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#7-3「住居侵入罪及び殺人罪」

「これは……お屋敷……?」


 木々を抜けた先で、謎の白い建物の全貌が明らかになった。壁は古びて、窓ガラスはヒビだらけ。屋根は汚れて真っ黒で、腐ったツルがあちこちに伸びていた。そんな小突けば崩れてしまいそうな死にかけのお屋敷は、しかしその巨大さゆえ、未だに荘厳な雰囲気を放ち続けている。


「……これ……廃墟じゃないの? どう見ても怪しいし」


 正直、フィオさんの言う通りだ。脱出不可能な森の中にそびえ立つ古いお屋敷。


 これは、やっぱり。


「……お化け、出ちゃいますね」


「お化けぇ!?」


「「お化けー!?」」


 絶望と歓喜、2種類のリアクションがあった。ちなみに私も絶望側です。出来ればお化け、いないで欲しいです。


「いや……いやいやいやいや! いるわけないからっ!!」


「じゃあ、入ってみましょうか。あんまり気が進まないですけど……」


「い、いるわけないけどっ!! 危ないからっ!! 不法侵入だから駄目!!」


 手をブンブンと振って、フィオさんは必死に抗議している。かわいい。ちょっと怖くなくなってきたかも。


「それはそうですけど……でも、2人がもう」


 そう言いながら、私はふとお屋敷の扉の方を見た。2人の女の子が、断りもなく扉に手を伸ばしているのが視界に入ったから。


「おー、開いた」


「うぇーい! ゴーゴー」


「ゴーじゃない!! ストップ!!」


 正面から堂々と立ち入ろうとするユイナちゃんとステラちゃんを止めるべく、フィオさんは勢いよく駆け出した。だけどちょっと間に合わなさそうだ。2人がひょいっと中へ一歩踏み出すと、扉がひとりでにガタンと閉じて。


「あっ、ちょっと──」


「「わあああああああああっ!!!」」


「!?」


「ひゃっ……!」


 その直後。2人分の叫び声が中で響いて、フィオさんは驚いて一歩飛び退いた。私も脅かされて変な声が出てしまった。そんな、まだ入って一瞬なのに。一体、あそこには何が。


「ユイナ!? ステラ!? ハーティ行くわよ!」


「は、はいっ!」


 途端にフィオさんは目の色を変えて、私の腕を引いて走り出した。冗談では済まなくなったのは私も分かっているから、急いで気持ちを切り替えてついて行った。


「よし、開いてる……!」


「ユイナちゃん! ステラちゃん!」


 中に入った途端、視界が異常に包まれた。


「……夜……?」


 一瞬、目が見えなくなったのかと錯覚した。屋敷の中は外とは打って変わって真っ暗で、道なりに飾られたろうそくの火だけが頼りだった。


「アイツら、どこに……あっ!」


 フィオさんが指差した方に、私も目を向けた。薄暗いロビーの赤いカーペットに座り込んでいたのは、ユイナちゃんとステラちゃん……と、もう1人。


 もう1人?


「あっ!! ちょ2人とも見てくんね!? バリ可愛い子居たんだけど!!」


 ステラちゃんはそう言いながら、3人目の女の子の頭をなでなでしていた。


「………………」


「お嬢さん大丈夫? 迷子かな? 僕は迷子」


 ユイナちゃんのやけに低くてかっこいい声を無視するその女の子は、端正な顔立ちをしていた。黄緑のショートヘアは最高級品の糸のようにサラサラで、緑の瞳は宝石のよう。まるで精巧な人形だ。


「ビックリしたねー。屋敷入ったら、目の前にこの子いたんだもん。エモくね?」


「何もエモくないけど!?」


「エモー!」


「適当に乗るな! バカドラ!」


「何だとー!?」


「2人とも、知らない人の前でケンカは……」


 そう言って宥めようとしたけれど、やっぱりやめておいた。なんだかんだで2人は仲良しだから、いつも通りすぐに収まるはず。それより、目の前の迷子らしき子の方が肝心だ。


「私、ハーティって言います。あなたは? お父さんとお母さんは一緒じゃないですか?」


「………………」


 私たちよりひとまわり歳下に見える女の子は、未だだんまり。怖がるそぶりが無いのは幸いだけど……。


「あのー……」


「真っ暗だし怖いんじゃね? 任してー」


「ステラちゃん?」


 いいからいいからー、と言って、ステラちゃんは人差し指を掲げた。むむむっ、と力を込めると、彼女の人差し指はだんだんと白く。


「わっ……!」


 もとい、明るくなっていった。


「これがあーしの神授。力込めると、こうやってピカーって光を作れんの。それだけだけどね」


 それだけと言っても、その光はかなり大きなものだった。ろうそくの火よりもさらに眩しい光のおかげで。今やロビーの様子は丸わかりだ。高い天井。カーペットの敷かれた、三方向に伸びた廊下。壁際のところどころに置かれた、ガラスや陶器の高級そうな品々。


