#5-3「大好きな、トモダチ」
*Side Fio*
邪魔。ハーティでは役に立てない。それが、あの子の母さんがあの子に言ったことだった。
家族って、親ってそんなものなの?
あたしには親がいなかった。だから、家族って温かくて優しいものなんだろうなって、憧れてた。なのに──
「フィオ様?」
「あっ……はい」
いけない、また考え事しちゃってた。
「大丈夫ですか? ご気分がよろしくないなら、無理に手伝って頂かなくても……」
「ううん、平気。流石にこんなの見て放っておけないわよ」
肩をゆすってきたメイドの言葉に、あたしはそう答えた。
ハーティの母さんたちが治療をしている、その反対側の部屋。黒亀に巻き込まれて軽傷を追った人たちの治療を、あたしたちは手伝っていた。なんでも子供たちが大勢で森に探検に行っていたらしくて、黒亀の侵攻の二次災害に遭ったみたい。
「痛いよぉ……」
「ごめんね。ほーら、痛いの痛いの飛んでけー」
あたしは男の子の出血した膝にガーゼを当てて、彼と顔を合わせながらそう唱えた。ずっと自分の面倒は自分で見ながら旅してきたから、軽傷の手当てぐらいお手のものなのよね。子供の面倒は……まあ、初めてだけど……。
「ありがとー、お姉ちゃん!」
「ちゃんと大人しくしてるのよー……ね、こんな感じで大丈夫かしら」
「バッチリですっ」
メイドが手で○を作って、そう答えてくれた。良かった、バッチリらしい。
そう、あたしはバッチリなのだ。
「………………」
「おねーさん?」
「ひ、ひゃいっ」
問題はアイツで。
「あの、あたしもうケガはだいじよーぶだから。ぎゅってしてなくていいよ」
「あっ、そ、そうですよね……ごめんなさい」
ハーティはいつも以上にあたふたしながら、女の子に言われるがまま握っていた手を離す。不安にさせまいと手を繋ぎながら手当てしてたみたいだけど、なんかむしろ女の子の方が落ち着いてるような。
ヒーラーになるのが夢だったと言うだけあって、手際自体は完璧だった。しっかり勉強しているみたいで、あたしも手当ての方法をいろいろ教わった。だけど、この子はずっとどこか上の空な様子でもあった。
「おにいちゃんも治してあげて。あっちで痛そうにしてたから」
「は、はいっ! 今行きますね」
ハーティがとてとてと走る先に、膝を押さえた1人の男の子がいた。今の女の子よりちょっと歳上っぽいけど、こっちもまだ幼い。
「大丈夫ですか? 今手当しますから」
「うるせえ! 放っとけよ!」
男の子が急にそんな涙声を上げた。や、膝血出てるじゃない……周りの治療を待つ子供たちも、びっくりしながら彼の方を見ている。
「くそっ……くそっ!」
「あの……」
「何かあったの?」
おどおどしたハーティに代わって、あたしが聞いてみた。
「秘密基地が……おれが友達と作ってた秘密基地が、全部アイツに壊されたんだ! みんなで5年もかけて、家みたいにおっきくしたのに……ふざけんな!」
「…………だけど、あなたもお友達も無事ですよね?」
ハーティが男の子と目を合わせて、優しい声でそう問いかけた。随分と言葉に詰まってたみたいだけど。
「大丈夫です。基地は壊れちゃったかもしれないけど、きっとまた作り直せます。早くみんなで作り直せるように、今はしっかりその怪我を治しましょう?」
ちゃんと良いこと言えるじゃない。ヒールは使えないかもしれないけど、しっかり"心のヒーラー"として──
「作れるわけないだろ!! きっとアイツに、あの黒いのに、家も街も全部壊されるんだ……作り直すもなにもあるかよ!!」
「それは…………そんなこと、ありません。きっと、みんなで街を守る方法が──」
「じゃあアイツをやっつけてよ!! ムリなんだろ!? ムリだよ、街の衛兵さんもみんなやられたんだもん!! 姉ちゃんじゃ勝てるわけないんだ!! 適当なこと言うなよ!!」
「おにいちゃん! ダメだよ!」
「うるせえっ! みんなに聞いたぞ! コイツ、このお屋敷の人なのに人を治せないんだって! だから追い出されてたんだって!」
馬鹿ッ……ハーティの目の前で!
