金策・熱闘・闘技祭4
《一凩》
「いんやぁ、煙管片手に町を堂々練り歩くって久々やさかい気持ちいいなぁ…」
「そうなの?意外だねぇ、僕は君の事浮世離れした遊び人みたいに思ってたよ」
心外だと宣いつつも一の機嫌はすこぶる良かった。
ジャックもピーマンを取り出すと実を咥えながらヘタに火を付けた。
安定のピーマン由来ニコチンだ。
カボチャがニコチン摂取するという果てし無くシュールな絵面だが片手で煙管を弄ぶ一と並べば…やっぱり不審なままだった。
「まぁ、ワリャはこう…何ちゅうの?すれ違いのせいで白昼堂々街中歩こうもんなら、やれドラ息子の道楽だのやれ女漁りだの散々だったさかい、こうにでもならんと外を歩くにもどうにしろ難儀でならんよ」
「…女漁りは自業自得じゃないかなぁ?」
そうでもあらへんよ、と一は悪戯っぽく笑った。
「これは清人との共通の見解なんやけんど。男は逃避するにはやっぱり女が一番らしいで?」
「それは…」
ジャックは言葉に詰まった。
ジャックにしてみれば一も清人も悲惨な過去があるのを認めているし、その結果今の二人になった事を思えば反論の余地…位はありそうだがそれを話すのは無粋極まりない事だ。口を噤む他無い。
「まっ、そんな気落ちすんなや。今は祭日やん?せやったら楽しむのが一番良えよ?」
自然に笑うその顔には嘘は無いように見える。
嘘は。ただし、一抹の寂しさはあったかも知れない。
ただ、逆光が顔を隠してしまった。
だからその顔がどんな表情をしていたか。それはお天道様のみぞ知る事なのだろう。
「…ッ」
急に一の雰囲気が変わった。
ジャックは遅れて後退する。
ーー敵性反応だった。
「久しいな、『鉄打ち』よ」
「…シュヴェルチェ、だったかの?」
獅子のような雰囲気の大柄な男ーーシュヴェルチェがいつのまにか立ち塞がっていた。
「白昼堂々か、日の出とやらには遅いんやないの?」
「ふっ、我等が『デイブレイク』だからと言って日の出以外に行動しない訳では無い。考えれば分かろう?」
あくまでシュヴェルチェは余裕綽々と言った様子で、一の殺気を浴びながらも一切臆するところが無い。
やはり一廉の武人なのだろう。一様に冷や汗が流れた。
「…私の狙いは一凩、貴様だ。貴様を仲間にしに来た」
「ワリャを…?」
「そうだ」
「バカも休み休み言ってくれないかなぁ?流石に腹が捩れて笑い死にそうだよ」
ジャックの頭のカボチャの口が、頬まで裂けていた。口調も皮肉がかり正に怒髪天の様相だ。
「貴様には聞いていない」
しかし、ふんとシュヴェルチェは一蹴しーー、身の丈以上の大鎌がジャックを真っ二つに切断した。
「ーー、!き、様!!呪われろーー」
「ジャック!!」
「なに、どうせ神だ。じきに蘇る」
何でもない瑣末なことだとでも言うように鼻をならす。
「答えを先に言うと…ナンセンスや!!」
『抜刀術』により加速された刀剣の一撃が…あらかじめ配置された籠手に弾かれた。
「なっ!?」
「ふむ、その分を見るにまだ端役に甘んじていると見える。怠惰、だな」
そのまま籠手を押し返すと冗談みたいに身体が跳ねた。
「おいおい、冗談かいな…遠すぎるやろ…」
『抜刀術』による加速は距離こそ短いが瞬間的な速力は清人のとんずら式加速すら凌ぐ。
それをあらかじめ見切って適切な場所に籠手を配置し、あまつさえ押し返してみせたその胆力、観察眼、膂力。どれを取っても極上と言う他無い。
「もし貴様が本気だったら、私の腕は宙を飛んでいただろう。しかし惜しい、魔王の旅団に入ったが故に自己の研鑽を怠ったか」
「…ッ!!」
触発されて『比翼の羽根』を起動した連撃を開始するが、全てを弾かれ、いなされる。
変則的な四足歩行を交え、初見を確実に潰しに行くがそれすらを超えてシュヴェルチェは地面に根が生えたように堂々と立っていた。
「貴様には貴様の物語がある。誰かの陰でひっそりと終わる人間ではない。貴様が主役になるのだ。悪い話ではあるまい?」
勝ちを確信したか、いよいよシュヴェルチェは言い包めに来た。
しかし、それが間違いだった。
「はっ」
「言わせておけば」と言ってニヤリと笑った。
主役と聞いて冷静を取り戻したのだ。
「『侍』ってのはな、悪戯に刀握るもんやない。勿論技術の研鑽とかも重要な事や。けんどな」
「『さぶらふ』、仕えるのが『侍』や。まぁ尤もワリャは鉄打ちだから厳密に侍では無い。けんど、心には…魂には親友がおる。俺には二倍の志し背負っとるんや。裏切りなど以ての外!!怯懦の鏡にはなりとうないわ!見誤ったな『日の出団』!!ワリャを誰やと思うとる…」
『納刀術』で木刀ー『水月』を腰に戻す。
目は獲物を見据え真っ直ぐに。
「ーーワリャは、『鉄打ち』一凩や。出直せド阿呆ッ!!」
『剣聖』梶の技の剣とは全く違う一だけの道。
技の極致が『連理の鶴翼』ならばこれは速度の地平。
『刹那』
たった一発限りのタメの長い最速にして最高威力を誇る一撃。
シュヴェルチェは見切りではなく直感で籠手を構えた。
しかしーーパキリと、乾いた音。
「…ふむ、籠手が割れたか。面白い、ならば見届けよう。貴様の生き様とやらを」
「おう、早よ消えろや」
そう言うとシュヴェルチェは何事も無かったように去って行った。
「…『日の出団』。篝…清人…、無事やと良いんやけんど。…ジャックのりすぽんってどんだけ掛かるんやろ…確かに守れなかったのは怠惰やったわ」
一は一人自省していた。




