表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/53

2-1「狐尾と夢の始まり」

 その地は、一本の大樹が作り出したと言い伝えられている。


 煌めく希望と燃える命で出来た神木、『ヴィルドラシル』。神が創世の時代に自ら作り出したとされる、『始まりの樹』。それは燃えるような紅の幹を持ち、世界を照らす黄色い閃光のような葉を茂らせ、古くからこの世界を見守って来たという。


 何も無かった砂漠に、この大樹がそびえた。ヴィルドラシルは未来への願いを込め、木々を生み出し、水を作り出し、生き物たちを豊かに繁栄させた。そして、いつしか人間の町が出来た頃。自らの役目を終えたヴィルドラシルは、巨大な森の奥底へと消えていった。今はそこで静かに眠るように、ただ穏やかに世界を見守っているという。




 -神木に抱かれる町 マルトン編-




 *Side Fio*


「づがれだぁぁぁぁぁ……」


 可愛い外見には似合わない、唸るような声を上げながら、ハーティはベッドに倒れこんだ。


 あれからあたしたちは、なんとかマルトンの町にたどり着き、宿屋にやって来た。時刻はもう、4時半を回っていた。2人ともまともに歩けず、最終的にはスライムみたく地を這って進んでいたりした結果が、この大幅な予定オーバーだ。必要なさそうな荷物は道の途中に捨てたりもしてしまった。


 ハーティは倒れこんでから、一寸たりとも動かない。まるで天命を全うして死んでしまったかのように、あるいは元から動いてなどいなかった、よく出来た人形のように、微動だにしていない。


 彼女は静止しながらも、呼吸のような微かな声を漏らしていた。寝息。彼女は一瞬で眠ってしまったようだ。


 疲労困憊の上、酷使した肉体がボロボロになっていれば、仕方ないことだが。


「まったく……」


 ベッドの端の方に、掛け布団が畳んで置いてある。あたしはそれを一枚とり、彼女の体の上にそっと被せた。彼女の口元がほんのちょっと緩んだ気がした。気のせいだろうけど。


「さてと……」


 この部屋は……綺麗に掃除されたテーブルに、しっかり洗ってあるベッド。鏡に棚に四角い窓、綺麗な花瓶……あ、大きなクローゼットも。


 うん、結構いい部屋ね。


 自分の左足を振ってみる。ハーティと違って疲労ではなかったお陰か、怪我で痛かった足も、ちゃんと歩けるぐらいには治っていた。多分、あたしは地を這う必要は無かった。


 よし、それならやる事は一つ。


「仕事仕事ー!」




 □Side Hearty□


 黒い微睡みの中に、一欠片の明るい光が舞い込む。光は私を何かに導くように、ゆらゆらと揺れる。


 光をしっかりと捉えようと、目をよく見開いた。眼前の景色はガラリと変わり、沢山の色の光が私の目に入って来た。身の回りのものは、太陽の光をその身に受けて光っているから、更にその光が反射し、目で見ることができるらしい。どうりでまどろみから覚めた直後は、明るい景色に少し目が痛む訳だ。


 そういえば、さっきの一段明るかった光は?


「クゥン」


 高く可愛らしい音……動物の鳴き声だ。


 声のした方を見ると、小さな獣がそこにいた。50か60センチぐらいの獣は、小さくて黄色い尻尾を上機嫌に振っている。よく見ると、尻尾は光を発しているように見える。


 この動物、本で見たことある!


 レーネックス。自然豊かな地域に生息する、黄色い狐の一種だ。4,5匹の群れで活動する彼らの最大の特徴は、その光る尻尾。これで暗い場所で仲間を探したり、色々なサインを出し合ったりしているそうだ。


 そして夜を照らせる彼らは、よく宿や店を営む人々に飼われ、明かりとして頼られているらしい。この子もその一匹だろう。赤く丸い首輪をしている。檻には入っていないけど、飼い主さんとの信頼関係が深いのか、逃げたりする気配はない。


 目の前のレーネックスは、私が起きたのに気づいたのか、こちらに歩み寄って来た。


 何故かフィオさんは出かけてて、部屋には私とこの子だけ……じゃあ!


