#7-2「白昼堂々、まいご」
「はい。これが地図ね」
みんなで入れるほど大きなトルテンドの木を見つけ、その幹の中で私達は話し合いを始めた。フィオさんが幹の床に地図を広げると、そこに私達の国の全体図が現れた。
「良い地図持ってんなー。読めないくせに」
「一生何も読めなくしてやろうか? アンタ」
「まあまあ……」
冗談に対して冗談になってない言葉を返す彼女をなだめつつ、私も地図に目を落とす。
この国の陸地は、たまごのような楕円形の島だ。私の故郷ジアンソは、南部に位置している。そこから東へ進むと、カナタさんたちのいるミュスカの街があり、このテンド森林があり、そしていくつかの町を超えた先にゴールのダイブブルーがある。ちなみに、首都である王都はたまごの一番上、北端に位置している。
「で? ステラの故郷はどこなの」
「んーとね……王都がここっちゅーことは……このへんじゃね?」
ステラちゃんが指差したのは、森から少し北東に進んだ場所。『星守里』と、地図には書かれていた。
「あんまり聞いたことない場所だけど……距離的には問題ないけど、普通に徒歩で行ける場所なの? 険しい道とか無い?」
「んー? 無いんじゃね? フツーに」
「んな適当な……」
「大丈夫だよー。道がしんどかったら、僕が飛んで運べば良いし」
「マジ!? ユイちん飛べんの!?」
ステラちゃんの視線が、地図からユイナちゃんへ一気に移った。というか、体ごとユイナちゃんにグイグイ行っている。
「うん! ほらコレっ!」
「うはーーー!! バリエモくね!? 飛んでるとこ見せて!?」
「良いよー! 行こうぜー!」
「ウェーイ! フィオっち、あとテキトーによろしくー!」
「あっちょっと、まだ終わってないって!」
「ゆ、ユイナちゃーん。危ないから遠くに行かないでくださいねー」
フィオさんの制止も気に留めず、2人は幹の会議室から出て行ってしまった。
「まったく……なんか、ハーティより心配になる子ね」
「えっ!?」
そんなバカな。それじゃまるで、私のことも心配で頼りないヤツだと思っているみたいじゃないか。
「とにかく、さっさと連れ戻さないと」
「むう……はい」
「やー! マジ楽しかったしー」
「そりゃ良かった」
「良くない! 30分も見つかんないとか、どんだけ遠く行ってんのよ!」
「えー? そんな遠出してたかなー……?」
「まあまあ、無事に見つかりましたし。ねっ」
楽しそうな2人と、楽しくなさそうなフィオさん。その間をどうにか取りもっているうちに、夕方が近くなっていた。今は森を抜けるため、再びみんなで歩き出したところだ。
「にしても凄いねユイちん。え? じゃもしかして、ハーちゃんとフィオっちも飛べんの!?」
「飛べるのは竜人のソイツだけよ。あたしは……ま、神授でこういう器用なことができるかな」
フィオさんは言いながら、地面の土を軽く踏みつけた。すると地面がぐらぐら揺らいで、一気に細いロープの形になって跳ね上がってきた。
「えーーバリヤバくね!? ねーハーちゃんは!? なんかある!?」
「えっ、わ、私ですか!?」
青い瞳をキラキラさせて、ステラちゃんが迫ってきた。飛べる、モノを作り変えられると来て、私。当然神授もすごい力も無いけど、何かやらないと。特に理由は無いけれど、流れ的に何かやらないと……! そうだっ!
