表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/53

2-4「神木はそこに」

 □Side Hearty□


「見せてあげる……あたしの『神授』!」


 フィオさんはそう言うと、地面を強く踏みつけた。衝撃で土が凹み、何かが地中から飛び出す。


「これは……!?」


 飛び出したのは、土だった。一直線に伸び上がってきた土は、1本の細長いロープのような形。フィオさんがそれを掴むと、土は本物のロープのような、薄茶色で縄目の姿になった。


「凄い……」


「これで逃げるわよ。捕まって」


 フィオさんの言う通りに、私は彼女の胴をぎゅっと掴む。そして、フィオさんは右腕で思いっきりロープを振るった。ロープは空高く伸び、高くそびえる木の太い枝に巻きついた。そして、巻きついた先端は、枝に溶け込むように固まっていく。ドロドロの飴が固まるように、ロープは木にしっかりと固定された。


「行くわよ!」


「はい!」


 オオカミたちが、喉を唸らせて急接近してくる。


 同時に、細長かったロープは形状を変えて行く。土のロープは形状を変えてどんどん太くなって行き、その分長さは短くなって行く。短くなるにつれ、私たちの体は引っ張られるように、どんどん上空へ上がっていく。


 オオカミが大口を広げる。朝から噛み砕かれそうになった刹那、ギリギリを避けて私たちの体が天高く浮かび上がった。


「よし、次は……」


 フィオさんは木の幹に足をつけ、何かを横に広げるように、両足を外側へ払った。


 すると木の表面が剥がれた。薄い木は横長に伸びて行き、綺麗な形の長方形の板になる。フィオさんは板の真ん中を太い木の幹に、両端に両足を乗せる。


「手ぇ離して! 跳ぶわよ!」


「えぇ!? は、はい!?」


 返事して、ロープを握っていた手を緩めるそしてフィオさんは、板の反動を生かして、横向きに強く跳んだ。


 フィオさんは掴んでいたロープを、勢いが強くついたところで手放す。そのエネルギーも上乗せされ、私たちの体は彼方へと飛んでいく。風に揺れる木の葉へ、突き刺さるように向かっていく。私は思わず目をつむった。


