【英雄の条件】2
英雄。他人に出来ない偉業をやってのける者に送られる称号。
至上の誉れにして誇りである。
しかしそれを目指す事はあまりにも難しい。現実というカウンター、プロパガンダ、安寧を求める心。凡ゆる要素が英雄への道程を阻むのだ。
故に今。
英雄を目指すと言う事はーー即ち凡ゆる要因を跳ね除けて茨の道を征くと言う事に他ならない。
この茨の道を進む事、それは人には出来ない偉業だ。
ならばーー俺は。
「……中々に雑な動きですが。面白い。それが貴方の見た英雄、あの日生まれいつか帰る彼の故郷ですか」
「ああ、そうだ。これが俺の見た英雄だ」
あの日俺は『杉原清人』に命を貰って。英雄と認められて。
…彼は英雄の役割を背負って地獄まで持って行った。
だから、これからは『杉原清人』を救う英雄ではなく。
あの日見て目指そうと志した新しい英雄。
「行くぞ」
「良いでしょう。来なさい」
槍と斧が交錯する。
しかし、明らかに俺の方が技量負けしていて傷だけが増えていく。
無理矢理回復力を高めてその場限りの修復を試みているが骨は曲がり、血は徐々に不足し、傷口を焼き焦がす苦痛に耐えながらの戦闘は精神を急激に確実に擦り減らしていく。
「クソっ、中々キツイな…」
「僅か三分でこの様では流石につまらないですね。先程の威勢の良さは何処に行ったんですか?」
「煩い、…俺は絶対に勝つんだよッ!!」
「はぁ、懲りないですね。良いでしょう折檻の時間です。鉤爪よ」
「ーー抉り取れ」
突如何も無い空間から現れた無数の鉤爪が『墓守の服』を切り裂き、付けていたモノクルを破壊した。
派手な出血を認めるとすぐさま傷口を焼く。
「鉤爪よ、拘束しろ」
痛みに呻く俺に尚も鉤爪は殺到し、雁字搦めに縛り付けた。
「くっ…」
「他のニャルラトホテプ・サーバーが認めたように私もポテンシャルは認めましょう」
「けれど、まだ弱い」
そう嘯くと身体を翻し祭壇に飾られている十字架に貼り付けられたオルクィンジェ・レプリカに視線を向けた。
「……つまらない」
そしてそう呟いた。
「私に向かう者は悉く破れる。ワンパターンで私は本当に退屈です。もっと愉しませてくれませんか?」
陰のある表情のニャルラトホテプの呟いた一言に何処か引っ掛かりを感じて歩み出ようとしたが依然として鉤爪は拘束を緩める事は無いし無事で無い箇所が無いのだ。当然痺れる位に痛む。
俺の理想。俺の理念。
それらは総じて『杉原清人』から生じたものだ。
『杉原清人』をベースに別のものを積み上げた紛い物。
それが俺だ。
「…きっとどっかでまた間違えたんだな」
『今日の事は一生後悔してなんてやらない。例えお前の死に際の言葉じりを都合よく解釈したに過ぎないとしても、お前が遺した理想としてーー俺だけの英雄の死を汚さない為にも俺は振り向かない、後悔しない。それがせめてもの手向けだ』
だったらやり直そう。
英雄だの何だの、ああ。それは確かに俺にとって重要な要素だ。
でも本質はもっと単純で良かったんだ。
要するに俺の、俺自身の望み。
それに真摯であるべきだった。
もっとシンプルに、シリアスを消し飛ばし、皆んなが笑顔でいられる帰結を目指す者。
ーーハッピーエンド至上主義者。
そうだ。
俺は馬鹿笑いする明日が欲しい。
酒飲んで、酔っ払って半裸で相撲を取る明日が欲しい。
草むらに突っ込んで泥に塗れながらゲラゲラ笑う明日が欲しい。
朝の俺はアニに吸血されてて、それを見た唯が怒って頬を全力で殴るんだ。…殴られる方は堪ったもんじゃないけど二人は仲良く笑い合うな。絶対。
昼は篝の料理教室で一と一緒に暗黒物質作って二人で腹を下すんだ。それを見て篝は溜息を吐きながら苦笑してるんだろうな。
夜はジャックと未来に向けて他愛の無い話をするんだ。きっと、ジャックはオーバーリアクションで言葉尻を伸ばしながら愉快そうに笑うだろう。
不思議と痛みは軽くなっていた。
胸の奥に生じるのは熱。
ドクドクと脈打ちながら全身に熱が運ばれる。
血を吐き出しながら口元は不恰好な笑みを形取る。
「ふっ…はっ…はっ!!にゃーっはっは!!」
「!?」
幸い本物の英雄は手の中にある。
「俺流、さね。俺なら正攻法は選んでやらない。邪道を征き、何やかんやハッピーエンドを目指すのが俺だろ」
ならば邪道を征く俺の次なる手はーー。
「『合成』!!」
簡易ステータス画面から合成を選択する。対象はーー『杉原清人』のコート。
『……清人、これ貰っていくからな。あの世に行ったら多分返す』
あの時にくすねたコートだ。
合成の際の光のエフェクトが鉤爪を呑み込み、俺を起点にして衝撃と暴風が吹き荒んだ。
「さぁて、コンティニューのお時間だ」
光が収束するのを待って歩き出す。
『英雄の外套』、これが装備の名前だ。
「…成る程。飽くまでもう一度、ですか」
「当たり前だろ。俺は勝ちに来たんだからよ」
この霊衣が持つ力は分からない。
けれど感じる。
胸の奥で熱く滾る鼓動と同じものを。
「た、だ、し!!」
やる事は結局邪道。
一人で駄目なら二人で戦え。決して一人で背負わない。ーー自分で決めた事だった。
だから声高に叫ぶ。
「二対一だけどなぁ!!」
『跳躍』でオルクィンジェ・レプリカの元まで飛ぶと鎖を斧でぶった切る。
「お、兄様?」
「違うけど。まぁ、それよか…戦えるか?」
「ーーええ、戦えますわ」
オルクィンジェ・レプリカは何処からか錆びた大鎌を取り出すとニャルラトホテプに向き直った。
「くくく…っ、これはこれは…っ!!予想の範囲内ではありますが正直拘束を逃れたのは感嘆に値します。素晴らしい」
「では、後は私を倒すだけ。ですね?」
そうだ、と頷くとこの日始めてニャルラトホテプは目を細めて微笑んだ。
「ならばーー全力で掛かって来なさい」
そう言うと、槍と大斧と大鎌。
三者が三様に動き始める。
「オルクィンジェ…お兄様の技、披露させて頂きますわよッ!!『咆哮』ッ!!」
大鎌から発生した異音が不可視の音の刃となりニャルラトホテプに迫った。
「…懐かしいですね。確かに彼はずっとその技を使っていました。しかし、残念ながらその極致には未だ遠……」
「背後に取ったァ!!」
振り下ろした大斧は鉤爪に阻まれ、音の刃は槍にて弾かれる。
「そのスキルは…『英雄転身鼓動疾走』、でしたか。テンションが上がれば上がる程バフが掛かる唯一のスキル。それを貴方が使いますか…面白い」
「へぇ、『英雄転身鼓動疾走』カッコいいな!!」
「私を忘れないで下さいませ!!」
それじゃあ、テンションを更に上げてみますか…ッ!!
「オルクィンジェ・レプリカ!!強引だけどアレやるぞ!!」
「アレ?」
「決まってるだろ!!」
「絆共鳴だ!!」




