#7-1「運命の邂逅」
□Side Hearty□
ミュスカの街で思い出を作った私達は、水の遊園地・ダイブブルーを目指して更に東へ。
「ふっふーん」
その道中、ユイナちゃんはテンアゲでブチアゲな様子だった。これ、最近覚えた庶民の女の子達の言葉です。
「上機嫌ね?」
「そりゃそーよ! これ、貰っちゃったもんねー!」
ユイナちゃんが自分の背中を指差した。そこには青い宝石を埋め込まれた、美しい弧を描く弓が背負われていた。
"天命の弓"。ミュスカで一番の音楽家に贈られたはずの記念品を、一番でもなんでもない私達が今、何故か持っている。
「カナタさん、本当に優しい人ですね。手助けのお礼だからって、タダで譲ってくれるなんて」
圧倒的なパフォーマンスで大会を制した"ソラカナタ"。その2人はしかし、"天命の弓"をユイナちゃんに躊躇いもなく譲ってくれたのだった。
「ねー! これで僕も晴れてドラゴンアーチャー……っと、と、と!?」
「ほら、気をつけなさいよ。さっきからこの辺、デタラメに木の根が張りまくってるから」
つまずいて転びかけるユイナちゃんを、フィオさんが落ち着いた声で諭した。
ふと足元を見下ろすと、雑草の間をぬって亀裂のような根がたくさん伸びていた。あるいは先にこの根が張っていたところに、後から子分のように雑草がちょこんと生えてきたのか。
ともかく、今私達がいる場所は、そんな植物達が生い茂る大きな森であった。
「ここが、テンド森林……」
天高く生い茂る緑。その隙間から差す陽に目を細めながら、私はふと呟いた。
テンド森林。その名は教養として知っていたけど、実際に訪れるのは初めてだ。
「たっっっかい木だなー」
「トルテンドの木ですね。幹は太くて高くて、表面からも裏側からも日光や水を得られるように、ところどころ穴が開いてるんです」
「ほへぇ」
いつか本で読んだ文章を思い出しながら、ユイナちゃんにそう語り聞かせた。幹に開いた丸い穴の内側は空洞で、太い幹なのもあって、人が入れそうな空間が確保されている。
「じゃあさ、誰か中に住んでたりして?」
「流石に生活出来る広さではないでしょ? いても動物か森の妖精よ」
なんてね、とフィオさんは最後に付け足した。確かに人が入れる空間ではあるが、本当に、ただ入れるだけ。せいぜい1人でギリギリ寝転がれるぐらいの広さで、この幹を家として使うのは少々厳しい。
「…………あれ?」
なので。散策しながらその幹を見つけた時、私は信じられなくて。
「……うぅ゛…………」
そんなうめき声も、最初は気のせいかと思って。
「え……?」
恐る恐る覗き込んで。
「……あぇ…………誰…………?」
幹の中で寝転がっていた、その女の子を見つけた時。
「ふぃ……ふぃふぃふぃ、フィオさあああん!!」
「ちょ……何!? 急に叫ばないでよ!」
「妖精!! 森の妖精さんいました!!」
「はぁ? 確かに妖精とか言ったけど、ホントにいるわけ……」
フィオさんが私の右横から、穴の中を覗き込んで。
幹の中の女の子と、フィオさんの目が合った。
「……いる!! 妖精いる!!」
「ちょちょい。何騒いでんのさっきから」
「ユイナちょっと見て! 森の妖精いたの!!」
「はぁ? 妖精いるとか、頭おかしくなったんじゃないの?」
未だ私達の話を信じていない様子のユイナちゃんが、私の左から穴を覗き込んで。
「……おぉ。なんか、3人になってね?」
そんなふうに1人言を言う女の子と、ユイナちゃんの目が合った。
「はぁ? 妖精いるんだけど、僕頭おかしくなったの?」
「大丈夫ですユイナちゃん! 私も見えてます!」
「……っていうか、妖精というより」
冷静に戻ったフィオさんが、言葉を挟んだ。
「これ、遭難者とかじゃない?」
「えっ?」
ソウナンシャ? 遭難者? 一旦そう想定して、この子を見てみよう。
ずいぶんぐったりとした様子。ボサボサ気味の金髪。汚れた服。クマのついた目。なるほど。
なるほどやばい!! 遭難してる人だ!!
「ふぃ……ふぃふぃふぃ、フィオさあああん!! 遭難者です!! どうしたら良いですか!?」
「さっきと同じ叫び方……とにかく、応急処置するわよ!」
「おー!」
ユイナちゃんが返事と共に、女の子を引っ張り出した。
「はむっ、もぐっ……ぷはー!!」
あれから10分。私達は女の子を介抱して、非常食としてカバンに入れていたパンを分けてあげたのだった。
「まーじで助かったしー! 卍な神対応あざすっ! てか神じゃねフツーに?」
「は、はいっ。元気になれたのなら良かったです」
「元気すぎよ……さっきまであんな死にかけだったのに」
限界状態から復活した女の子は、随分とハイテンションだった。2割ぐらい何をおっしゃっているか分からない時があるけれど、8割分かるからまあ大丈夫なはず。
「あーし、ステラ! 良かったら神ってるみんなの名前教えてちょ!」
ステラと、女の子はそう名乗った。
ツーサイドアップの金髪の中に数束混じった赤髪は、メッシュだろうか。クマがついてしまっているけれど、その上の青い瞳は綺麗に輝いている。服装は白と茶色を基調としていて地味めだけれど、その分首にかけた虹色の星のペンダントが引き立てられて綺麗だ。
「私はハーティと言います。こちらのかっこいい人がフィオさん、こっちの可愛い子はユイナちゃんです」
「おけまるー! ハーちゃん、フィオっち、ユイちんね! は〜……マジ感謝……マジ好きぴ……」
「あれ? なんかもうあだ名付けられてない?」
「いーじゃん! てか目が合った時点でもーダチじゃね?」
「あれ? なんかもう友達認定されてない?」
ステラちゃんの言葉に、次々ユイナちゃんが突っ込んだ。なんだかちょっと息が合ってるかも。
「で? アンタなんでこんなところで寝てた……ってか、ダウンしてたわけ?」
「あっ、それねー」
雑談もほどほどにと、フィオさんが問いかけた。
「実は旅……ってか、ぶっちゃけ遭難しててさー。荒野を往き、砂漠を往き、山を往き、森を往き……んで、体力が尽きてマジヤバで、腹ペコにもなって倒れてたー、的な?」
「なんで語尾が疑問系なのよ。アンタ今疑問に答える側だったでしょ」
ツッコまないであげて。多分、そういう口調の方なんです。
「そういや手ぶらすぎない? それで歩き回ってたの?」
今度はユイナちゃんが問いかけた。
「やーさ、マジ気がついたら知らん場所にいたってレベルのチョベリバ遭難でさー。どっち行けば帰れるかも分かんないワケ」
「そりゃまずい」
ユイナちゃんはそう反応を示して、フィオさんの方をチラッと見た。「これほっといたら危なくない?」というメッセージが、なんとなく読み取れた。
「まあ、そうね……ステラ。アンタが良かったら、あたしたちと一緒に来ない? 1人で歩くより安全だと思──」
「マジ!? いーの!?」
「ちょ、まだ最後まで言って──」
「神ー! 神すぎて一周回ってまた神! あざす!」
「あーもう! 話聞きなさいよ!」
「あはは……」
こうして行き当たりばったり気味に、旅の仲間が増えたのだった。




