杉原清人の迷宮入り2
『アスター』。かつて絶望の土地と呼ばれた土地であらる。乾燥した気候、照り付ける陽光。水源に乏しく食料も少ない。そんな人の寄り付かない辺境だ。
しかし、人は居た。
それが地下迷宮。人々が清貧の狂気を持って作り上げた、比較的な理想郷。
考えてみてほしい。
水が無く、食べ物は乏しく、娯楽も無い。そんな環境を好む人物がいるだろうか?否だ。断じて否。
人々は移動手段を得て遂に外へ飛び出し、後には誰も残るものは無かった。
しかし、後にこの地下迷宮は全く別の使用用途にて活用される事となる。
この絶望の地はーー罪人への罰を与える為に利用されたのだ。
足枷を付けた罪人をこの地下迷宮に放り込む。
するとどうなるか。地面を更に掘り進めても水は充分には得られず、食べ物の無い罪人はーーやがて手っ取り早い食物と水を見つける。
他の罪人である。
その肉は食物へ、その血は水へ。
日夜罪人は他の罪人を喰らい続ける。
清貧の精神は最早無く、蠱毒のように生に執着し続ける哀れな悪魔がそこにはあった。
これが、魔王アザトース時代の話である。
魔王オルクィンジェの数秒間の王権の後の魔王ニャルラトホテプの戴冠によりこの刑罰は廃止され、地下迷宮内部の生命体は悉く死亡した。
さて、話は少し変わるが。
この世界には老廃物を排出しようとする独特な自然浄化作用が存在する。
世界の、或いは個人の感情の産物ーー『魔獣』を生成するシステムである。
『魔獣』が存在することによって世界の負担を現出し、悪意を破壊すると言う明確な目標を立てる事で世界の寿命を永らえさせることが可能となっているのま。
負の感情は排除出来る。
代わりに負の感情は現出し、『魔獣』となる。
この地下迷宮も例に漏れ無い。
罪人の怨嗟はとんでもない『魔獣』を世に産み落としていたのだ。
『ヌン』。名前の由来はエジプト神話の原初の水の神である。
その性質は混沌。エジプト神話の世界観では、何も無い黒々とした水と形容されている。
ーーニャルラトホテプによって世界改革された後も、『ヌン』は大地の下、つまりこの地下迷宮奥深くに眠っていたのだ。
そこに目を向けたのは勿論ニャルラトホテプその人、否神である。
それからはニャルラトホテプ当人が説明した通りあれこれと手を加えーー今に至る。
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「とまぁ、こんな感じですの」
「…あれ、そう言えば俺たち何で『ヌン』を倒す前提で話が進んでるんだ?
違和感がずっとあったのだ。
俺はオルクィンジェ・レプリカを解放した以上長居する理由は無い。後は乱数破滅システムの処遇が心配ではあるが。
だが『ヌン』が居る以上態々潰す必要性を感じないし、そもそもここまで乱数破滅システムを追って来るような人は…法導協会の例はあるが、絶対裏にヤツは居る訳で。
…混乱して来た。
「当たり前ですの。そうじゃないと…」
「乱数破滅システムを奪取出来ませんの」
思考が真っ白に染まった。
「奪取して…どうするんだよ。まさか世界を滅ぼすとか言わないよな?」
「えぇ、私は…神々はそのつもりでいますの」
フッと表情に陰が差した。
それがどんな感情を孕んでいるのかは分からないが物悲しい感じはひしひしと伝わって来る。
「…詳しく聞かせてくれるか?」
「……。私たち、天使はレプリカを含めて全てが対邪神用に設計されてますの。邪神とは定義の先にある異形にして無明。何者でもあり何者でもないモノ。『魔獣』がこの世界の絶対悪なら邪神はこの宇宙の絶対悪。神々とは相入れませんの」
……。
『貴方には異世界…最終消失点に向かって貰い、『魔王の欠片』を探して頂きます』
『はい、この場での言及は敢えて避けますが私達が保有する最高戦力の一つです』
「だから、私たちはこの世界を滅ぼす為に生まれたんですの」
「…そんなのってねぇよ」
『魔王の欠片』を集め終わったその先にあるのは、世界滅亡のシナリオでしかなかった。
俺たちの旅はこの世界を救うのではなく、滅ぼす為にあったのか?
そうだ、一切。一切見ていない。
モンスターが居て、『魔獣』が居て。
この世界はそれ以外は平和だったのだ。
勿論諍いはあっただろう。
悪人だって居るだろう。
けれど…RPGのように魔王が暴虐を振るい世界を脅かしたか?
悪の手先の侵略はあったのか?
違うだろう?
当然だ。
俺たちが侵略者なのだから。
『デイブレイク』は自己防衛に徹したに過ぎない。
ならば、本当の悪者はーー。
「…少し私の愚痴に付き合って下さいまし。清人さん?」
「あぁ」
……俺だった。
やっとだ…。
やっと真相が出せつつあるなぁ…。
これから事態は悪化し出すぞ…。
見ろ!!これが脱力系冒険小説だ!!!




