#6-5「孤独な音色」
□Side Hearty□
「…………それが、アタシたちのお話」
長い物語の後、カナタさんは顔を伏せてそう言った。
"歌った物事が現実になる神授"を授かってしまった、少女の物語の後で。神授がその人を救うとは限らない──そんな、悲劇の後で。
「この腕は、ヒーラーの人でも治せなかった。完全に消し飛んじゃったものは、流石に治療しようがないってさ」
すでに傷口が塞がっていて、そこに初めから腕なんて無かったかのよう。そんな痛ましい左肩を撫でて、カナタさんは諦めたような声でそう語る。
「責任感じちゃったのかな……ミソラはそれ以来、ああやってマスクをして、歌わなくなって、一言も喋らなくなった。それからアタシは、ミソラに代わって1人で歌ってきた」
急ごしらえにしては、悪くない歌声でしょ?
そんなカナタさんの言葉に、私たちは何も答えられなかった。みんな音楽が好きなだけだったのに。誰も悪くないのに起きてしまった、取り返しのつかない事件。それに対して、なんと言えば良いのか分からなかった。冷たい夜風だけが、嘲笑うように辺りに吹きつける。
「……それは、ミソラへの未練なの?」
長い沈黙の後、口を開いたのはフィオさんだった。
「どうかな。それもあるかもしれないけど……でも、"今アタシでも出来ることで、何かを成し遂げたい"っていうのが一番なの。ギターの代わりに歌で一流になって、"アタシはちゃんと乗り越えられたよ"って……そう言いたいのかな」
優しい人。いつかフィオさんが私を優しいと言ってくれたけれど、私なんかより何倍も、何倍も、カナタさんの方が優しくて強い。
それなのに、どうしてカナタさんだったのだろう。どうして、2人が離れ離れにならないといけなかったんだろう。
「カナタさん──」
「ごめん。初対面の人に話すことじゃなかったね」
呼びかけようとした私の声は、彼女のそんな言葉にかき消された。
「気にしなくて良いから。明日も練習、頑張ろうね」
じゃあね──カナタさんに似合わない、震える声。
「カナタさん!」
「……?」
「わ……私、"心のヒーラー"を目指して旅をしてるんです! 悩んでる人の心を癒して、解決してあげられるヒーラーになりたくて……だから、気にさせてください! いくらでも相談してください!」
我ながら突拍子も無い言葉だ。
「……ふふっ、良い夢じゃん。分かった、頼りにしとくね」
そうして、半端な約束を交わしたまま。
宿の門限が会話を断ち切って、その夜はそれっきりだった。
翌朝。ううん、朝というより夜のつづきとも言うべきか。なにせ、昨日はあれこれ考えしまってあまり眠れなかったから。宿に戻ってからみんな会話も弾まなかったし、気分は上々とは言い難かった。
それと昨日、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐーるぐると考え抜いて、一つ思った。
「……ミソラさんともっと話さないと」
ミソラさんの想いもちゃんと知ってからでないと、部外者の私たちの行動なんて、何も引き起こせないに決まってる。
だけど、昨日走り去ってしまった彼女のお宅など分かるはずもなく。そして、そういえばカナタさんにも聞くの忘れてた、と今朝思い出して。結局こうして、静かな早朝の街を当てもなく散歩することになってしまった。
昨日までと打って変わって、朝の街はごくごく穏やかだ。
音を奏でるのは、私の靴の足音だけ。タン、タン、タン。ちょっと単調なリズムに飽きて、タタン、タタンとアレンジしてみたり。1人で何してるんだろうって、ちょっと恥ずかしくなったり。
ふと、それに弦の音色が混じってきたり。
「……ギター?」
うん、やっぱり聞き間違いじゃない。今、街道の奥の方からギターの音色がした。傷口をいたわるような、優しい音色。フィオさん、かな……でも、さっきぐっすり寝てたし……。
「ちらっ」
この先の小さな公園から音がする。公園を取り囲む柵の外から、そっと中を覗き込んでみた。
テレレン、テレレン。軽やかな和音を華奢な指で奏でるその女の子は、見覚えがあった。
「ミソラさん……!」
つい口に出してしまった。小声だったのでセーフ。ともかく、ギターを弾くのは白銀の髪の美少女こと、ミソラさんだった。パーカーとスカート、そしてマスク。寝巻きには見えない姿を見るに、毎日ここでギターを弾くのが日課なのかもしれない。
ところどころ絆創膏の貼られた指を、しかし器用に動かして、無言でひたすら演奏。ちょっと、ちょっとだけ近づいてみようか。
「そろ〜」
足跡を立てないように、ちょっとずつ。ミソラさんまで10メートル。8メートル。5メートル。3メートル。まだ気付かないんだ。1メートル。これで気が付かないことあるんだ。
私の神授は、実は透明化だったのかもしれない。今まで応援ありがとうございました。次回から「神に嫌われていなかったので神授、授かってました」をお楽しみください。
と、冗談はさておき。
「……………………、っ!?」
ビクッ!!!!!!!
