2-4「神木はそこに」
□Side Hearty□
「見せてあげる……あたしの『神授』!」
フィオさんはそう言うと、地面を強く踏みつけた。衝撃で土が凹み、何かが地中から飛び出す。
「これは……!?」
飛び出したのは、土だった。一直線に伸び上がってきた土は、1本の細長いロープのような形。フィオさんがそれを掴むと、土は本物のロープのような、薄茶色で縄目の姿になった。
「凄い……」
「これで逃げるわよ。捕まって」
フィオさんの言う通りに、私は彼女の胴をぎゅっと掴む。そして、フィオさんは右腕で思いっきりロープを振るった。ロープは空高く伸び、高くそびえる木の太い枝に巻きついた。そして、巻きついた先端は、枝に溶け込むように固まっていく。ドロドロの飴が固まるように、ロープは木にしっかりと固定された。
「行くわよ!」
「はい!」
オオカミたちが、喉を唸らせて急接近してくる。
同時に、細長かったロープは形状を変えて行く。土のロープは形状を変えてどんどん太くなって行き、その分長さは短くなって行く。短くなるにつれ、私たちの体は引っ張られるように、どんどん上空へ上がっていく。
オオカミが大口を広げる。朝から噛み砕かれそうになった刹那、ギリギリを避けて私たちの体が天高く浮かび上がった。
「よし、次は……」
フィオさんは木の幹に足をつけ、何かを横に広げるように、両足を外側へ払った。
すると木の表面が剥がれた。薄い木は横長に伸びて行き、綺麗な形の長方形の板になる。フィオさんは板の真ん中を太い木の幹に、両端に両足を乗せる。
「手ぇ離して! 跳ぶわよ!」
「えぇ!? は、はい!?」
返事して、ロープを握っていた手を緩めるそしてフィオさんは、板の反動を生かして、横向きに強く跳んだ。
フィオさんは掴んでいたロープを、勢いが強くついたところで手放す。そのエネルギーも上乗せされ、私たちの体は彼方へと飛んでいく。風に揺れる木の葉へ、突き刺さるように向かっていく。私は思わず目をつむった。
風を切って上昇した私たちは、そのまま……。
「き……木の上まで飛んじゃってますよぉ!?」
眼前には木の幹。木のてっぺんの、更に数メートル上まで飛んでいる。
「騒がないの! 任しときなさい」
フィオさんはそう言い、今度は高速で上着を脱ぎ、シャツ一枚になった。そして、その上着を両手で伸ばす。
上着は絨毯のように、空に寝そべった。そして……。
「……飛んでる……?」
絨毯じゃなく、マントみたいだ。私たちを乗せながらも、風に乗って軽々と飛んでいく。気付けば、さっきのオオカミたちからもかなり離れていた。
「落下が緩やかになってるだけよ。少しずつだけど落ちてる……まあ、これがあれば落ちても痛くないけどね」
土はロープに。木は板に。服はマントに。すごい……まるで魔法だ。
「原料によって、違った性質が付くの。それがあたしの『エレメントワーク』。昨日は一瞬の事故だったから、使う間も無く崖から落ちちゃったけどね」
「かっこいいです……!」
「そう? ありがと。さてと……あいつらも諦めて帰っただろうし、後は……」
フィオさんは下の方を見回す。降りる場所を探しているのだろうか。
「ま、この辺でいいかしら。しっかり掴まっててよ」
フィオさんはそう言って、私を抱き寄せる。あったかい……フィオさんの体温が、手から伝わってくる。
マントを下敷きにして、私たちはゆっくり森の中へ再び降りていく。マントが葉や枝をかき分け、私たちを守りながら落ちてくれた。
「あ、マント引っかかった……ま、とりあえず降りてから取ろうかしら」
そう言ってフィオさんは、枝に引っかかったマントを手放した。私も一緒に飛び降りる。
そして、緑に包まれた世界に戻って来た時。
「……あ、崖」
フィオさんが呟く。
「へ? ……あ、崖」
私も同じ言葉を呟いたことに気がついた、その刹那。
「「わあああぁぁぁっ!?」」
私たちは地獄へ落ちるように、崖下へと落っこちていった。
あれ? なんかこんなの、どこかで見たような……!? やばい、落っこち