「あの……さわさわして良いですか?」


 レーネックスはもう一歩近づいて、尻尾を縦に振っている。


 じゃあ、遠慮なく! さわさわ……凄い、柔らかい! 綿毛みたいな毛が気持ちいい! 夜までさわさわしたい! 毛布みたいに抱いて寝たい!


「ただいまー……あれ、何してんの?」


「ワタゲモウフ!」


「は?」


 無意識に変なこと言っちゃった……。ちょうどフィオさんが戻ってきて、ドアを開けたらしい。


「あ、ケツヒカリ触ってたのね」


「ケツ……レーネックスですよぉ」


「ああ、そんな名前だったの」


 フィオさんはそう言い、彼女用のベッドに腰掛けた。その手には一枚の紙を握っている。


「フィオさん、それは?」


「これ? 別に。明日言うわ」


 何だろう……何か書かれていて、メモのようにも見える。


「それより、早く行くわよ。あんまり遅くなると混んじゃうだろうから。もう6時回っちゃってるし」


「行くって、どこへ?」


 フィオさんは立ち上がり、言った。


「すっごく良さげなとこ!」




 *Side Fio*


 戸を開けると、湯けむりの登る大きな広間が姿を見せた。辺りのランプには火がともり、夕日にも似たオレンジの光で、辺りを優しげに照らしている。さっきのキツネみたいな生き物がいないこういう場所では、火が唯一の明かりになる。


「うぉぉ、おっきい……!」


 巨大な浴場には、既に十人ぐらいの先客が居た。それでも湯船は彼らの何倍も大きく、まだまだいけるぞと、お客を待っている。


 どこの町の宿屋にも、お風呂は必ずある。だから今までの町でもおっきな浴場は見てきたのだが……。


「ここのは一段と大きいわね……初めて見たわ、こんなの」


「そうですか? 私のうちもこんな感じでしたよ?」


 は?


 私の……うち?



「あんたの家、宿屋なの?」


 体を洗い終え、あったかいお湯に浸かってから、あたしは聞いてみた。


「違いますよ? 私は1人でか姉様とぐらいしか入りませんでしたけど、お手伝いさんたちがみんなで入ったりもしてたので、大きかったんです」


 表情を見るに、冗談で言ってるんじゃないらしい。お手伝いさんって……何者なのこの子?


「じゃああんたの家、すっごい金持ちだったわけ?」


「えっと……そうなんでしょうか。多分そうだと思います」


「じゃあ……誘ったあたしが言うのもなんだけど、こんなとこにいたらまずいんじゃない?」


「え?」


「え、って……金持ちの家のお嬢さんが急にいなくなったりしたら、大勢で探すに決まってるでしょ? あっちからしたら超大変だろうし……あんたが親に許可とって出かけたってんなら別だけど……そんな感じでもないんでしょ、実際?」


「……探さないですよ、きっと」


 ハーティは静かに言った。夕日が沈みつつあるからか、あたりは急に一回り暗くなった。穏やかなランプの光が、どこか物悲しく見える。


「昼間話しましたよね? 神授を授かれなかったってお話。私のうちはコロコ家……ヒーラーの名家なんです。なのに私がヒール系どころか、何も授かれなかったから……私は要らないって。だからきっと探さないです」


「そう……」


 それしか言えなかった。他に何を言えばいいか分からない。


 あたしは昔から親がいなかったから、ずっと普通の子が羨ましかった。ましてや大きな家に住む金持ちなんて、天と地ほどの差を感じてた。まるで違う人種みたいだって。


 でも、違うのかもしれない。ハーティみたいな子だって、深く悩むことがある。道は全然違っても、それぞれが押しつぶされそうな程、重荷を背負ってる。


 多分、この子じゃなくたって、みんなそうなんだ。細い道の上で孤独に押しつぶされて、悪意に足を引っ張られ、押し寄せる不安から逃げながら生きてる。


 でも……この子なら。


 翼を広げて、孤独な人間の道の上に降り立てるこの子なら。


 胸の奥から人を抱きしめてあげられる、この子なら。


「ハーティ!」


 あたしは強く名を呼び、言った。


「たとえヒールが無くたって、あんたなら治せるところがある!」


 そして、自分の胸を強く叩いた。


 『心』を。


「あんたはきっと……『心のヒーラー』になれる!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