 そして1人でに動き出している、鉄の甲冑やナイフやフォーク、そして火の玉。すごく賑やかだ。


「へ?」


「お?」


 私とステラちゃんの声が重なった。ふと後ろを振り返ると、フィオさんとユイナちゃんも噛み合ったまま固まっていた。


「「「「…………うわあああああああああ!?」」」」


 世界一嫌な四重奏である。私たちの悲鳴に呼応するように、ギャハハハハハと、甲冑たちが笑い出した。


「お、おお、お化けですうううううう!!!」


「あ、あ、アンタらなんとかしなさいよ!! さっきノリノリだったでしょ!! お、お、お化け平気なんでしょ!!」


「「無理いいいい!!!」」


「は……はぁ!? なんで!?」


 泣き顔で無理と訴える2人に、フィオさんは恐怖と困惑の混じった表情で怒鳴り返した。


「いやいやいやいや!! あんなん冗談とその場のノリだったに決まってんじゃん!! 僕お化けとか嫌だって!!」


「あーしも無理!! チョベリバ!! マジぴえん!!!」


 お化けたちはまだ笑い声をあげてばかりで、襲ってくるような様子は無い。だけど、何をしてくるか全く分からないのも事実だ。


「ステラちゃん! 光を出す神授で何とか出来ませんか!? こう……光属性は闇に強い、みたいな!」


「無理ぃ!! これ光属性じゃなくてマジただの光だし!!」


 大変だ……大変だけど、とにかく何とかしなきゃ。みんなで脱出する方法を……みんな……?


「そうだ、あの子っ……!」


 お人形のようなあの子も守らないと。無事を確かめるべく、彼女がさっきまで座っていた方をすぐさま見た。


 そこには、誰も居なかった。


「お探しですか?」


「!?」


 後ろからの声、そして、両肩を引っ張られるような感覚。


「ハーティ!」


 何が起きたか理解したのは、フィオさんのその声を聞いてからやっとだった。探していた少女は、なぜか私を背中から押さえつけていた。


「やっちゃってください」


「何が!? 何がですか!? やっちゃわないで!!」


「フッヒャハハハハハハ!! エモノダァ!!」


「獲物じゃないですうううう!!」


 笑い声をあげながら、空飛ぶナイフとフォークを手に取った空の甲冑が歩み寄ってくる。


「やめろっ!!」


「っ……」


「グッ!?」


 光線のような一撃。真っ黒な竜の手が、右手で甲冑を、左手で私の背中の女の子を捉えていた。


「ハーティ! 大丈夫!?」


「は、はい。すみません、ユイナちゃん」


「お前、よくも……」


 翼も生やして臨戦体制のユイナちゃんは、パンチで吹き飛んだ女の子を指差した。


「やっ、て……」


 果たして、あれは「女の子」と言うべきか。


 首が吹き飛んだ、デュハランの如きあの死体は。


「…………わああああああ!!! ユイナちゃんやりすぎですううううううう!!!」


「ええええええええええ!?」


 そんな……このままじゃ『神に嫌われたのかヒールを授かれませんでしたが、代わりに心のヒーラー目指して旅、始めましたが、住居侵入罪及び殺人罪により旅、終わりました』になってしまう……!


「どうしよどうしよ!! ハーティこれどうしたら良いの!?」


「落ち着いて……えと、えと……落ち着いてください!! 落ち着けば無罪です!!」


「んなわけなくない!?」


「ちょちょちょ、みんなあれ見て!!」


 あれ!? あれって!? ステラちゃんの唐突な叫びに反応して、私達は吹き飛んだ女の子の方を再び見た。


「え……ええぇ!?」


「ふぅ」


 はめた。彼女は、もげた自分の頭を、再びはめた。はめた? はめた!?


「申し遅れました。人形にしてこの館の主人……ミルカと申します」


 自己紹介と共に、ホラーショーは幕を開けたのだった。

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