「ちょっと! アンタ、良い加減に……!」
「うるせえよ! ッ……」
「おにいちゃん!」
怪我した膝で無理やり立ち上がって、心ない悪童は部屋の外へ出て行ってしまった。
「ハーティ。今の気にしなくて良いのよ」
「…………はい」
顔を伏せたまま、ハーティはこくりと頷いた。その顔を隠す白い髪をどけたかったけど、あたしは手を伸ばさなかった。その向こうに見えた目に涙が浮かんでいたら、その涙をどうしたらいいのか分からなかったから。
「まあ、空回りすることもあるでしょうけど。あんたはよく頑張ってんだから」
「はい。ただ頑張ってただけです」
「ハーティ……」
「私、きっと認めたくなかっただけなんです。自分が落ちこぼれだって。だから"心のヒーラー"なんて掲げて……出来もしないのに、お母様たちの真似をしようとして。全部、悪あがきです」
「違う、あんたは……」
「大丈夫です。ちょっと………………ちょっと、外に出てきますね」
「ハーティ!」
ハーティは立ち上がって、部屋のドアへとおぼつかない足取りで向かう。
違う、そんなわけない。そんな半端な覚悟なら、あんなに頑張れるわけないじゃない。あんたみたいに優しくて一生懸命な奴が、落ちこぼれなわけないじゃない。
そう伝えたかったのに、今のあの子に伝わるだけの言葉が思い浮かばない。ドアを閉める音と微かなすすり泣く声を聞いてから、後悔と自責があたしを押し潰し始めた。
「………………ッ」
「フィオ」
あの呼び声が聞こえなかったら、あたしも泣いちゃってたかもしれない。
「ユイ、ナ……」
「何だよー。んな辛気臭い顔しなさんなよ」
振り返ると、大きな窓の外からユイナが顔を出していた。笑顔でそう言うけれど、なんだかその笑顔もいつもと違って不自然に見える。ううん……きっとあたしの気のせい。
「そっちはもう済んだの?」
窓を開けて、あたしも曇り空の下に身を乗り出す。そして、外の芝生に着地しながらユイナに尋ねた。確か、黒亀から逃げ遅れた人がいないか探しつつ偵察もする……なんて勝手に言ってたっけ。
「とりあえず大丈夫そう。あと平地から見るとやばいねー黒亀。やっぱりこっちに近づいて来てるっぽいし、山みたいなでかさっていうか……山じゃないの? あれ」
「そう」
「そうって、それだけかよー。良いもんね、ハーティに褒めてもらうから…………あれ?」
ユイナはさっき出て行った人を探して、部屋の中をキョロキョロ見回した。
「まあ、色々あってね」
「そっか……悩んでるみたいだったもんね」
珍しく全然ボケてこない。それだけハーティが心配なんだろう。
「あの子、お母さんたちみたいな力が無いのを相当気にしてるみたいでね。『自分がやってきたことは、才能の無さを認めないための悪あがきだ』なんて言って」
「まあ、あんなの見たらね……ちょっと思ったんだよね。僕の故郷にあんな人がいたら、お父さんもお母さんも助かったんじゃないかって」
壁にもたれながら、目を伏せてユイナが言う。確かに、励ましの言葉や温かい気持ちだけじゃ救えない人もいる。"心を癒す"なんて、気休めにしかならない時もある。それは、きっと受け止めなきゃいけないことだ。
「…………でも、ハーティがいたから僕は今も笑えてる。それは何があっても変わらない事実だし、だから僕はハーティが大好きなんだ」
いつになく照れくさそうに笑いながら、ユイナはそう語った。
あたしもそう。ハーティがいたから、みんなで旅する楽しさを知った。新しい仲間が出来た。ただ楽しむだけだった旅に、目的が出来た。あの子がいたから、確かに世界が変わった。
「だからさ。ちょっと考えたんだ」
「考えた……?」
「うんっ」
言いながら、ユイナは壁を蹴って一歩二歩前に歩み進んだ。
そうして振り返ったその顔は、何かを恐れているようで。だけど、それ以上に眩しかった。
「ハーティが救ってくれた僕が、黒亀を倒してこの街を救ったらさ。それって、ハーティのおかげで街が救われたってことにならない?」
……いや。確かに筋は通ってる。
通ってるけど。
「いや……いや。だって……街の衛兵がみんなやられたって。しかも山みたいな化け物なんでしょ……倒すって?」
「うん。大丈夫だって! 僕、人間より強いし!」
「でも!」
「嫌なんだ」
あたしの言葉を遮って、ユイナは嫌だと言った。
「ハーティが沈んだ顔してるのは。ハーティは世界で一番良い奴だから、世界で一番楽しそうな笑顔でいて欲しいんだよ」
あたしだってそう思う。あの子に悲しい顔なんて似合わない。精一杯頑張ってるあの子が、笑えないなんて許せない。
「だったら……だったら、あたしも一緒に」
「ううん。フィオはハーティを励ましてあげて。僕が帰ってきた時にまだ泣いてたら、承知しないからね!」
「は? あんた一人で戦う気なの!?」
「大丈夫、僕はヤバかったら逃げりゃ良いじゃん。でもハーティは……誰かが一緒にいてあげないと、壊れちゃうと思う。だから、お願い」
そうだ。
ユイナが戦おうとしてるのも、ハーティを救うためだ。だったら、誰かがハーティを守ってあげなきゃ。
「分かった。でもあんたこそ、帰って来なかったら承知しないわよ。うちのパーティ、無断脱退なんて許さないんだから」
「へいへいっ」
またいつもの調子に戻って、ヘラヘラ笑い出した。ま、その方が良いか。
「…………僕の大好きな人のこと、託すよ。僕のトモダチ!」
ユイナの腕が真っ黒に染まる。背中に漆黒の翼が生える。
だけどあたしにグーで突き出してきたその手は、小さくて温かかった。
だからあたしも、精一杯の祈りを込めて拳を重ねよう。
「ええ。あたしたちで救うわよ」
どうか全部全部、どうにかなりますように。
そんなヘタクソな祈りを込めて。




