出来損ないの天使1
呪わしき彼の地に伝わる伝承。
曰くそれは迷宮と死にまつわる悲劇。
しかし彼らはまたもや悠々と悲劇を棄却するのだろう。
悲劇はオペラ歌手にでも任せておけと言わんばかりにーー。
が、彼等の旅路は得てして緊張感が無いのが常でーー始まりは、そう。
無慈悲な張り手から物語は動き出す。
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休養期間を経て全回復した俺達はコロウスを発った。
コロウスの街は金も稼げたし住み良かったが余り長くいて次の冒険に支障が出ては不味いとまた旅に出たのだ。
「さてと、欠片の出現は…ジョイドのやつだけだったか?」
「そうだねぇ、彼も旅に出て一々座標が移動してるから悪戯に足跡を辿るよりも気ままに旅した方が吉と見たよ。残りは三つだから出てくるまで気ままに行くべしべし…」
深い森を抜けるとーー街の門が見えた。
但し今まで経由した村や街とは趣きが全く異なるが。
蒸気機関の大都会、テオ・テルミドーランはややパンクロックな感じでハザミは純和風、サマタグが和洋折衷コロウスは洋風。
村も大体似たようなものでハザミに近い村は和風に。サマタグ辺りで若干洋風な雰囲気が出てきてコロウスにかけて洋風の気が色濃くなる。
イメージとしては。
ハザミ→サマタグ→コロウス。
と言った具合で右が和風化、左が洋風化するみたいな塩梅だ。
さて話を戻そう。
目の前の街が趣きが全く異なると言ったのには理由がある。
「巨石…文明」
全てが石で出来ていた。
複雑に切り出された岩が上手く嵌り形を成している。岩一つ一つの大きさも人の身長程度もあり積み上げるだけでもどれ程の労力が必要かは全くもって分からない。
「せやな…石の加工も巧みやし技術力の高さが伺えるの。ただ金属加工とか木の扱いが本職やから詳しくは分からへんけんど」
「ジャック、この街の名前は分からないのか?」
篝が尋ねるとジャックは首を振った。
「実は情報更新がまだなのかバグなのか分からないけどどうにも案内人用のスキルが発動しないんだ」
門番はおらずすんなりと街に入る事が出来たがーー人がいない。
「何だ?皆んな引きこもってる…訳じゃなさそうだな。街の大きさの割に生活感がなさ過ぎる…これじゃあまるで廃墟だ」
「鬼の居ぬ間に洗濯?」
アニが呟いた瞬間ーー。
先頭にいた俺が巨大な腕に弾き飛ばされた。
肺から無理矢理空気が押し出されて苦しい。何よりぶつかる先は石なのだ。俺が生き餌でなければ今頃壁のシミになっていただろう。
「いってて…」
壁に打ち付けられた俺を横目に誰かが疾駆していた。
「間に合わなかったみたいですの…ヌンは倒せないし…見捨てるしか…」
聞き慣れないソプラノボイスをよそに痛みで顔を顰める。
フードで顔を隠した少女だった。
「撤退するですの!!貴方達じゃ『ヌン』を倒せませんわ!!」
明らかに置いてけぼりにされそうなムーブである。
それもそうだ。俺が生きているのはアニの刻印によって承知しているだろうし逃げ足の速さに定評のある俺だ。
最悪足さえ治れば余裕を持って逃げおおせる事が可能ではある。
寧ろーー倒してしまっても構わんのだろう?
好戦的な意思を持ってそれを睨み付ける。
ここに来て初めて太腕の主の姿を目視した。
黒い…巨人だった。
しかし巨人とは言っても身長は目視で三メートル程、俺を弾き飛ばした腕の主にしては小柄だし、何よりーー今は腕が相応の大きさしかない。
恐らくスキル関連なのだろうが実体がある以上幻術や幻想の類は考え難い。
となれば体積の移動や拡大が考えられるが…最早それは第七魔素の領域だ。
生物の性質だと言われればそれまでだがーー。
「勝手に手遅れ扱いするんじゃないっての。てな訳で…一発お返しじゃオラッ!!」
身の丈程の斧を巨人の皮膚に打ち据える。肉を断つ感触は無く、伝わってきたのはどこまでも硬質な手ごたえと金属音。
とーー巨人と目が合った。
瞬間、ハエ叩きのように仲間の方へ再び吹き飛ばされた。
「何なんだよアイツ!」
「うぐぅ…清人重いから退いて欲しいんだけどねぇ」
「え?んんっ?『ヌン』の攻撃を受けて死んでないんですの!?」
「簡単に死んでたまるかっての…それで…やっぱ撤退が一番か」
「ん、そうっぽい」
俺達は開幕早々の撤退を余儀なくされた。がーーヌンと呼ばれた巨人は逃がしてくれそうもない。
「待て待て…『ヌン』って弱点とかって…」
「無いですわ」
やはりと頭を抱える。
ジャックのパンプキンヒールを受けながら火の玉を放つがこれも効いた様子はない。
「取り敢えず撤退戦だ。俺はちょっと役立てそうにないってかそろそろ魔素枯渇しそうだから一、篝頼んだ!」
「いやいや、普通は魔素の枯渇よりも『ヌン』の殴打が問題では無くて!?当たれば大抵死にますのよ!?」
一は『水月』を、篝は見慣れない武器…長巻を構えた。
「ほいたら行くかの…ッ」
『刹那』を発動した一が、『連理の鶴翼』を発動した篝がヌンへと肉薄する。
断続的に響く金属音。
斬れた気配は、無い。
「嘘だろう、幾ら何でも硬すぎる!!」
「篝!絆共鳴や!!」
「「絆共鳴!!」」
絆共鳴システムによるバフを受けた二人は更なる速度と手数でヌンに迫るがーーこれもあまり有効な手立てにはなりそうに無い。
問題点はどこだろうか。
撤退する為にヘイトを稼ぐ人手が要る事、これはダメージ的に一と篝が適役。というか最適解。
では、逃げるなら追われないようにケアしてやれば解決出来るだろう。
実質一は単一加速並みの加速は可能だから逃げるのにケアが必要なのは篝一人だけ。
ならばーー。
「アニ、糸を貼って罠を仕掛けてくれ」
「ん、しょーち」
転ばせれば御の字、少しでも戸惑えば重畳。
「二人共!撤収だ!!」
その時だった。
「ふむ、間抜けな魔王が罠に嵌りましたか」
突如現れたのは白の法衣を纏った六人の男。
その登場に天使と呼ばれた少女は息を飲んだ。
「法導協会…ッ」




