1-2「フィオとの出会い」
「何してんの?」
「え……」
見上げると、そこには見知らぬ1人の女の子がいた。ちょっと古ぼけた、おヘソが見える赤い服。男の子みたいな短めのズボンの下には、黒いニーソックスを履いている。長いオレンジ色の鮮やかな髪が、風になびいてる。持ち物は傷や汚れがあるけど、すごく綺麗な人だ。
その後ろには……。
「大きい荷物……」
「あ、会ってすぐそこ触れる?」
女の子は、背中に大きなリュックを2つ背負っていた。右手にも、一回り小さい鞄を持っている。凄い、力持ちなんだ……。
「まいいや。どうしたの、こんな所で。道の端でしくしく泣いてるから、何事かと思ったわよ」
「ごめんなさい……」
そんなに堂々と泣いちゃってたんだ……。
「ほら、とりあえず落ち着いて。どっから来たの? 女の子が1人で何やってるわけ? ……って、あたしが言えたことでもないけどね」
「えっと……私は……」
なんて言えばいいんだろう。神授がダメだったから逃げて来て泣いてました、って? いや、この人もそんなこと言われても困っちゃうだろうけど……。
「……ま、言いたくなきゃ良いわよ。あたし、この辺で一休みして行こうと思ってたから。一緒にどう? 食べ物とかちょっと持ってるし」
「ああ……ありがとうございます」
……優しい。すっごく優しい! 嬉しい!
「……なんでそんな、目キラキラしてんのよ」
「え、してました?」
「してたしてた。さてと……とりあえず座ろ」
女の子が川辺の岩に腰掛ける。私は……お隣座っていいのかな?
「あたし、フィオ。あんたは?」
「ハーティです」
「オッケー。はい、ハーティも食べな」
フィオさんはそう言って、私に紙袋を1つくれた。中を見ると、いい焼き色のついた丸いモノが顔を出した。
「これは……」
「あんパン。知ってるでしょ? ほら、こっちも飲みな」
フィオさんはそのまま、今度はビンを一本くれた。牛乳だ。
「はむっ。うぅん、あの町のあんぱんも良い!」
「あの町、って……?」
「ああ。昨日まであたしがいた町。他の町にもあんパンは売ってたけど、あそこのはかーなり良いわね」
「色んな所、歩いてるんですね」
んんー、と言ってから、フィオさんはパンを飲み込んだ。上機嫌に足を揺らしている。
「まあね。あたし、国中旅してるの。今目指してる町が4つ目ぐらいかな。きままに歩いてるの」
きままな旅。私にはとおっっても無縁な話。自由に出かけたりなんて、したことなかった。
なんだか、フィオさんが眩しく見える。いや、きっとホントに眩しいわけではないんだろうけど……。でも、なんだかフィオさんの姿が、明るくおっきく見える。
「フィオさんは、凄いです。私、今はもう行くあてもなくて……」
「そう……」
フィオさんの少し悲しげな声が聞こえる。ダメダメ、暗い話はダメだ。
「まあ、それでもとりあえず歩いてみることね。あたしだって、確かな行き先や目標は無いし」
「そうなんですか?」
「そうそう!」
言うと、フィオさんは力強く立ち上がった。
「あたし、子供の頃から両親がいないせいで貧乏でね。まともに学校にも行けなかった。だから、人と同じように生きることなんてできない」
フィオさんは、遠い空を見上げている。綺麗な瞳に、微かな天空の青い光が重なる。
「でもね、それでもいいの。『真っ当に生きられないから、せめて楽しく生きる』。だからあたしは……この旅を楽しむの。この人生をね!」
楽しむ。生きる。
フィオさんの言葉が、私の中で響いた。何かをそっと揺らしているような気がした。
私は何をしてたんだろう。さっきからずっと、暗く沈んで、途方にくれて。
ダメなんだ、それじゃ。フィオさんは前を向いてる。前を向いてる彼女が、輝いて見えるんだから。
私も、そうなりたい。
「……フィオさん! その……つ、付いて行っても良いですか!?」
え……何!? 私、急に……とっさに言っちゃった……!
「良いよ」
「え?」
「当てがないんでしょ? だったら付いて来たって良い。ただし、荷物は半分こで持ってもらうわよ」
「わ……分かりました!」
しっかり返事できたのか、それは分からない。でもフィオさんは、ただ穏やかに微笑んでくれた。
「じゃ、行きましょうか。『マルトン』って町を目指すわよ」
マルトン、私の街じゃない。あまり知らないけれど、確か西の方の町だったはずだ。マルトンにそびえる、すっごく大きな木の絵を、前に本で見たことがあった気がする。
「分かりました! 行きましょう!」
*Side Fio*
……んで。
あたしの隣に、頼もしい……かは、よく分からない仲間が加わった。
ハーティ、か……。結構綺麗な子だ。白いふわふわした髪は触り心地良さそうだし、ちょっと良い匂いがする。服が変に白くて質素で、ちょっと違和感あるのが気になるけど。
「あのさ、ハーティ? 持つ荷物は半分でいいんだけど?」
「いえ……大丈夫、です……!」
なぜかハーティは、あたしの荷物の8割以上をかっさらっていき、無理して背負っている。いやいや無理してるでしょ。腰落ちてるし、結構踏ん張って無理やり支えてる感じだし。
「ほら、荷物貸して」
「ダメです! 持ちます!」
あたしが強引に取ろうとしても、彼女はヒョイっと体を回して器用に避けてしまう。
あたしはもうちょっと気楽に旅したいのに……同行し始めちゃってから言うのも何だけど、なんか温度差すごいのよね……。
「……ハーティ!」
「は、はぃぃ!?」
ちょっと大きな声で呼んでみる。そして、ちょっと頭を軽く叩いてやろう。しっぺみたいな感じで。
あたしはハーティの前髪にポンっと触る。あー、やっぱり。いい感触だ。
「限界迎えられたりしたら、こっちが困るのよ。分かったら荷物渡しなさい」
「はい……」
半分ぐらいの荷物が、あたしに返ってくる。かれこれ数週間旅をしてきたこともあって、このくらいの荷物はもう慣れっこだ。
「……フィオさん!」
「へ?」
反応するや否や、ハーティがあたしの方に近寄ってくる。何いきなり……。
「それ!」
「ふぇ!?」
何故だか、頭をポンと叩かれた。
「えへへ。フィオさんの髪、サラサラしてます」
「……何よ、いきなり」
「え? これ、挨拶か何かじゃないんですか? てっきりそうなのかと……」
ハーティはきょとんとして、首をかしげている。
この子……天然か? こんなのが挨拶な訳ないし、挨拶だとしても唐突すぎるでしょうが……。
「ごめんなさい……でも、フィオさんの髪の毛、綺麗だしすっごく良いです」
「え……いやいや、あんたの髪こそフワッフワして……」
あれ? いつから褒め合いっこになったっけ?
「えーっと……もうこの話終わり! ほら、早く行くわよ」
「はい!」
素直なんだけどな……。かなりの天然だ。よく覚えておこう。
結構振り回してきそうな子だなぁ……退屈もしないだろうけど。