アポロジィ2
アニの部屋に着いた。
部屋は静まり返っておりアニの気配は無い。
「………」
踵を返して戻ろうとしたがーー不意に部屋の隅で動く物を見つけた。
カサカサ移動してはいるが、動作的にゴキブリではない…と思う。
よくよく見るとそれは蜘蛛だった。
何となく気になってじぃっと観察してみると。すぐさまどこかへ走って行ってしまった。
確か蜘蛛は巣を張るタイプと張らないタイプとで二種類いた気がする。
さっきのは多分後者ーー。
「??」
ーーだろ…う?
見ている。
メチャクチャ見ている。
物陰からすごい数の蜘蛛が一様にこちらをじぃっと見ていた。複眼なだけあって迫力どころか威圧感すら感じる。
先程のとは別種の蜘蛛達が揃いも揃って俺を見ているのだ。
異様。月並みだがそれしか言葉が出てこない。
「ん、清人。どうしたの?」
とーー、いつのまにかアニが背後に立っていた。気配を遮断するスキルでもあるのだろうか、全く気付かなかった。
アニは風呂上がりなのか髪はしっとりと濡れていて頬も上気していて仄かに赤い。おまけに浴衣姿と来た。全く眼福である。
「いや、部屋に蜘蛛がいてメッチャ見てるんだけど、これは…?」
「私の下僕?」
小首を傾げながらそんな怖い事を言う。
「下僕…蜘蛛関連の支配とかも出来るようになったのか?」
「いぐざくとりぃ、因みに清人も生き餌としての種族特性が強化されてる。まぞ御用達の打たれ強さと回復性能。あと更に美味しくなった。ウマウマ」
「マゾ御用達なのか…」
しかし耐久性が増すのは正直言って嬉しい。それだけ生き残れる可能性が上がるという事に直結するからだ。
マゾ御用達なのが少々聞こえが悪くはあるが中々良いものだと思う。
「うん。だってそもそも生き餌になろうなんて人は大体まぞひすと」
「俺は殆ど強制なんだけどなぁ!?」
「んっ、そうだった?」
とーー不意にアニの雰囲気が暗く沈んだ。
「……刻印、切りたい?」
「…え?」
久しぶりに見た哀しげな表情に胸が痛む。
「…元々、合意の上の刻印でもない。その上…私は清人の約束を踏みにじった、信ずるものを捨てさせた。だから…刻印を切りたいなら、切る」
「な、何だよいきなり。らしくないぞ」
その動揺は果たして何故だったのか。
刻印が切れると言われて安心した?
切り捨てた信条を思い出したから?
アニの突飛な提案の意図が分からなかったから?
分からない。けれど多分、アニはその答えを知っている。
「刻印から伝わってくる。……清人の苦悩とか、恐怖とか…。本来、こういうものは清人自身だけが持つべきものだって…今更気付いた。私が覗いて良い世界なんかじゃ、無い。だから…」
「嫌だ」
その言葉は幸い、すんなりと口から出てくれた。
「っ!?」
「いや…その、何だ。俺は…寧ろアニには全部知ってて欲しいから、さ。欺瞞も誇張でもなくて素の自分を理解して貰えるってのは多分こっからの人生で一度も無いと思うから。だから刻印がどうこうってよか……側に、いて欲しい」
「清人はそれで良いの?」
「ああ」
そう、と言ってアニは息を吐いた。
「…私の側に居たいなら。生きなきゃ、ね?」
「女の子を残しては死ねないよな」
そう軽口を言って笑った。
「……そう言えば、清人。唯とデートしてた。絶許」
むくれながら腕を組む。
そうだった、うちのパーティーの女の子は大概可愛くて嫉妬深い。
「悪い悪い、埋め合わせはするから」
「むぅ」
「さてと、時間も良い感じに潰れたしまたフラフラしてくるか」
そう言って去ろうとしたが、霊衣の襟をアニに摘まれて危うくつんのめる。
驚いてアニの表情を伺うが何やら真剣な様子だ。
「…清人にまだ蜘蛛子のお役立ちひんと、言ってない」
「何だ?新しいコーナーか?」
「茶化さない。…清人、清人が『杉原清人』から生まれたものなら清人自身が現状に対して反抗する余地は、無い…と思う」
「つまり、俺が単に苦痛を肩代わりするだけの存在ならそもそも反抗なんて考えない…って理解で合ってるか?」
「うん。だから前提が違う可能性がある」
前提ーー俺が苦痛を引き受けるための人格じゃない?
前提が間違いだとしたら俺は一体、何者なんだ?
「あなたは何の為に反抗した?何を尊び、何を嫌った?多分、そこに答えはある」
「…ありがとう。考えてみる」
俺が生まれた日、何を思って反抗を始めたのか。何故一切へり下ることをせず、虐めに立ち向かう選択をしたのか。
…もしかして。
『杉原清人』の核心に迫るアイデア。
もしかすると俺はーー。
「うん、私も同じ意見。これぞしんくろにてぃー」
なら、ならば。
俺は勝てるかもしれない。
そう、希望を抱いた。