 風を切って上昇した私たちは、そのまま……。


「き……木の上まで飛んじゃってますよぉ!?」


 眼前には木の幹。木のてっぺんの、更に数メートル上まで飛んでいる。


「騒がないの! 任しときなさい」


 フィオさんはそう言い、今度は高速で上着を脱ぎ、シャツ一枚になった。そして、その上着を両手で伸ばす。


 上着は絨毯のように、空に寝そべった。そして……。


「……飛んでる……?」


 絨毯じゃなく、マントみたいだ。私たちを乗せながらも、風に乗って軽々と飛んでいく。気付けば、さっきのオオカミたちからもかなり離れていた。


「落下が緩やかになってるだけよ。少しずつだけど落ちてる……まあ、これがあれば落ちても痛くないけどね」


 土はロープに。木は板に。服はマントに。すごい……まるで魔法だ。


「原料によって、違った性質が付くの。それがあたしの『エレメントワーク』。昨日は一瞬の事故だったから、使う間も無く崖から落ちちゃったけどね」


「かっこいいです……!」


「そう? ありがと。さてと……あいつらも諦めて帰っただろうし、後は……」


 フィオさんは下の方を見回す。降りる場所を探しているのだろうか。


「ま、この辺でいいかしら。しっかり掴まっててよ」


 フィオさんはそう言って、私を抱き寄せる。あったかい……フィオさんの体温が、手から伝わってくる。


 マントを下敷きにして、私たちはゆっくり森の中へ再び降りていく。マントが葉や枝をかき分け、私たちを守りながら落ちてくれた。


「あ、マント引っかかった……ま、とりあえず降りてから取ろうかしら」


 そう言ってフィオさんは、枝に引っかかったマントを手放した。私も一緒に飛び降りる。


 そして、緑に包まれた世界に戻って来た時。


「……あ、崖」


 フィオさんが呟く。


「へ? ……あ、崖」


 私も同じ言葉を呟いたことに気がついた、その刹那。


「「わあああぁぁぁっ!?」」


 私たちは地獄へ落ちるように、崖下へと落っこちていった。


 あれ? なんかこんなの、どこかで見たような……!? やばい、落っこち




 ____________________________________

「なあハーティ、知ってるか?」


「何ですか、姉様?」


「神様はあたしたちをいつも見てて、試練を与え続けてるんだってさ」


「試練を……?」


「ああ。例えば、そうだな……そうそう。神様は時々、あたしたちの周りの人間に化けて現れるんだってさ。それを見抜けた人は、知恵と深い絆を持つ強い人間だって、認めてもらえるんだ」


 だから。姉様はそう言って、私の頭を撫でる。


「友達を持ったら、その子の良いところ悪いところ、しっかり知ること。それで、『繋がり』を大切にするんだ。過ごした時間も場所も関係なく、繋がりはきっとあるから。お前のその子が、本当に友達ならな」




 ____________________________________

「んん……」


 あれ……私、何を……うぅ、頭が重い……。


 痛みをこらえながら、私はゆっくり起き上がった。眠気と気だるさに体が揺れる。しっかり立ち上がらなきゃ……。


 懐かしい夢を見ていた気がする。姉様の温かさが、記憶を超えて伝わって来ていた。


 ここは……? 分からない。さっき崖を下るように落ちて……あれ?


 その崖が、どこにも無い。辺りには太く長い木々がそびえているだけだ。人間だったら頼り甲斐がありそうな、力強いそのフォルムに囲まれると……とうしてだろう。帰って不安になってくる。


 フィオさんは? 子供たちを探しに来たのに、これじゃ私が迷子だ……。


 私、やっぱり1人じゃ……。


「あ、ここにいた。探したわよ」


 聞き覚えの深い声。振り返ると、木々の間からフィオさんが現れた。


「フィオさん……!」


「ほら、来て。早く帰るわよ」


「え、帰るって……」


 まだ子供たちを見つけていない。フィオさんも一人でここに来たし、見つけたような感じではない。なのに、帰るだなんて……。


「もうじき夜になる。そしたら今よりもっと危険になるわ。だから早く町に帰るのよ」


「でも、今探してる二人は……」


「諦めるしかないでしょ? 別にあたしたちが殺したわけじゃない。気に病むことないわよ」


 そう言って、フィオさんは淡々と歩き出す。


 違う。


「違います!」


「いやいや……何が違うのよ。ここで諦めつけないと……」


 フィオさんは、呆れたような顔で振り返る。


「そうじゃないです。違うっていうのは」


 違う。違うんだ。


「違うのはあなたです! あなたは、フィオさんじゃない!」


 私は彼女を指差し、強く言った。



『あんたはきっと、『心のヒーラー』になれる!』



 まるで、あの時のフィオさんのように。


 私は間違えたりしない。きっとフィオさんも、間違えない。


「私は見間違えません……フィオさんは、そんな事言う人じゃない! フィオさんはもっと強い人です! 自分のことも、人のことも否定なんてしない! 私に夢をくれて、私の夢を後ろから押してくれて……」



『あんたが『心』なら、あたしは『体』よ!』



 彼女はそう言ってくれたんだ。私が諦めない限り、きっと、彼女だって諦めないでくれる。


 そう言う人なんだ、フィオさんは。たとえ友達になってから短くたって、それは絶対に言える。


「私が諦めなければ、フィオさんは諦めないはずです! だからあなたは……フィオさんじゃない!」


 言いたいことは全て言い切った。


 フィオさんはしばらく動かなかったが、やがてゆっくりと微笑み。


「……正解よ」


 そう言った。そして……。


「……あっ!?」


 彼女の体は、ゆっくりと光に包まれ、消えていく。煙が天に昇るように、見えないほど小さい光の粒になって、空へ飛んで行ってしまう。


「え……幽霊!? もしかしてフィオさん死んじゃって……いやでも、このフィオさんは偽物だから……いやいや、そしたらこの人は誰!? えっと……」


「落ち着け、人間の娘よ」


「ひゃい!?」


 ええとええと、今のはおじいちゃんみたいな声で、フィオさんの声じゃなくて……。


 あれ? おじいちゃんの声?


