RE:ACT3
《オルクィンジェ・レプリカ》
回想ーー。
「初めましてですわ!お兄様」
それが私の始めての言葉だった。
オルクィンジェ・レプリカ。
それが神から賜った名前だった。タイプはオルクィンジェお兄様と同じく戦闘特化型の戦士。
オルクィンジェお兄様は戦闘に於いて他の天使とは比較にならない程強かった。
戦神には劣るにしろ下級の神であればオルクィンジェお兄様には勝てないだろう。
生まれてからずっとそれが誇らしかった。
陽を浴びて煌めく灰色の御髪。
小柄で可愛らしい背丈。
他の天使の方々とは違い日本服にジャンパーを纏っており足元にはブーツを履いているのだ。美的感覚が若干ズレているところもまた好ましい。
兎に角、敬愛していた。
けれどオルクィンジェお兄様は…。
「…レプリカ、か。使えるのか些か疑問だな」
そういって毎度軽く私をあしらったのだった。
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あれはオルクィンジェお兄様の固有体術を会得した時。
「お兄様!見てくださいませ体術が最近冴えてるんですの!」
「煩い、上の奴らが騒がしいんだ。休むべき場で煩くするな」
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あれは美しい景色を見た時。
「お兄様!空が白んできました、綺麗ですよ!!」
「…煩わしい、休ませてくれ」
「ですが…」
「疲れてるんだ、勘弁してくれ」
…最近のお兄様の疲労度合いは目に余るものがあった。
より上位の天使であるアルクィンジェ様やイルクィンジェ様とは違い、お兄様は純粋な戦闘特化型。武力による解決が望まれる場合序列五位であるオルクィンジェお兄様が真っ先に駆り出されるから疲労は一番溜まりやすいのだ。
それに最近の『魔王』アザトースを含む外なる神の陣営の動きが活発になっており外なる神に一番相対する回数が多いお兄様が心配だった。
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「オルクィンジェお兄様…」
「俺に、近寄るな…」
この頃お兄様は笑わなくなった。上位天使による無茶な外なる神掃討作戦、そこで『魔王』の側近であるニャルラトホテプと接触してからずっとこの調子だ。
精神に若干の退行が見られ、他者を寄せ付けない。その上時折錯乱状態にもなる。心配は杞憂にはなってくれなかった。
「でも、お兄様…」
「お兄様って呼ぶなッッ!!」
お兄様が初めて見せた激情に私はただ怯えるしかなかった。
「オルクィンジェお兄様…」
「だから、俺はオルクィンジェなんかじゃないって言ってるだろう!!」
「ッッ!?」
その翌日だった。お兄様が、第二回の掃討作戦に自ら志願しーー神に反旗を翻したのは。
聞けばニャルラトホテプによる精神操作、精神汚濁、意識低迷、自我改竄。多数の状態異常により自己や他者の認識能力が極端におかしくなっていたらしい。
その後始まったのはーー醜い責任の押し付け合い。
神はリスポーン出来る。
死んだ神々は蘇り互いを酷く罵り合った。
中でも一挙に神々を鏖殺するという珍事を起こす引き金となったヘカテ様は著しく格を落とした。
その間、一部の有志でお兄様回収を試みるも気の狂ったオルクィンジェお兄様本人により悉くが散って行った。
しばらく経ち、お兄様は正式に堕天使として認識され外なる神の尖兵となった。
しかしお兄様は狂気のままに『魔王』アザトース、外なる神の筆頭を打倒した。
ただーーその最期は悲惨でニャルラトホテプに裏切られニャルラトホテプが新たなる『魔王』として戴冠する事になるのだが。
そしてそれから第一次偏執夢先行偵察部隊を編成し…。
漏れ無く全員が鹵獲され、今に至る。
あれから私はオルクィンジェをお兄様と呼ぶ事は無くーー。
記憶の奥底に追いやり、忘れようとしていた。
何故今そんな事を思い出したのだろう。
薄っすらと目を開く。
すると其処にはーー二人の男が居た。
片方は槍を構え、片方は斧を手にしている。
その両方を私は知っていた。
ニャルラトホテプと杉原清人。
だけれど不思議だった。
外見も違う、中身も違う。
なのに、何故か杉原清人がオルクィンジェお兄様と重なるのだ。
稚拙な所作で斧を振るその姿はオルクィンジェとは全く違っている。
けれど在りし日の命の煌めきは、背筋が思わず凍り付く程の『本気』は確かにオルクィンジェと同質のものだった。
自然と目が惹きつけられた。
そこに含まれているのは憧憬か、将又羨望か。
私はそこにーー意地のぶつかり合いを見た。




