#6-1「ミュスカのカナタ」
-繋ぐ心音 ミュスカ編-
□Side Hearty□
ジアンソ出発から2日。ダイブブルーを目指して歩く私たちは、美しい和音の響く街に立ち寄った。
「随分賑やかねぇ」
フィオさんの言う通り、街は随分と賑やか。ただ、賑やかしているのは人の話し声ばかりではない。
「あっ。あそこでも誰か演奏してますね」
風のようにピアノの音が流れ、足音に混じってドラムがリズムを刻む。話し声のようにギターが響く。音楽の街ミュスカでは、こんな風に毎日誰かが音を奏でるんだとか。
「観光都市でもあるって聞いたけど、予想以上に混んでるわねこれ……あっ、すいません」
「ご、ごめんなさいっ。そうですね、はぐれないようにしなくっちゃ」
ついつい肩がぶつかってしまうほど、大通りは混み合っている。ちょうど日曜日の昼間に来てしまったのもあって、街中大繁盛だ。
「ま、もう1人はぐれてるけど」
フィオさんが言う。ユイナちゃん、どこ行っちゃったんだろう。あまり背がおっきくないから、人混みに紛れ込んでいつの間にか見失ってしまっていた。
「おーい、何してんだ? あの紫のガキんちょは」
ふと、そんな声が人混みの奥から聞こえた。
「紫?」
「まさか……ね」
半信半疑のフィオさんとともに、一応、声のした方へ向かう。
「ユイナちゃ……ん?」
人混みをそーっと通り抜けて顔を出した先に、私たちのよく知る紫の女の子を発見。だけど、思ったより随分高いところにいた。
「あれ、ステージの上かしら」
「ですかね?」
「………………」
私たちに気づいていない様子のユイナちゃんは、広場に仮設された木のステージの上でなぜか正座。数十人の観客に下で見守られる中、目を閉じてじっと動かずにいた。あんな修行が東洋にあったような。
「ハーティ。あたし世間知らずだから合ってるか分かんないんだけど……ステージってなんか披露するところよね?」
「ですね。あれ、正座長くできるよコンテストかと」
「大丈夫それ? 多分この世の催し物で一番盛り上がらないと思うけど?」
正座我慢コンテスト(仮)に挑むユイナちゃん。今からでも声援を送りたいところだったけれど、その前に周囲から一斉に声がした。
「「引っ込めー!!!」」
「えぇ!?」
突然の理不尽なブーイングに固まるユイナちゃん。さっきから固まっていましたが。
「そんな、いくらなんでも……」
「ハーティ、あれ、あれ」
フィオさんの指差した方……『のど自慢大会』……?
「歌わんやつがあるかー! 冷やかしなら降りろガキ!」
ようやくこちらに気付いたのか、ユイナちゃんがステージを降り、慌ててこちらへ駆けてきた。なるほど、真っ当なブーイングだったようです。
「くっ……僕の『あえて歌わない』というロックは響かなかったか……」
「響くわけないでしょ、響かせてないんだから……」
「でもフィオさん、そういう曲ありますよ? 4分33秒間無音の曲」
「あるの!? あってもこの場で演る曲じゃないけど!」
「なんだ、嬢ちゃんたちその子の連れかい? だったらそこで大人しくさせといてくれや」
隣で見ていた男の人に、そう言われてしまった。
「はっ、はいっ」
「頼むよ。なんせ今から"本命"が来るんでな」
本命? ただならぬ雰囲気を感じながら、私たちは再びステージを見上げた。
階段をてくてくと上がる4人の足音。ギター2本……じゃない、ギターとベース。それからドラム。楽器を持った3人は、後ろへ等間隔に並ぶ。
そしてその前には、白いローブで体全体を覆い隠した女の子が立った。そしてスタッフさんと思われる人たちが、慣れた手つきで彼女の前に素早くマイクを立てる。
「えー、では冷やかしの少女に続きまして──」
「冷やかしじゃない!! フリースタイルロックだっ!!」
「お待たせいたしました。トリを飾るのはー!」
