杉原清人の迷宮入り3
「…十字軍で三百万人」
オルクィンジェ・レプリカはそう呟いた。
「…死んでるんですの。あの神は唯一神の国を目指すなら敵を排除してかまわない。唯一神を信じないものは人間ではないから殺してかまわない。もし人間を殺しても唯一神に懺悔すれば赦される…そんな指針を示していたんですの。…派生すればホロコーストやレコンキスタ、サンバルテルミの虐殺…全て根底には神がいますのよ…」
静かに耳を傾けてながら考える。
宗教戦争や迫害。
その下には確かに神の陰が多かれ少なかれチラつくのだ。
そしてーー今、俺はそれを正にやろうとしている。そんな事実に肩が情けない位に震えた。
仮にーー『魔王の欠片』を全て集めて、それを地球の神々の手に渡してしまったら。
もしかしたら数千万、数億、数十億の人々を皆殺しにしていたかもしれないのだ。
そう考えると背筋が凍り付きそうになった。
「マルクの福音書にはこうありますの。信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受けると。…まだまだありますわ。ヨハネの福音書の一説には御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる、と」
フゥと彼女はため息を吐いた。
彼女が今これを言った意図。
それを想像すると胸が締め付けられるように痛んだ。
邪神を打倒する為に、世界を破壊するその姿。
…いや違う。自分の理屈を何処までも押し通そうとする浅ましいまでの神々の傲慢さ。
彼女は自嘲するように口元を歪に歪めると遠い目をした。
「結局、私たちは籠の中の鳥ですの。自分では飼い主に抗えない。…嘴はあれど眼球は抉れず、爪はあれど引っ掻くには遠過ぎた」
「……」
果たして、俺は正しいのだろうか。
俺にどうしろと言うのだろうか。
「…勿論この世界の人間の魂は地球に横流しになりますの。魂を資源として捉えるならば…間違いなくコレは略奪行為ですの。それも飛び切り大規模な」
「…これじゃあ誰が悪いのかまるであべこべだ」
…オルクィンジェ・レプリカは一体どうするのだろうか。邪神に付くのか、それともーー。
「…それでも無明よりは血に塗れた神々の方が良いかと思ってしまいますの。分からないことは酷く怖いから…」
何にしろ途方も無い話だった。
そんなものが知らぬ間に一介の大学生に過ぎない俺の双肩に乗せられていたのだ。
「成る程、成る程…。あちらを立てればこちらが立たずってもんか」
ーーだから、取り敢えずゴチャゴチャした構図なぞ取っ払って考える事にした。
と、なれば先程のセリフで事足りてしまう。
「んっんー!?聞いてましたの!?世界の存亡を賭けた侵略ですのよ!?」
「いや、だって俺がうじうじ悩んでも別に事態は好転しないだろ?」
「なっ!?」
彼女は絶句した。
無理なからぬ事ではあるがいつまでも立ち止まるわけにはいかないのだ。ならば手っ取り早く考えるのが吉。
「俺達は旅をする。その終わりで何が起こるか、何を見るか。そんな事はわかったもんじゃ無い」
「なら…」
さて、至極簡単な結論を口にしてしまおう。
少し前の俺だったら鬱確定盤面なのだが、生憎様。
俺はーーそう。アレなもんなんで。
英雄が死んでから俺はアレを尚更拗らせてしまったのだから。
「けど、何にしろ俺はーーハッピーエンド至上主義だから。だから、全部都合よく纏めてやんよ」
自分、ハッピーエンド至上主義なもんだから。
「どうやって!!」
さてと。問いはこうだ。
上司に世界を破壊しろと言われているがその世界は邪神がアレなのが玉に瑕だがその他は平和であり壊したくない。
おまけに上司はクズであるものとした場合の最適な動きを述べよ。
ならーーこれまた非ッ常に簡単なアンサーがあったりする。
「自分が神になる」
ほら、簡単だろう?
「は?」
「だから、俺が神になる」
言い聞かせるように再度言い放つ。
「んっんー!?」
「いや、だってさ。力こそパワーだぞ?相手が無理矢理を押し通すなら上等。やり返してやるのがカッコいいと思わねえ?」
そう言うとオルクィンジェ・レプリカは呆れたようにかぶりを振った。
「く、狂ってますの!?神は絶対的なもの!!無理に決まってますの!!」
確かに。
無理とは限らないが可能性は低いのは同意だ。ならば方向性を変えてみよう。
「なら、こういうのはどうだ?」
盛大にタメを作り一言。
「神は死んだ」
「いや…いや!ニーチェですの!?」
「そうだけど?」
倫理の授業でやらなかったのだろうか。
至極真っ当な一般常識である。
「もう無茶苦茶ですわ!!?」
「なら、どうする?」
おちゃらけた雰囲気を一転させ真摯に尋ねる。
「結局、壊したいのか。壊したくないのか。或いは侵略したいのか侵略したくないのか。どっちなんだ?」
「…いつのまにか立場逆転してるのが気に食わないですが…両方御免被りたいですの。私はお兄様ーーオルクィンジェ様が解放されてくれさえすれば後はどうでも良いですのよ。だから…犠牲とかは出来るだけ避けたいですわ」
「んじゃ、取り敢えず奪取するか!」
「えぇ…。えぇ!?待つですの!?破滅ナシな方向性で纏まりつつあったのに何を言い出すんですの!?」
だから、俺はニヤリと笑うとサムズアップをした。
「世界を破滅させずに都合良くオルクィンジェを解放してニャルと神々を倒して両成敗する…なんて夢のようなアイデアがあるって言ったら…乗るか?」