「わ、私……舌が鼻にくっつくんです! べー! んー!!」
「ぶっ!!」
「きゃはははっ!! ハーちゃんすっご……あっはははは!!」
「ちょ、やめやめ! 綺麗な顔台無しになってるから! もう……くくっ」
なんだか想像以上に笑ってもらえている。顔が台無しらしいけれど。
「だー、はははっ……あー。そいや故郷の友達にもいたわー、それ出来る子」
なんと、星守里にも。着いたら挨拶しなければ。
「……そういえば、どうして星守里からこんな所まではぐれちゃったんですか? ステラちゃんは」
「あー。それねー」
返事の後一息ついて、ステラちゃんはまた口を開いた。
「実は、星が落ちてきたの。星守里に」
「星、が……?」
尋ねる私のかたわらで、ユイナちゃんとフィオさんも合点がいかないと言いたげな表情をしていた。
「そ。空からちっこい星が数えきれないほど落ちてきて……家が燃えて、あーしらは散り散りの場所に吹っ飛ばされた、的な?」
「そんな……」
家を焼き、人を襲った星。軽い口調で言うけれど、それはつまり災害だ。
「……心配だね。里のみんなのこと」
一瞬の静寂のあと、ユイナちゃんが横を歩くステラちゃんにそう言った。
「ん……でもさ! あーしなんか外で星におもっきしぶつかったのに、こうして生きてんだよね。だからさ、里のみんなもなんだかんだ無事なんじゃね? って思うワケ! 泣かない・喧嘩しない・諦めない、それが大事っ!」
ステラちゃんはそう言って笑った。寂しさも不安も無い、星のように輝く明るい声で。
「それじゃあ、頑張って早く里に帰らなきゃですね!」
「そゆこと、ハーちゃん!」
「…………それ、なんだけどさ」
歯切れの悪い言葉を、フィオさんが挟んだ。
「みんな、なにか気付かない?」
「気付くって何が……あっ!! フィオの胸が無い!! あー元からか!!」
「さっきから歩いてる、この森のことなんだけど」
大声でそう言ったユイナちゃんの首を締め付け、足が折れそうなほどきつく寝技をかけながら、フィオさんは私達に問いかけた。
「がっ……折れる、骨折れるって……強いのに怪我のせいで本気が出せないタイプのキャラになっちゃうって……」
「……そういえば、同じような場所をずっとぐるぐるしているような……」
「へ? 森ん中だし、似たよーな景色ばっかでもおかしくないんじゃね?」
「にしても変なのよ。木の太さや並び方も一緒な気がして……2人とも、ちょっとそこで待ってて」
「うぶっ」
昇天しかけのユイナちゃんを地面に放り出して、フィオさんはそそくさと森の奥へ駆け抜けてしまった。
「あっ、フィオさん! 迷子になっちゃいますよー!」
その声も届かなかったのか、あっという間に森の奥へ去って見えなくなる。足音すら聞こえなくなって、数十秒。
「フィオさん……」
「おっ、ハーちゃん大丈夫! あっちから戻ってきたよ!」
「本当ですか!?」
ステラちゃんが指差した後ろ側から、橙色の長髪を揺らしてフィオさんが帰ってきていた。
「フィオっち足バリ速くね? もう世界一周して戻って来たん?」
「流石フィオさんです……!」
「んなわけないでしょ天然ボケ共! 森に閉じ込められて、中でずーっとループしてたのよ、あたし達!」
「「えええーっ!?」」
「誰かの神授か、それともこの森に何か変なのが棲みついてんのか……ほらユイナ! 出番よ出番!」
フィオさんはユイナちゃんの元へ駆け寄り、小さな体を強くゆすった。自分で締め上げたのに、という言葉を私は発さずに飲み込んだ。
「……はっ!? お、お母さんが川で手振ってた…………」
「寝てる場合じゃないわよ! ちょっと空飛べるか試してみてくれる!?」
「な、何だよ急に! 僕のこと締め上げたヤツの言うことなんか聞きたくないね!」
ユイナちゃんはあっさりとつっぱねた。
「ユイナちゃん、私からもお願いしますっ!」
「あい分かった!」
ユイナちゃんはあっさりと聞き入れてくれた。
「あー、もうこの際手のひらクルクル回しても良いから! お願いね!」
「とうっ」
ユイナちゃんが背中に力を込めると、黒い翼がばっと姿を現した。10メートル以上の背丈の木々より更に高いところまで、彼女は跳んで、そして飛んでいく。
「あがっ!?」
だけど、飛び越えることは叶わなかった。一番高い木の先端に並んだ瞬間、彼女は壁のような見えない何かに頭をぶつけたのだ。この森は前後左右だけでなく、上空まで鳥籠と化していた。
「フィオー!! なんか上行けないんだけどー!!」
降下しながらユイナちゃんが言った。上がダメなら、きっと地面の下からも無理だろう。そもそも地面に潜りたくはないけれど。
「やっぱりね……だとしたら、あそこに行ってみるしかないか……」
「あそこ?」
フィオさんが指差した方を私も見た。と言っても、ここは大森林の真ん中。どこを見たって幹の茶色と、草木の緑と…………白……壁……?
「あっ! た、建物があります!」
何やら白くて四角い建物が、木々の奥、数十メートル先にかすかに見えた。森林とはミスマッチな、無機質な雰囲気だ。
「マジ!? 行ってみよーぜ!」
「ウェーイ! すいませーん!!」
「は!? ちょっと、2人とも!」
フィオさんの静止も聞かず、ユイナちゃんとステラちゃんは駆け出した。
「フィオさん、私達も」
「えっ!? でもあれ、どう見ても罠じゃ……」
「でも、このままここにいても堂々巡りです。行ってみませんか?」
「まあ……それもそうね。アンタ度胸ついたじゃない」
「えへへっ」
ちょっぴり嬉しくなりつつ、私はフィオさんと一緒に歩き出した。大丈夫。中に誰がいて何があるか分からないけど、4人一緒なら敵なしだ。
『…………エモノガキタゾォ』
え? 何か聞こえたような……エモノ? 獲物?
「ふぃ、フィオさん? 一回止まりませんか?」
「行くっつっといて何言ってんのよ。ほら歩く歩く」
「は、はいぃ……」
敵なし……なはず。




