2-2「心のヒーラー?」
*Side Fio*
「あんたはきっと、『心のヒーラー』になれる!」
「心の……ヒーラー……?」
……あ。やば、つい熱く言い放っちゃった……。
周りの数人の人たちの視線を感じる。そしてハーティも、口を開けて分からなそうにこっちを見つめている。やめて! そんな目で見ないで恥ずかしいから!
「ええと……つまりねえ……」
あれ? 何言おうとしてたんだっけ? やばい思い出せない……なんか変な汗出てきた……。
「……つまり! ヒーラー諦めんのはまだ早過ぎるって話よ!」
「でも、私ヒールなんて……」
「違うわ。確かにあんたはヒールなんて持ってない。でもね、代わりに持ってるものがあるのよ」
「持ってるもの……?」
「そう。あんたは外傷は治せない。でもね、それ以上にすっごい『心の力』を持ってるのよ。それはあたし自身、身をもって感じたわ」
「だからね!」あたしは続ける。
「あんたは心のヒーラーになりなさい。それで世界一のヒーラーになって、あんたを否定した人を見返してやんなさいよ! 誰だか知らないけどね!」
決まった……なんてね。ちょっとイタイタしいけど。
「……フィオさあん!」
「ふぇ!?」
ハーティがこっちに突っ込んできた。ちょ、こんな所で抱きつくな!ぎゅっとするなあっ!
「ちょっと、何よいきなり……」
「だって、フィオさん……!」
そう言うハーティの声は霞み、震えていた。もう、落ち込んだり泣いたり忙しい子ね……。
「……分かりました。私、やってみます! 心のヒーラー!」
「……分かったんなら、いい加減抱きつくのやめてくれない?」
「あ……ごめんなさい」
夜空の雲は消え去り、三日月が可能性の色に光っていた。
□Side Hearty□
-翌朝-
「……んん」
部屋が明るい。朝がやってきたんだ。私はベッドの上から体を起こす。部屋のレーネックスも既に目を覚ましていて、今は朝ごはんをポリポリと食べている。
「あ、やっと起きた。おはよ」
「おはようございます」
んんー……声を漏らしながら、私は両腕を高く、背筋をぐーっと伸ばす。みんな毎朝、無意識にやってしまうことだ。
7時半……昨日の夜は9時過ぎぐらいに寝たはずなのに、随分と長く寝ちゃっていた。昨日色々ありすぎて、疲れていたのかもしれない。
そういえば服は……あっ、宿屋のパジャマ借りたんだった。寝ぼけて忘れてた。
「さ、早く着替えなさい。食べに行くわよ」
「食べるって……?」
「美味しいもの!」
「はあい、お待たせ」
宿屋のおばさんが、私たちのテーブルに料理を置く。トマトスープといっしょに出てきたお皿の上には、ハムエッグとトマト、それから良い色に焼けた食パンが乗っている。バターの香りが鼻を撫で、お腹を鳴らす。
それだけじゃない。食パンの表面の薄焦げな部分は、大きな木の形を描いている。狙って描いたとしたら、すごく巧みな技だ。それとも、こういう形の金網か何かを使って焼いたのかな?
「この木って、何がモデルなんでしょうか?」
「さあね。でも、こういうとこの料理って、その町の名物とかがよく出たりするわよ。有名な木か何かなんじゃない?」
「その通り!」
おばさんが答えた。厨房のすぐ近くのテーブルに座ってるから、食べながらでもお話ができる。
「それはマルトンに伝わる神木、『ヴィルドラシル』がモデルさ。私たちにとっての神様みたいなもので、みんな信仰してるんだよ。なにせこの地を作ってくれた『始まりの樹」だからね」
「ああ、聞いたことあります」
そうだ、小さい頃読んだマルトンの本。それに載っていたあの木が、きっとヴィルドラシルだったんだ。
「ヴィルドラシルって、どこに生えてるの? 記念にちょっと見ていきたいんだけど」
「いや? どこにも生えてないよ」
おばさんの返答は、まるで当たり前のことを言っているような口調だった。
「ヴィルドラシルがそびえ立ってたのは、もう数百年も前の話だよ。今はもう役目を終えて、他の生き物には見つけられない場所で、穏やかにいきてるのさ」
「じゃあ、今生きてる人は誰もヴィルドラシルを見たことないわけ? それなのにみんな大切に讃えてるのね……」
「それはきっと、ご先祖様たちの心が受け継がれてるからさ」
「心?」
心。その言葉を聞いて、私は昨日のことを思い出した。
「ご先祖様たち……数百年前の人たちは多分、ヴィルドラシルを見ていたんだろうね。その人たちの感謝の心が、私たちに受け継がれてきた。だからみんな、ヴィルドラシルを見ていなくたって、心から信じることができるんだ。お爺さんお婆さんからの贈り物なんだよ、この信仰心は」
……やっぱり、心って素敵なものだ。
思いが人から人へ伝わる。願いが届く。心がそれを可能にしてるんだ。きっと形ないものだからこそ、そんな凄いことが出来るんだと思う。
そして……フィオさんが言っていた、『心のヒーラー』。今の私には、それがどんなものなのかは分からない。何をすれば良いのかも。
だけど、心を癒せるなら。そんな素敵なものに寄り添えるようになるなら。
そんなことができたなら、それはもしかしたら、どんな神授よりも素敵なのかもしれない。
「……食べるのおっそいわね、あんた……」
フィオさんの声で、物思いから覚めた。あれ……フィオさん、もうほとんど食べ終わってる。あれ……私のごはん、全然食べてない。
あれ……私、ずっと考え事しちゃってた。
「早く食べちゃわなさい。しっかり力つけて、頑張るわよ」
「頑張るって、何をですか?」
フィオさんは立ち上がり、言った。
「……きっとあんたが、経験したことないものよ!」