグの『試練の洞窟』以来完全に死蔵していたのだがこう言う罠が如何にもありそうなステージでは役に立つだろう。
ーーーーと思ってた時期が俺にもありました。
「なんてこったよ、フラグ回収早すぎるだろ…」
俺は絶賛落とし穴にハマっていた。
懐かしきゴブリンのコロニーの時と同じく、だ。…俺には初歩的な罠にこそハマる性質でもあるのだろうか。
「さぁて、死線超えるか…動かずになぁ!!」
地上、と言うのもおかしな話だが上には飢えた人間が俺を喰らおうとしていてちょっとしたリアルバイオハザード状態だ。
人間の血はワインに、人間の肉はパンにとは言い得て妙なもので共喰いを狙った人間がうじゃうじゃいる。
しかし黙って喰われる訳にはいかない。
この血はアニ専用に調教済みだ。
…本当に文面は酷いが。
「喰われ…喰われ…。喰われろォォォ!!」
すかさず大斧を取ろうとしてーー。
無かった。
ならば仕方ない、棺桶で殴ろうかと思いーー棺桶が無い。
そりゃそうだ。
全部どこかに落としてしまったままなのだから。
『跳躍』からの頭突きでやり過ごすかと覚悟した。頑張れ俺の頭頂部、耐えよ我が毛根!!
「ん?メシがあるんか?」
とーー。
落とし穴に向かって石槍を突っ込もうとした男を誰かが吹き飛ばした。
「いんやー、暑いしメシ無いし、そもそも服が服やさかい、かなり厳しいからの。さぁてぇ、飯飯っと…ん?」
目が合う。
水の滴る良い男がいた。
やや赤みがかった金髪に青い、と言うよりかは群青の空のような色を映した瞳。
纏うは地味な作務衣姿!
腰には一本、木刀を携えてこそいるが他に持ち物は無い。
見覚えがありすぎた。
というか、これだけ目立つ奴は一人しかいまい。
「およ?何で清人がおるん?」
追い剥ぎ紛いの事をやって篝の鉄拳制裁をモロに食らった愛すべき馬鹿。
我らが侍ゴリラーズの片方にして最前線を担う男。
一凩だった。
「……落とし穴にハマったから助けてくれ」
沈黙。
…沈黙。空間が三点リーダーで満たされていく。
自然と表情が引き攣る。
「ふふっ…にゃーっはっはっは!!あんさん落とし穴にハマりよった!!にゃっはっは!!」
「わ゛ら゛う゛な゛っ!!」
一頻り笑われた後、引っ張り出して貰い無事に脱出を完了した。
娑婆の空気は…微妙に血生臭かった。
武器が無くてはどうにも立ち行かないと、先程襲って来た男から石槍を失敬して一振り。
「…何か違う」
重心とか材質とかに理解はないが見るからに粗雑なーー端的に言うとちゃっちい作りをしている。
今まで使って来た武器はダガー、ハールーンの杖、冷蔵棒先輩、唯式咎流。そして『清人』の大斧。
ハールーンの杖なら大蛇との戦いまで使えたしモノとしてはかなり良かった。
他の武器もかなりお世話になっている。
今まで当たり武器ばかり使ってきたからこそ心許無く感じるのだろう。
「そりゃせやろ、あのえらくデカい斧は大胆に見えて実は緻密に出来てるさかい。そんじょそこらの武器じゃ満足出来ない体になるのも当然やろ」
「何か卑猥に聞こえるから止めろ!?」
あーだこーだギャイギャイ言い合いながら進むがーー。
「腹が減った」
俺は何ら空腹を感じてはいないが一はもうそろそろ胃が痛いらしい。
何かないかと懐を漁るとーーあった。
都合の良い、回復アイテム兼食料が。
オルクィンジェ・レプリカから貰った緑色のキューブ。
傷を忽ちのうちに癒し、飢餓感を消す代わりに味覚を容赦なく破壊するゲテモノ中のゲテモノが二つほどまだ残っている。
「一」
「何や?」
無言でスッとキューブを差し出す。
食え、と目配せすると。一は全身で喜びを表現しながらそいつを口に放り込んだ。
噛み締めろ、味覚を打ち砕く醜悪な味を。
踠き苦しめーーとまでは言わないが大笑いしてくれた分は一にも醜態を晒して貰わねば。
我ながら心が狭いと思いながら一が嚥下するのを見守る。
「んー、まぁ普通やの」
しかし、一凩は平然としていた。
おかしい。あの時は全身の激痛やら何やらがあったとは言え味覚が破壊されるレベルで酷い味がしたはずなのに。
何故ーー。
「いつもワリャの作るメシ並みや」
蘇るトラウマ。
液状化した卵焼き。何故か七色に光る味噌汁。黒煙を出す米とニガリとクサヤを混ぜたみたいな感じの矢鱈臭い冷や奴。
どれも一が手ずから作った凶悪な食料だった。
つまり一が普通に食べられる範囲は常人とは違い凄まじく広い、と言う事に他ならない。
「…なら良かった」
若干落胆しながら、俺たち二人は迷宮の深層へ進んで行くーー。