「正解じゃ。さっきのオレンジ髪の娘は、あれは幻じゃよ。よくぞ見抜いた」


 この声はどこから……?


「あのー! どちらにいらっしゃるんですかー!?」


「ここじゃ、ここ。目の前を見上げてみぃ」


 目の前……? 目の前には、木しか……。



『それはマルトンに伝わる神木、『ヴィルドラシル』が……』



 ふと、宿屋のおばさんの言葉を思い出した。


「……あーっ! ヴィルドラシル……さん!?」


「そうじゃ、そうじゃ」


 ヴィルドラシルって、おじいちゃんなんだ……てっきり、綺麗なお姉さんか誰かかと……。


「残念じゃったのう、綺麗なお姉さんじゃなくて」


「え……心読めるんですか?」


「まあの。それよりも……」


 ヴィルドラシルはそう言って、一度咳込む。そして、また続けた。


「よくわかったのう。あの娘が幻じゃと」


「分かります。フィオさんとは……なんだか、心が繋がってるような気がしますから。それより、本物のフィオさんを知りませんか? それと……」


「それと、迷子の子供たちじゃな?」


 ヴィルドラシルがそう言うと、彼の体が突然、光り出した。


「案ずるでない。みな無事じゃ……子供たちはワシを探しに来て、お主と同じように崖から落ちた。お主が試練をクリアした祝いに、オレンジ髪の娘と共に傷を癒して送り帰そう」


 ヴィルドラシルが言った。


 ……痛い。頭がクラクラする……!


「すまんの。じゃが少しの辛抱じゃ。時期楽になる。神の世界から人間界へ送り返すには、ちと苦しみを伴うのじゃ」


 待って……神様の世界?


「あの……ヴィルドラシルさん……」


「すまんが、質問は答えんぞい。じゃが、ひとつだけアドバイスをやろう」


 意識が遠のいていく。その最中、ヴィルドラシルは言った。


「お主は、強い種を持ってある。しっかりと育てよ。そしていつか、世界を変えるほどの大きな木にせい。ワシに負けぬような神木にな。ふぉっふぉっふぉ……」




「シンボク!!」


「うわっ!? 何よ、起きて第一声がそれって……脅かさないでよ……」


 フィオさんの声だ。


「ここは……?」


「宿屋よ。良かった、目が覚めて」


 宿屋……戻って来たんだ。



 でも、どうやって? 確か森の中でヴィルドラシルに会って、それで……。


「フィオさん……見ましたか?」


「……ヴィルドラシルのこと? 見たわ。あんたもなの?」


「はい」


「そう。あの2人と一緒ね」


「2人……?」


 フィオさんは窓を指差す。


「ほら、あそこにいる子たち。リゴ君とミーアちゃん。あの子たちも会ったらしいわ」


 2人は町の人たちに囲まれている。抱きついているのは……あのお母さんだ。良かった、見つかったんだ……。


「ほら、起きたならさっさと外行くわよ。みんな、あんたが2人を助けたんだと思って感謝してるんだからね」


「え……でも、助けたのはヴィルドラシルで……」


「いいのいいの。あんたが行動したのが始まりなんだから、感謝されちゃいなさいよ!」


 始まり……私が、2人の子供を救えた。


 本当はヴィルドラシルのお陰だけど……。


 ちょっとは、誇っちゃって良いのかな?


「フィオさん……目指し始めて良かったです。心のヒーラー」


「……そうね。でもまだ、始まったばっかりよ」


 窓の奥を見つめながら、私たちは言葉を交わした。


 そこに映る景色、笑顔は……私への1番の報酬に思えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