3-5「ターニングポイント」
*Side Fio*
「んー、悪くないわね……」
口の中の物を飲み込み、あたしは言った。絶妙なおいしさのタレの味が、まだ舌に残っている。
今晩あたしたちは、長の大っきな屋敷の客間に泊めてもらうことになり、今は晩御飯を食べてるとこ。勿論ハーティと一緒に、なんだけど……。
「……早く食べたら? 冷めちゃうわよ」
この子ったら、さっきから考え事ばっかりで、一向に食べようとしない。折角美味しいのに……しかも、あたしもう食べ終わっちゃったし。
ま、理由は分かるけど。
「気がかりなんでしょ? ユイナのこと」
「えっ……」
ハーティがはっとして顔を上げる。ほら図星。
「……フィオさんは、気にならないんですか? 私は助けたいです、ユイナちゃんのこと」
「そりゃ気にはなるわよ、あんな話聞いた後じゃね。あいつもただの悪ガキじゃなかったんだなって。何年も、辛い思いして来たんだなって」
ユイナについての話は、長から聞いた。両親も昔の仲間ももう、この世にいないってことも。
あたしにも、親はいない。小さい頃から行方もしれない。何度寂しい思いをしたか分からない。
でもあいつは……目の前で殺された。寂しさも忘れられるような幸せを、目の前で奪われた。
人間を嫌いなのも、今なら少しだけ分かる
だけど……結局、少ししか分かってあげられないだろうから。
「放っておいた方が良いわ」
「どうして……」
「あんたはきっと、可哀想だ、助けてあげなきゃって思ってるでしょ? だけど、そんなのはきっと、薄い同情にしかならない。あいつの気持ちを本当に理解するなんて、人間として普通に生きてきたあたしたちには無理だから」
「でも……助けないと! じゃないと『心のヒーラー』なんて名乗れないです!」
「そんなこと言ってるようじゃ、やっぱりダメね」
「そんな、何が……!」
ハーティは必死だ。
そんなに必死だから、任せられないってのに。
「あんた、自分で分かんない? "助けたい"じゃなく、"助けなきゃ"になってること。やらされてるのよ」
「……やらされてる……」
ハーティは、あたしの言葉を繰り返した。やっと気付いたらしい。
「まるで誰かに強いられてるみたいに……そんなんで人を、ましてや傷ついた人の心なんて救えるの? 癒せるの? 人の心って、そんな簡単なもんじゃないわよ」
あたしだって、好きで言いたいわけじゃない。
だけど……きっと、ここが大事なターニングポイントなんだ。ハーティが本当の"心のヒーラー"になるための。
だから、ハッキリ告げる。この子を導いてあげたいから。
「……ごめんなさい。私、もうちょっと考えてみます」
「そうね。もうちょっと考えて……それで、少しでも近づきましょ。ユイナの心に」
ふと、空を見上げる。雲が晴れた夜空のてっぺんに、三日月が浮かんでいた。満ち始まりの月が。
-翌朝-
ねっむ……。
世のおじいちゃんというものは、大抵早起きだ。そして育ちの良いハーティは勿論、早寝早起きにも慣れていることだろう。
よって、あたしだけが眠気に捕まったまま起きなきゃいけないワケ。
でもまあ、あたしのことはどうでも良い。肝心なのは__
「……良い顔してるじゃない」
「いえいえ。 フィオさんの方が綺麗ですよ」
「いやそういう意味じゃなくてね?」
__肝心なのはこの子。大丈夫そうね。
「おはようございます、お嬢さん方。それでは早速、お二方を人里へお送りいたします」
長が言う。実は、昨日からそう決まっていた。あたしたちを目隠しして人の暮らすところへ帰して、それで竜人とあたしたちの付き合いはひとまず終わりって。
だけど勿論、あたしたちは頷いたりはしない。
「……今日だけ、待ってもらえませんか?」
「何と……それはまた、何故ゆえに?」
「私たち、ユイナちゃんを助けてあげたいんです。人間が嫌いなままでいて欲しくないんです」
ハーティの言葉に、長は少し驚いた様子を見せる。だが少し考える仕草を見せた後、すぐに顔を上げて、口を開いた。
「お気持ちはありがたいですが……しかし、むやみに接触しては、今度こそ怪我を……」
「だったら、いつあの子を更生させんのよ?」
……あ、つい口開いちゃった。ま、言うこと言っとくかな……。
「この子……ハーティはすっごく優しくて、思いやりもある。そんな人間に心を開かないようじゃ、あの子の人間不信は一緒治らない。今が最初で最後で、最高の機会じゃない?」
「……分かりました。1日、あなた方に託してみましょう」
「ありがと。じゃ……」
「……ありがとうございます!!」
うぉっと!? 黙ってると思ったら急に大声出したし……。
「長も、フィオさんも……私、頑張ります! ていうか、今から頑張りに行きます!」
「あ、ちょっと!?」
……行っちゃった……。
「全く、あの子は……」
「ふぉっふぉっふぉ。まるで親子ですな、お嬢さん方は」
「え……そう? あたしそんな大人ってか、おばさんに見える?」
「いえ、そういうことではございません。ですが、あなたの諭す姿、見守る姿……さぞかし彼女の支え、そして導きになっていることでしょう」
「ま、あの子は放っとけないしねぇ。天然だし、自分の力量考えずに頑張りすぎるし。あたしがこうやって見てあげてないと」
「……やはり、まるで母親……いえ近所のおばさんですな」
「何で言い直した!? ぶん殴るわよ!? 竜人でも老人はボコせるわよあたし!?」
あー、いやちょっと待って。老人でもやっぱガタイ良いから無理……ま、いいや。
「おおっと、落ち着きなされ落ち着きなされ……」
長はビビって一歩引いたと思ったら、今度はよろけて後ろに倒れた。
「何やってんのよ……」
「……フィオ殿」
長が言う。倒れっぱなしの姿勢で。
「……どうか、ユイナを救ってくだされ」
「任しときなさい。うちのハーティがきっと、心癒して、救って、友達になってあげるわよ!」
……やっぱハーティ大好きなおばさんね、あたし。




