#6-2「いざセッションを」
□Side Hearty□
「と、ゆーわけで!」
と、何やらチラシを取り出したユイナちゃん。
「3日後のこの大会、出るよっ!」
「おおー!」
「おおーじゃないわよ! 3日!? 練習3日なの!?」
「人数も形式も自由で、優勝したら景品もあるってさ」
「聞け、話を!」
とはいえ、バンドには必須のものがあるわけで。
「そう言いながら、フィオさんも楽器持ってきたんですね」
「ま、一応ね……」
今さっき楽器を各々、お店から借りてきたところだ。
「僕はー……じゃん! これー!」
「今見せたみたいな言い方だけど。さっきからずっと見えてるわよ、そこのでっかいドラム」
ユイナちゃんが借りてきた黒いドラムは、彼女より大きく圧倒的な存在感。広場を通る人たちが、さっきから邪魔そうにしています。ご迷惑をお掛けします。
「故郷に似たような楽器あったんだよねー。割と同じカンジで叩けると思ってさ」
「あっ、私も同じです。小さい頃習ってたので……これ、持ってきました」
そう言って、私もじゃん、と2人に見せびらかした。
「ピアノ……じゃない、キーボードだ! なんか音変える奴も付いてるー!」
言いながら、ユイナちゃんはキーやボタンをあれこれ押し始めた。でも残念、私がさっきもうはちゃめちゃに押して遊んでます。初めては私のものです。
「良いものを貸してもらえました。フィオさんは?」
「あたしは……楽器とかやったことないし、とりあえずこれ借りてきたけど……」
ちょっと自信無さげなフィオさんの手元には、6本の弦。
「おー、ギターじゃん。じゃあパート被りは無いねっ!」
「むしろ被ってて欲しかったわよ……あたしだけ初心者なのバレバレになるじゃない」
「頼むよー。3日で仕上げて貰わなきゃ困るから」
「それはアンタのせいでしょうが」
ともかく、即興バンドがここに始動した。
「おおー……」
街はずれの空き地。ひとまず、そこで練習してみることになった。楽器は全部ユイナちゃんが運んでくれたので、なでなでしてあげました。
「………………!」
ギターの弦に指を重ね、指ではじいてフィオさんが音を奏でる。とりあえず、現時点でどのぐらい弾けるか見てみたところ──。
「すごいです! 素敵ですよフィオさん!」
「な、なんかめっちゃ上手い……特に理由も無いのに……」
「──────、Ah──!」
「なんか歌も上手い!? ムカつく!」
「ふふんっ、まあ才能かしら? 最近あんま目立ててなかったし、あたしがギターボーカルで前出てやろうかしらね」
「ぐぐぐ……」
勝ち誇った表情のフィオさん、すっごく悔しそうなユイナちゃん。あれ、私たち仲間なんだけどな。
「じゃ、じゃあ……一回、みんなで自由に合わせてみましょうか? 私もユイナちゃんもある程度出来てましたし」
「良いわね。じゃあユイナ、カウントお願い」
「はぁ? やだね」
「ユイナちゃん、お願いしますっ」
「はい行くよー!! ワン、ツー!!」
「何なのよアンタ」
「ワン、ツー、スリー、フォー!!」
さあっ、集中集中。
ピアノは一昨年までずっと弾いてきた。もう、見なくても鍵盤を操れる。このキーボードも、同じ要領で奏でられるはず。それなら大事なのは自分の演奏より、2人に合わせることだ。
ユイナちゃんのドラム……むむ、結構速……いや、今度はちょっと遅いかも。彼女と一緒でどこまでも自由。気まぐれな乱打に、規則正しい数式のような鍵盤のメロディーを乗せる。ドン、ドドドドド、ドン、なるほど……ほら、ちょっと形になってきた。
フィオさん……真面目で1音1音が丁寧だ。なら、どちらかというとこっちのキーボードにギターを合わせてもらって……あれ? そしたらユイナちゃんについて行けないから、合わせて……あっ、フィアさんだけ浮いちゃってるかも……あれ? あれれー?
