#7-4「命懸けのホラーショーにて」
「申し遅れました。人形にしてこの館の主人代理……ミルカと申します」
幽霊屋敷の少女は、慣れた動きでスカートをたくし上げ一礼した。彼女が制止しているのか、さっきまで跳ね回り暴れ回っていた幽霊 (なのでしょうか)達も今は動きを止め、佇んでいる。
「主人代理……だと……!?」
「そこじゃないでしょ」
ユイナちゃんにフィオさんがつっこんだ。
「それじゃあ、森であたし達を迷わせたのもアンタなの?」
フィオさんはミルカさんの方に向き直って尋ねた。さっきまで4人で騒ぎ立てていたのが嘘のように、冷静で恐れの無い目つき。
「はい。あなたは大して怖がらないのですね」
「アンタのおかげでね。ワケわかんない悪霊に襲われたらヤバいって思ってたけど、アンタ言葉で交渉できそうだもの」
「あ、あの! 私達急がなきゃいけないんです。森から出していただけませんか?」
私もようやくこの事態に慣れてきて、彼女に一言言うことができた。目的は分からないけれど、とにかくこんな所に閉じ込められている場合じゃない。ステラちゃんのために、先を急がないと。
「そうはいきません」
だけど、期待していた答えは返って来なかった。
「ま、これで帰してくれるなら、わざわざ閉じ込めないわよね」
「ええ。ミルカ達はあなた方人間の魂を頂きたいのですから」
「ひいっ!?」
「やっぱそういうパターンか……」
やれやれと頭を掻くフィオさんの側に、こっそりと歩み寄る人影があった。
「フィオっち、どうしようこれ」
ステラちゃんが恐る恐る、こちらに近寄ってきていた。さっきまでの明るい笑顔から一変した、すごく不安げな表情で。
「どうもなにも、魂取られるなんて御免よ。ユイナ! やるわ……よ……?」
ユイナちゃん。そうだ、ユイナちゃんなら勝てるかも! さっきミルカさんを叩いていたし、彼女に攻撃がちゃんと効くことも分かった。見たところ幽霊屋敷の支配者は彼女みたいだし、彼女に勝てれば他の幽霊も止まるかも。
それなら、今あそこでミルカさんの隣にすり寄って媚を売って寝返ろうとしている、ユイナちゃんが戦ってくれたら……!
「……って何してるんですか!?」
「審議の結果、この人の魂はいらないことになりました。竜の魂なんて食べたことないですし、体に悪いかもしれないのです。残りの3人を捕まえたら見逃してあげましょう」
「ウヒヒッ……そういうことでさぁ旦那」
「アンタ裏切るの!?」
「悪いねみんな。こういうみんなで館に迷い込むホラー展開はね、大抵1人しか生き残れないんだよ!」
「それ言うなら、アンタのその枠は真っ先に死ぬでしょうに……」
フィオさんの二言目は、ユイナちゃんに聞こえないような小声だった。
「では皆さん。やっちゃってください」
「フヘヘヘヘ!! エモノダァ!!」
「オレタチハハンター!! ヒャハハハ!!」
「おっしゃあー! 僕の第五の人格が目覚めるぜー!!」
ミルカさんが手を上げて合図すると、大勢の幽霊達と私達の身内のドラゴンは、一斉にこちらへ突っ込んできた。
「に……逃げろおおおおおおお!!」
「はいいいいいいいいっ!!」
「逃げるしいいいいいっ!!」
足を止めれば死ぬと言う共通認識の元、私達は一斉に駆け出した。
「フィオっち!」
ステラちゃんは声を上げた。私達が飛び込んだ東の廊下から、反対側の西の廊下へ向けて。独りになってしまったフィオさんに向けて。
だけどすでに幽霊達は二手に分かれ、私達の後を付けて来ている。ここで引き返したらそれだけでお終いだ。
「フィオさんなら大丈夫です! とにかく逃げなきゃ……!」
「そ、それなー!」
私はステラちゃんの手を取って前を走った。広く長く薄暗い廊下に、石の床を駆け抜ける足音が響く。それを聞きながら私は考えを巡らせた。彼らの言う「魂を奪う」とはどういうことなのか。フィオさんと落ち合うにはどうしたらいいか。そもそも、このお屋敷のどこへ逃げればいいのか──