ユイナちゃんの声を無視して、司会さんはステージを指差す。
「"ソラカナタ"の片割れ! カナタさんでーす!」
「「おおおーーっ!!」」
カナタさん。その名が呼ばれた瞬間、ブーイングから一転して歓声が巻き起こった。
「はいはーい! よろしくお願いします! 後ろのみんなもよろしく!」
カナタさん? は、歓声を上げる人々に手を振り返す。そして、後ろに並ぶ3人にぺこりと頭を下げた。
「後ろの3人……"サポートスタッフ"?」
"サポートスタッフ"と、3人の胸の名札にはそう書いてある。メインは前に立つカナタさん、ということだろうか。
「ふんっ! あんなてるてる坊主みたいな格好の奴、きっと大したことないね!」
「ユイナちゃん、人の容姿を悪く言っちゃいけませんよ?」
「はい。ごめんなさい」
「ハーティの言うことだけめっちゃ聞くわね、あんた……」
「じゃあー……MC苦手なんで、早速歌いますか!」
私たちが言い合っている傍ら、陽気な声とともに、カナタさんはローブの隙間から右手を出してマイクに伸ばした。歓声は一気に消え失せ、驚くほどの静寂が突然訪れる。まるで、今から始まる彼女のパフォーマンスを見ること以外、みんなまるで眼中に無いかのよう。
「"陰り空"」
タイトルコールと共に、ドラムがリズムを刻む。1,2,1,2,3,4。
そして、声が響き出した。
『「おはよう 良い天気ですね」
そんな嘘ついて 今日も作り笑いだ
君のいない空見上げても
そこにはグレーしか 映らないのに』
足がすくんだ。鳥肌すら通り越して、体が震え上がりそうになる。その歌声は別格で、良い意味で異質だった。耳で聞いているとは思えなかった。心に、その声は響いた。
『願い期待に 何度傷ついた?
脆い苦い リアルが嫌いだ
もう聞こえぬ その声を
よりによって 好きになっちゃった』
悲痛な叫びか、或いはそこに手を差し伸べる慈悲の雨か。そんな儚い声が紡ぐ歌は、クライマックスへ向かう。
『願って 咲いて 散って 枯れきった
想いも全部 全部僕だから
忘れられない 痛みでも
ずっと 連れて行くべきなのに
笑って 泣いて 絶って 切り裂いた
君との時間 もう戻せない
失くしたくない 絆でも
きっと 僕が壊してしまったから……』
「「うおおおおおおーっ!!!」」
一際大きな賞賛を聞いた。
「……あっ」
私はそれを聞いて、残念に思った。
「そっか……」
だってそれは、この素晴らしい歌が終わってしまったことを意味するから。
「ふぅ……ありがとうございましたー!!」
ステージで美しい声を響かせていたカナタさんは、人が変わったように元気な声に戻って挨拶をした。まるで、あの歌の間だけ誰かが取り憑いていたみたい。
「すっごい歌ね……」
「はい……悲しい歌詞なのに、その奥にある熱い気持ちが直接伝わってくる……と、いうか」
なんだか上手く言語化できない。あのバンドは、というよりカナタさんの歌は、とにかく圧巻で、心揺さぶって。
「けど、やっぱ"ソラカナタ"の頃には及ばねえよなあ」
だから、ふと聞こえたそんな否定的な評価が、どうしても気がかりになってしまった。
「あのー、"ソラカナタ"というのは──」
「…………うおおおおおおおお!!!」
隣の観客に聞いてみようとした私の声は、そんな叫びに掻き消された。
「え!? ちょ、何?」
興奮して声を上げたユイナちゃんに、フィオさんが困惑しながら尋ねる。
「すっげー……ねねね! 僕たちもアレやろうよ!」
「アレ、って……え? バンドを?」
「他に何があんのさ! やろうぜ、名付けてトリオ・ザ・ロックだ!」
「その名前マズくない!?」
「あっ、良いですねー!」
「ノリ軽っ!?」
私たちはまだ知らない。
軽い気持ちでバンドに挑戦した私たちが、とある2人を救うことになると。