どん、どどどん、じゃら……じゃーん。
「…………ふぅ」
3分強のセッションを終えて、鍵盤を叩く指から力と気が抜ける。一呼吸して、3人同時に口を開く。
「「「…………無理ぃ!!!」」」
無理です。ありがとうございました。
「ぜ、ぜんぜん3人で合わせられないです……どちらかについてくことは出来るんですが……」
「フィオのギターが真面目すぎるんだよー! 絶対お前、授業終わる寸前で先生に質問投げて授業引き伸ばすタイプの人間だろ!」
「はぁ!? アンタのドラムが遊びすぎなのよ! アンタなんか、休み時間終わってもボール片付けなくて、クラス全員巻き込んで先生に怒られるタイプでしょうが!」
た、た、大変なことに……。
「あ、あのっ、落ち着いて──」
「はいっ、そこまで! 仲間でしょー?」
「え?」
聞き知らぬその声が、私の言葉を遮った。
「喧嘩しないの!」
「あ、あなたは……」
知っている。なにせ、見たのはさっきぶり。
「ステージで歌ってた、カナタさん……?」
「あっ、そうそう。覚えててくれた?」
「はいっ、すっごく素敵でした!」
「えへへー。ありがとねー」
嬉しそうに薄黄色のサイドテールをいじりながら、カナタさんは微笑んだ。さっきのステージでの凛々しい姿とは裏腹に、無邪気な可愛らしい笑み。歳も、私たちと大きく変わらないように見える。
体を覆う白いローブの下には、黒のジャージのような衣装、首元には黄色のリボン。彼女がステージに立つ時のお決まりの衣装なのだろうか。
「さっきアタシの一つ前だった、めっちゃ正座してた子を見かけたからさ。ついて来てみたら、なんか……その、独創的なセッションしてるじゃん?」
独創的。本当に、この世にあって良かった言葉だ。
「お、お恥ずかしいところを……」
「あっ、いやいや! キーボードのキミはすっごい良かったと思う! ただー、2人がちゃんと仲直りしなきゃね」
「はあ……悪かったわね」
「しょうがないな。僕悪くないけど、ごめん」
「よし、オッケー!」
オッケーらしい。"僕悪くないけど"みたいな言葉は私の聞き間違いなのだろう。
「みんな、もしかしてバンド初めて?」
「は、はいっ。でも、目指してる本番が3日後でして……」
「ひょえー、初めて3日であの大会かー。全国級のコンテストなのに」
なんだか、すごい言葉が聞こえた気がする。私の聞き間違いではないはず。
「んー……じゃ、よかったらちょっとアドバイスしても良い?」
「あっ、はい…………えっ!? 教えてくださるんですか!?」
「結構面白くなりそうだからさ。えっとー、キミ、名前は?」
「ふんっ……ロッカーに名乗る名はいらないね」
「カナタさん、ユイナちゃんです。私はハーティです」
「ユイナは叩き続ける体力は申し分なしだねー。ただ、リズムパートとして正確さも欲しいかな……そこのペダル押してみて?」
「ペダル……あっ何これ!? なんか下にある! 気づかんかった!」
「そこを一定間隔で踏みつつ、その音に合わせて腕で色々鳴らしてごらん」
「りょーかいっ!」
だん、だん、だん、だん、すたたん。一定のリズムに軽やかなドラムの音が重なっていく。
「次、ギターの子! フィオだっけ? ここに自由に合わせて!」
「え? や、自由って言われても……」
「じゃ、テレレン、テレレン、テレレンのリズムね! 音は好きなように出して良いから!」
「わ、分かった……こう?」
8部音符3つに休符1つ、その繰り返し。弦の音がドラムに重なった。少しずつ音の高さと組み合わせを変えながら、音に色をつけるように鮮やかに響く。
「はい、最後ハーティ! 2人に合わせてメロディー作ってみて! 自分が主役だと思って!」
「え!? はっ、はいぃ!!」
え、えっと……メロディー、だから、綺麗にかっこよく……こう、神様がかっこよく戦うみたいな感じで……!
「おお……おおー! 3人とも息合ってるよ! 全部アタシの無茶振りだったのに!」
「テレレン、テレレン……はぁ!? アンタ無茶振りしてたの!? 素人に!?」
「──、──────! Ah──!」
「なんか陽気に歌い出したし!?」
吊り橋を渡るような私たちのギリギリセッションに、いつの間にかカナタさんが、天使の歌声を重ねていた。私のメロディーを踏襲したような音階。即興なのに完成度が段違い。教会で歌われる聖歌のように神聖で、圧倒的だった。
「ほっ、ほっ……フィオ、もうボーカル変わってもらっちゃう?」
「はぁ!? んなの認めな……やばっ、ミスるっ」
「あははっ、ギャラ次第かなー! あー、楽しっ」
「それは、何……っ、何よりですーっ!」
やばばっ、ずれちゃう……どうにかメロディーを作ってくだけで精一杯だ。
「………………ミソラも、ここにいたらなぁ」
「え……?」
だから、カナタさんがふと溢したその言葉も、真意を聞く前に耳を通り抜け、思考からこぼれ落ちるのだった。




