#5-1「再会、最大の危機」
□Side Hearty□
ウォーラを旅立った私たちは、次の小さな町でアルバイトに勤しんでいた。
「うわあああああぁぁぁ!!!」
「ヴォフッ、ヴォフッ、ヴォフッ……」
そして、私は命の危機に瀕していた!!!
「フィオざああああああっ!!!」
森を死に物狂いで駆けるは私。追うは巨大イノシシ。立ち止まればそこで即死。「し」が3つ続きました。嬉しくありません。
「『エレメントワーク』ッ!!」
凛とした掛け声と共に、イノシシの周りの地面が揺らぐ。土が光を放ち、細長い棒状にその形を変えていく。
「縛れ!」
フィオさんは縄を結ぶように、手を交差させた。長い髪がふわりと揺れる。
「ヴォフ!?」
土はやがて4本のロープになって、イノシシの足に絡みついた。たまらずイノシシが暴れ出すが、素材からは想像できない頑丈さで巨体を掴んで離さない。い、今のうちにちょっと休憩……。
「はぁ……お爺様が川岸で手を振ってました」
「だからあんたは無理について来るなって……ほら、ユイナ!」
「はいよーっ!」
元気な声と共に、人影が私の真横を横切って風を起こした。ユイナちゃんはイノシシの目の前で減速しながら、体勢を低くして足を引く。
「おりゃあっ!!」
ゴギっと、すごく嫌な音がした。鼻に蹴り上げを喰らったイノシシが、あの頑丈なロープを千切るほどの勢いで空に飛び上がっていく。
「よっと!」
「あっ」
ユイナちゃんはそれを追うように高くジャンプして、拳を振り上げた。太陽と重なったその純白の腕が、真っ黒に染まっていく。
「ひっさーつ……『竜牙(仮)』ッ!!」
「ヴォォォ!!」
人間を遥かに超えた、竜人のパワーで放たれる一撃。イノシシの大きな体は高速で地面に落っこちて、そのまま動かなくなった。
「げほっ、けほっ……バカ、あたしたちまで吹っ飛ぶってば!」
「ユイナちゃん! どこですかー!?」
両手を空に上げながら、私は上空を見上げた。巻き起こった砂埃でよく見えないけど、ユイナちゃんを受け止めてあげないと。ユイナちゃん、飛べな──
「……飛べ……?」
「へへっ。飛べるよ〜」
翼をバタバタと動かしながら、得意げに笑う可愛らしい顔が青空を彩っていた。
「はい、三頭確かに。お疲れさん」
町に戻り、猟師の方から労いの声を頂いた。今夜は町で代々続く特別なお祭りらしく、そこで必要なイノシシ肉を集める手伝いをするアルバイトを募っていたのだった。
「ほんっとに疲れた……給料高いからって安易に手を出すもんじゃないわね」
フィオさんはやれやれと肩をすくめている。貸してもらった武器が一撃で吹き飛んだ時は、流石に旅の終わりを悟ってしまいかけた。
「ユイナちゃんのおかげで助かりました」
「へへーん!」
ユイナちゃんは大活躍でご機嫌だ。いつの間にか飛べるようになっていてびっくりしたけど、きっとどこかで一生懸命練習していたのだろう。
「あー! 空飛んでたお姉ちゃんだー!」
「ほんとかよー」
ふと聞こえてきた無邪気な声。軽快な足音。
「おー? なんだなんだ」
いつの間にか、ユイナちゃんは町から走ってきた子供達に囲まれていた。みんな何かを探すように、彼女の背中を見回している。
「もしかして……これが見たいのかなー!?」
「「おおー!!」」
ユイナちゃんの背中から、バサっと黒い翼が顔を出す。子供たちからワクワクした笑顔が溢れ出した。
「はいっ、背中に乗りたい人ー!」
「乗りたい乗りたい!」「飛びたーい!」「あたしもー!」「お姉ちゃん背ちっちゃいねえ」
「こらっ、一列に並ぶ! 順番! あと背ちっちゃいって言ったやつは一番最後ね」
子供達と一緒に、ユイナちゃんも笑ってる。
「楽しそうね」
「……はい」
もう、人を憎んで牙を向けていたあの頃の彼女はいない。悲しみは消えないかもしれないけど、それでも彼女はちゃんと前を向くことができている。"心のヒーラー"も、少しはその役に立てているのだろうか。
「こんな風にみんなが笑える場所を、これからも……」
「作りたいわね」
これから。
この旅はどこまで続くだろう。私はどこまで行けるだろう。出来れば、3人でどこまでも──
「ハーティ!」
どこまでも続くはずの道を断ち切る、懐かしい声。
「えっ」
聞き間違いかと振り返る。結果、聞き間違いではなかったと思い知らされた。
「久しぶり。やっと見つけた」
「…………姉様」
私の視界に映った、白い短髪。貴族の衣服。彼女の後ろに控える馬車。何より、忘れるはずもないその声と微笑み。
どうして、ここに姉様が。
「姉様? え、ハーティのお姉さん!?」
「君は……ハーティのお友達かな? 姉のメルリアです。はじめまして」
「あっ……っと、フィオ、です。こんにちは」
「んー? どうしたどうした?」
お辞儀するフィオさんの後ろから、子供達を振り払ってユイナちゃんも駆けて来た。
「えっ……うわあああああああ!? ハーティのドッペルゲンガーがいるううううう!!!」
「馬鹿ッ!」
「おっと……ははっ、愉快な友達が増えたもんだな?」
ユイナちゃんにいつも通りツッコむフィオさんを見ながら、姉様が笑って私に言う。
「ま、楽しくやってるようで良かったけど……すまない。ハーティ、今すぐ私と家に帰ってきてくれ」
「えっ……」
「頼む、な」
言い寄りながら、姉様は私の手をぎゅっと握った。久々に握る、私より一回り大きくて温かい、懐かしい手。だけど私には、感傷に浸る余裕なんてなかった。
帰る? 旅が終わる? 嫌……なんで、そんなに急に……。
「唐突すぎよ」
「フィオ、さん……」
いつの間にか、姉様の手をフィオさんがどけていた。
「全部ハーティから聞いた。あんた達、ハーティのこと追い出したんでしょ? それなのに急に会いに来て今すぐ帰れだなんて、身勝手も良いところじゃない?」
「そーだそーだ! 僕それ知らんけど」
「ち、違うんです! 姉様は私を庇ってくれて……」
「良いんだ、ハーティ」
私の言葉を、姉様は手で制した。
「まあ、そう言うのも分かるよ。結構話し合いの時間が必要みたいだな……だけどもう、時間も余裕も無いんだ」
姉様は2人の妨害に何も言わなかった。いつも姉様は優しくて、大抵のことでは怒らない。だけど今日のその冷静な態度は、優しいと言うよりも、何かに参っているかのようで。
そんな彼女が続けた言葉は、あまりにも突拍子もないのだった。
「ハーティ。私たちの街が……ジアンソが、滅びるかもしれないんだ」
「………………え?」
-挫折と新たな覚悟 ジアンソ帰郷編-