「はぎゃっ!?」
「ハーちゃん!?」
床に頭をぶつけてから、自分が転んだことに気がついた。考え事に夢中で、廊下の小さな段差に気づかなかったのだと今理解した。
「フハハハハ!! オイツイタゾオオオ!!」
はっとして振り返る。そこには高級そうな銀の甲冑。頭部の空洞の中に目のように灯る、青色の光。鎧の幽霊は空っぽの腕で、私の頭に錆びついた大斧を振り下ろそうとしていた。
「コイツデ、オジョウチャンヲヤツザキニシテヤルヨ!!」
「ま……待って!! 八つ裂きになったら私の魂、無くなっちゃうと思います!!」
「ウルセェ!! シネエ!!」
「ひゃあああああっ!?」
ミルカさん!! 部下のマネジメントが全然出来てないです!! リーダーの指示に無い行動をしています!! やばっ、斧が降ろされ──
「光れっ!」
「グオオオオ!?」
ステラちゃんが庇うように私の前に立ち、幽霊の顔の前で指をパチンと鳴らした。途端に、火花のように閃光が飛び散った。
「クソ、マブシイッ……!」
「ハーちゃん、今のうち!」
「は、はいっ」
今度は逆にステラちゃんに手を引かれ、私は急いで走り出した。
「ニガスカッ」
突然正面から飛び出してきたのは、真っ白な死人。頭蓋骨の両目の穴に青い火を灯したスケルトンが、私たちを捕まえようと両手を広げて立ちはだかった。
「ハーちゃん下向いてて!」
「はいぃ」
言われた通り視線を90度落とす。視界には赤いカーペットしか映っていないけれど、再び響いた指を鳴らす音で、私は状況を理解した。
「邪魔! 臭い手でギャルに触んなし!」
「ガッ」
スケルトンの目をくらませ、ステラちゃんはその細すぎる白い腰を思い切り蹴飛ばす。ミシっという嫌な音と共に、軽い体が廊下の壁へ吹っ飛んで叩きつけられた。今どう見てもバラバラに砕け散ってたけど、殺人罪ではないはず。多分。
とにかく、ステラちゃんのおかげでなんとか助かった。長い廊下を駆け抜ける足音は、私達2人分だけ。まだこの辺りには、追っ手は来ていなさそうだ。
「ありがとうございます。ステラちゃんがいなかったら、どうなってたか」
「…………」
「ステラちゃん?」
「……え? あー、うん! 全然平気よ?」
不思議な間を開けて、ステラちゃんはそう答えた。
廊下の突き当たりまで走って、2人でそこにあった大きなドアを開けた。
「ここは……食堂でしょうか」
随分と広い部屋だった。3列並んだ長いテーブルの上には、色褪せたお皿と銀のフォークやナイフ。
フォークやナイフ……?
「キエエエエエエエッ!!」
「ぎえええええええっ!?」
けったいな叫びに、けったいな悲鳴で返してしまった。そうだ、このお屋敷は食器だって襲いかかってくる……!
「フリソソゲー!!」
一番大きなフォークがそう叫ぶと、食器達はいっせいに上空へ浮かび上がった。ガラスの天井に差し込む月明かりが、彼らを妖しく輝かせる。
「…………空、から……」
「ステラちゃん、逃げましょう!」
わざわざ宣言してくれなければ、逃げ遅れて刺し貫かれていただろう。私はステラちゃんに呼びかけて、すぐさま踵を返して走り出した。
全速力。響く足音。だけど、その足音は一つだけだった。
「ステラちゃん!」
走っていない。どうしてか分からないけど、逃げてない! 私は慌てて後ろを振り返った。
「……あっ……」
ステラちゃんはぼんやりとそう呟いて、ただそこに立っていた。
足を止めて──違う、動けなくなっている。
「ステラちゃん!!」
ああ、また私の無謀グセが出た。考える前に、気づいたら体が動き出している。
「ハー、ちゃ」
「キャハアアアアアアッ!!」
ステラちゃんの掠れたような声が、巨大なフォークの狂気的な叫びにかき消される。
「……がっ……!?」
直後、槍で貫かれたような鋭い痛みを右肩に感じて、そして思った。
ああ。本当にここで命を落とすのかも、と。