そのくらいの表現が相応しい、幽霊でも見たかのような、そんな驚きぶりである。ようやく私に気づいたミソラさんは、ひっくり返るような勢いで仰天した。
(きょろ、きょろ)
「あっ……ビックリさせてごめんなさい。おはようございます。私のこと覚えてますか?」
(……こく)
よかった、覚えていてくれた。
「私、ハーティ・コロコって言います。色々あってバンドをやることになって、カナタさんに練習を見てもらってました。それで──」
「!」
カナタさん。その名前を聞いた途端、ミソラさんのギターを抱える手が震えた気がした。
「その……部外者が首を突っ込むことじゃないのは、分かってます。失礼なのも分かってます。でも、カナタさんから"ソラカナタ"のお話を伺って。どうしても、知りたくなったんです。ミソラさんが今、どうしてるのか」
(…………)
「あっ……喋らないようにしてるのも伺いました。良かったらこれ、使ってください」
そう言って、私はポケットに入っていた羊皮紙とペンをミソラさんに差し出した。「バイトで使うかもしれないから持っときなさい」と、フィオさんに言われていたものだ。
ミソラさんは困惑しながらも、しぶしぶそれを受け取ってくれた。ギターをわきに立てかけて、ペンを握る。
『どうして?』
ミソラさんは、綺麗な字でそう書いて私に見せた。どうして知りたがるのか、と。
「また、突拍子も無い話になってしまうんですけど……私、旅の途中でここに立ち寄ったんです。"心のヒーラー"……人の悩みに寄り添って、心を癒せる人間を目指して旅をしてます。だから、その……お二人のこと、放っておけなくて」
(……)
沈黙。
「それに、バンドを教えてくれるカナタさんに恩返しがしたいのもあります。それでお二人がまた、仲良しに戻れたら、なんて……す、すみません、勝手なことを言って」
また、長い沈黙。そして、ミソラさんはまたペンを握った。カリカリと音を立てて、声の無い言葉が紡がれていく。どんな返事が返ってくるのだろうと、つい緊張してしまう。
『ありがとうございます』
その言葉を見せて、ミソラさんはマスクを外して微笑んでくれた。可愛い笑顔。
余計なお世話だ、なんて言われたら潔く引き返そうと思っていた。だけど、私は想像していたよりも好印象でいられていたらしい。そして、少し考える素振りを見せた後、ミソラさんはもう一度文字を書き始めた。カリカリ、カリカリ。今度は少し長そうだ。
『かなちゃんは、怒ってますよね。私に』
「そんな……大丈夫です! カナタさんは怒ってなんかいないです! そうだ、聞いてほしいことがあって……」
そう言って、私はカナタさんの言葉を頭の中で思い出した。なるべく一語一句違わないように、彼女の想いを伝えないと。
「カナタさんがギターの代わりに歌を歌うようになったのは、ミソラさんのためなんです。カナタさんは、『自分が乗り越えた姿を見せたい』って言ってました」
それは、きっと。
「きっと、ミソラさんに伝えたいんです。『腕を失っても、自分は楽しく音楽ができてるよ。だから、もう責任を感じなくても良いよ』って……だからカナタさんはあんなに頑張ってて、カナタさんの歌はあんなに素敵なんだと思います」
伝えたいことを全て伝えて、私はふとミソラさんの方を見た。
沈んだその瞳が、かすかに震えていた。
「大丈夫です。他に誰もいませんよ」
(……、こく)
ミソラさんは頷いて、目元をそっと手で擦った。それでも溢れてしまった小さな雫が、頬を伝って滴り落ちる。一滴濡れてしまった紙に、ミソラさんは迷いながらゆっくりと文字を書いた。そろそろ紙が文字で埋まってしまう。新しいのを渡さないと。
「ミソラさん、やっぱり今も音楽がお好きなんですね。だから今日も、こうして、ギターを弾いて──?」
(……)
私の言葉が終わる前に、ミソラさんはそっと羊皮紙を差し出した。そして外したマスクを付け直して、また口元を封じ込めた。
『教えてくれてありがとうございます。正直、かなちゃんとまた組みたい気持ちはあります。でも、もう人前には出ないって決めたんです』
「え……」
カナタさんの思いは届けられたはずなのに。思いが届けばきっと、と思っていたのに。返答はそんな言葉だった。
「だ、大丈夫です! ギターを弾くだけなら、ミソラさんの神授もきっと発動しな……」
言いかけたその時、紙の裏に文章が続いていることに気付いた。
『かなちゃんが許したとしても、私にはもう、音楽をやる資格は無いんです。音楽は人を幸せにするものなのに、私はそれで親友を傷つけた。そんな私がまた人前で音楽をやるのは、自分の罪から目を逸らすのと同じです。だから、こうして独りの自己満足で演奏する以外、私はもう音に触れちゃいけないんです』
そうして、語ることは全て語ったと言うかのように、ミソラさんはギターを抱えて立ち上がった。
「待って……!」
「……っ」
一度だけ、頭を深く下げて。
「あっ……」
それっきり、ミソラさんは踵を返して走り去ってしまった。
「……自己、満足」
誰かとの音楽は許されない。自分がして良いのは、自己満足の孤独な演奏だけ。
だけど、それが本当にただの自己満足なら。
そんな、人に寄り添うような優しい音色になるわけがないのに。
助けを求めるような、悲しい音色になるわけがないのに。