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「なあハーティ、知ってるか?」
「何ですか、姉様?」
「神様はあたしたちをいつも見てて、試練を与え続けてるんだってさ」
「試練を……?」
「ああ。例えば、そうだな……そうそう。神様は時々、あたしたちの周りの人間に化けて現れるんだってさ。それを見抜けた人は、知恵と深い絆を持つ強い人間だって、認めてもらえるんだ」
だから。姉様はそう言って、私の頭を撫でる。
「友達を持ったら、その子の良いところ悪いところ、しっかり知ること。それで、『繋がり』を大切にするんだ。過ごした時間も場所も関係なく、繋がりはきっとあるから。お前のその子が、本当に友達ならな」
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「んん……」
あれ……私、何を……うぅ、頭が重い……。
痛みをこらえながら、私はゆっくり起き上がった。眠気と気だるさに体が揺れる。しっかり立ち上がらなきゃ……。
懐かしい夢を見ていた気がする。姉様の温かさが、記憶を超えて伝わって来ていた。
ここは……? 分からない。さっき崖を下るように落ちて……あれ?
その崖が、どこにも無い。辺りには太く長い木々がそびえているだけだ。人間だったら頼り甲斐がありそうな、力強いそのフォルムに囲まれると……とうしてだろう。帰って不安になってくる。
フィオさんは? 子供たちを探しに来たのに、これじゃ私が迷子だ……。
私、やっぱり1人じゃ……。
「あ、ここにいた。探したわよ」
聞き覚えの深い声。振り返ると、木々の間からフィオさんが現れた。
「フィオさん……!」
「ほら、来て。早く帰るわよ」
「え、帰るって……」
まだ子供たちを見つけていない。フィオさんも一人でここに来たし、見つけたような感じではない。なのに、帰るだなんて……。
「もうじき夜になる。そしたら今よりもっと危険になるわ。だから早く町に帰るのよ」
「でも、今探してる二人は……」
「諦めるしかないでしょ? 別にあたしたちが殺したわけじゃない。気に病むことないわよ」
そう言って、フィオさんは淡々と歩き出す。
違う。
「違います!」
「いやいや……何が違うのよ。ここで諦めつけないと……」
フィオさんは、呆れたような顔で振り返る。
「そうじゃないです。違うっていうのは」
違う。違うんだ。
「違うのはあなたです! あなたは、フィオさんじゃない!」
私は彼女を指差し、強く言った。
『あんたはきっと、『心のヒーラー』になれる!』
まるで、あの時のフィオさんのように。
私は間違えたりしない。きっとフィオさんも、間違えない。
「私は見間違えません……フィオさんは、そんな事言う人じゃない! フィオさんはもっと強い人です! 自分のことも、人のことも否定なんてしない! 私に夢をくれて、私の夢を後ろから押してくれて……」
『あんたが『心』なら、あたしは『体』よ!』
彼女はそう言ってくれたんだ。私が諦めない限り、きっと、彼女だって諦めないでくれる。
そう言う人なんだ、フィオさんは。たとえ友達になってから短くたって、それは絶対に言える。
「私が諦めなければ、フィオさんは諦めないはずです! だからあなたは……フィオさんじゃない!」
言いたいことは全て言い切った。
フィオさんはしばらく動かなかったが、やがてゆっくりと微笑み。
「……正解よ」
そう言った。そして……。
「……あっ!?」
彼女の体は、ゆっくりと光に包まれ、消えていく。煙が天に昇るように、見えないほど小さい光の粒になって、空へ飛んで行ってしまう。
「え……幽霊!? もしかしてフィオさん死んじゃって……いやでも、このフィオさんは偽物だから……いやいや、そしたらこの人は誰!? えっと……」
「落ち着け、人間の娘よ」
「ひゃい!?」
ええとええと、今のはおじいちゃんみたいな声で、フィオさんの声じゃなくて……。
あれ? おじいちゃんの声?
「正解じゃ。さっきのオレンジ髪の娘は、あれは幻じゃよ。よくぞ見抜いた」
この声はどこから……?
「あのー! どちらにいらっしゃるんですかー!?」
「ここじゃ、ここ。目の前を見上げてみぃ」
目の前……? 目の前には、木しか……。
『それはマルトンに伝わる神木、『ヴィルドラシル』が……』
ふと、宿屋のおばさんの言葉を思い出した。
「……あーっ! ヴィルドラシル……さん!?」
「そうじゃ、そうじゃ」
ヴィルドラシルって、おじいちゃんなんだ……てっきり、綺麗なお姉さんか誰かかと……。
「残念じゃったのう、綺麗なお姉さんじゃなくて」
「え……心読めるんですか?」
「まあの。それよりも……」
ヴィルドラシルはそう言って、一度咳込む。そして、また続けた。
「よくわかったのう。あの娘が幻じゃと」
「分かります。フィオさんとは……なんだか、心が繋がってるような気がしますから。それより、本物のフィオさんを知りませんか? それと……」
「それと、迷子の子供たちじゃな?」
ヴィルドラシルがそう言うと、彼の体が突然、光り出した。
「案ずるでない。みな無事じゃ……子供たちはワシを探しに来て、お主と同じように崖から落ちた。お主が試練をクリアした祝いに、オレンジ髪の娘と共に傷を癒して送り帰そう」
ヴィルドラシルが言った。
……痛い。頭がクラクラする……!
「すまんの。じゃが少しの辛抱じゃ。時期楽になる。神の世界から人間界へ送り返すには、ちと苦しみを伴うのじゃ」
待って……神様の世界?
「あの……ヴィルドラシルさん……」
「すまんが、質問は答えんぞい。じゃが、ひとつだけアドバイスをやろう」
意識が遠のいていく。その最中、ヴィルドラシルは言った。
「お主は、強い種を持ってある。しっかりと育てよ。そしていつか、世界を変えるほどの大きな木にせい。ワシに負けぬような神木にな。ふぉっふぉっふぉ……」
「シンボク!!」
「うわっ!? 何よ、起きて第一声がそれって……脅かさないでよ……」
フィオさんの声だ。
「ここは……?」
「宿屋よ。良かった、目が覚めて」
宿屋……戻って来たんだ。
でも、どうやって? 確か森の中でヴィルドラシルに会って、それで……。
「フィオさん……見ましたか?」
「……ヴィルドラシルのこと? 見たわ。あんたもなの?」
「はい」
「そう。あの2人と一緒ね」
「2人……?」
フィオさんは窓を指差す。
「ほら、あそこにいる子たち。リゴ君とミーアちゃん。あの子たちも会ったらしいわ」
2人は町の人たちに囲まれている。抱きついているのは……あのお母さんだ。良かった、見つかったんだ……。
「ほら、起きたならさっさと外行くわよ。みんな、あんたが2人を助けたんだと思って感謝してるんだからね」
「え……でも、助けたのはヴィルドラシルで……」
「いいのいいの。あんたが行動したのが始まりなんだから、感謝されちゃいなさいよ!」
始まり……私が、2人の子供を救えた。
本当はヴィルドラシルのお陰だけど……。
ちょっとは、誇っちゃって良いのかな?
「フィオさん……目指し始めて良かったです。心のヒーラー」
「……そうね。でもまだ、始まったばっかりよ」
窓の奥を見つめながら、私たちは言葉を交わした。
そこに映る景色、笑顔は……私への1番の報酬に思えた。




