表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/53

1-1「無能力者ハーティ・コロコの家出」

 カーテンの隙間から射す光は、神様からの私への祝福。さえずる鳥の声も、私へのお祝いに聴こえる。嬉しい反面、これだけ背中を押されると緊張も高まってしまう。


 私は真っ白な衣を体に着込み、準備をようやく終えた。神からの贈り物を授かるこの日は、清らかで質素な衣服であの式に臨まなければならない。


 時計が10時の十分前を指している。私は期待を胸に、部屋のドアをゆっくりと開けた。


「……おお。おはよう、ハーティ」


 廊下に出てすぐに出会ったのは、私の姉様だった。そう言えば何十分か前までずっと寝過ごしていたっけ、姉様。服装はきちんとしているけど、寝癖が一つそのままにされている。


「いよいよ神授(しんじゅ)の日か……いつの間にか15歳なんだな、ハーティも」


 話しながら、私たちは神授の部屋へと歩いて行く。


「はい……」


 胸の鼓動は中々おさまってくれない。自身の神授の日を大成功させた姉様と一緒に歩くと、やっぱり自分はダメなんじゃないか……そんな気がしてしまう。


「そう緊張するなよ。だいじょぶだいじょぶ」


「はい……でも私、姉様たちみたいに、神授の日の前から能力が発現したりはしなかったし、やっぱり……」


「そんなの、あんまり関係ないって。ほら、もう始まるぞ。顔上げなよ」


 いつも姉様は、私が凹んだ時、悩む時、こうやって優しい言葉をかけてくれる。


 だけど今日は……いや。今日もこうやって応援してくれるからこそ、絶対に成功させなきゃ。


 ドアの上には、『神授の間』と書いてあった。深呼吸してから、私はゆっくりとそのドアを開ける。


「失礼します……」


 緊張のせいか、声が変に震えてしまう。


 中では母様が待っていた。父様や他のきょうだいのみんなは留守らしい。


「ちゃんと時間通りに来たわね」


「はい。よろしくお願いします」


 ダメだ、やっぱりどうしても緊張する。


「私は神授には関わらないわ……そう緊張しないことよ。堂々かつしっかりとした態度で臨みなさい。神から力を授かる、大事な式なのだから」


 母様の言う通り。今日は私にとって、何より大切な日。






 始まりは、モンスターが世界を脅かし始めた、数百年前の時代だったらしい。


 その頃、天界の神々は、人間の力を試すために、15歳になった子供に、特殊な能力……『神授』を授け、自分たちの力だけでモンスターと戦わせるようにしたそうだ。


 人間はモンスターと戦えるようにはなったが、それでも被害は大きく、また人間同士の争いも起き始めた。


 そんな状況を変えるべく台頭してきたのが、『ヒール』と呼ばれる神授を持つ人々だ。彼らはその力で人々の外傷や病を癒し、必要不可欠な存在として尊ばれるようになった。


 そして、危険なモンスターが滅ぼされた現在でも、ヒールの力で人々を救う彼らは、『ヒーラー』と呼ばれ、慕われている。






「……そして、我々コロコ家はヒーラーの名家。5代前から、コロコ家の全ての人間は、ヒール関連の能力を授かり、慈悲と誇りを持って人々を救ってきました。あなたもそのコロコ家の一員。期待しているわよ」


「は……はい」


 そうは言っても、私は不安でいっぱいだった。


 子供たちの中には、15歳になる前から、自らが授かる神授の片鱗を発揮する者がいるという。今隣であくびをしている姉様も、さらに上の兄様姉様、父様や母様たちも、片鱗を発揮し、見事強力な神授を授かってきた。


 だけど、私は片鱗など見せることができなかった。自分の能力を予想すらできない。みんなと同じく、ヒール系だと祈るだけだ。


 いや……そもそも、家柄など関係ない。私はヒーラーになって、沢山の人を救いたい。今までこの贅沢な箱庭で過ごしてきた分、これからは幸福をみんなと分け合いたい。そのために、人々の傷も病も癒していきたい。


「……時間ね。始めましょう」


「はい……!」


 もう迷いはない。ただ祈るだけだ。私は部屋の奥の石板の上に座り、手を合わせて神に祈る。


「大いなる天界の神よ。希望を抱きし我が身に、神聖なる力を授けたまえ……!!」


 お願い、ヒールを。人を癒せる力を、私にください……!


 閉じていた目を、少し開いてみる。私の体が、青い光に包まれている。全身に力が湧いてくるのを感じる。これは審判だ、と聞いている。今、神は私を見て、何を授かるかを決めているのだと。


 受け取っている。神様から、何かを、確かに。


 青は誠実と慈悲の色。大丈夫、私はずっと正しく生きてきた。まっすぐに夢を見てきた。きっと上手くいく。


 気付けば、私を包んでいた光は消えていた。


「……終わった……?」


「そのようね」


 母様が静かに言う。


「その石板を見てみなさい。あなたの神授が、そこに記されているはずよ」


 頷き、立ち上がる。ええと、石板には……。


 え?


「え、何これ……?」


 文字が、書いてない? 黒いハート型の傷が、石板の真ん中に刻まれているだけだ。それも、私が見た1秒後には消えてしまった。


「……何か感じるか、ハーティ?」


 姉様の声で、我に返った。確かにさっきは、力を感じた。感じたはずなのに……。


「失敗なのか……?」


 姉様が言う。


 失敗? ヒールどころか、何かを授かることさえ出来なかったの?


「考えられるのは2つ。極端に微弱な神授で、本人にさえ気づくことが出来ないのか、あるいは、神に見放され、何も授かれなかったのか」


 母様が言う。その淡々としたもの言いが、私の不安を掻き立てた。


 私はどうなるの? こんな結果に終わって、それもコロコ家という名家で……私は……?


「どのみち、言ってしまえば大失態ね」


「母様! そんな言い方は……まだハーティの神授が無いと決まった訳では……」


「ならどうするの? ハーティに期待していたのはコロコ家だけじゃない。街の人々や、他の多くの名家の方々……多くの方面から期待されていたというのに、これでは当家の面目が丸潰れよ」


 そして母様は、続けて言い放った。


「……この家を去りなさい。面汚しはコロコ家には必要ありません」


 必要ない? 私が……?


「……母様!!」


 姉様……怒ってるの?


「そんなに面目が大事ですか! ハーティは何も……ただ、神授に恵まれなかっただけで! ただそれだけで、そこまでするなんて……家族でしょう!?」


「あなたこそ、もう19歳でしょう、メルリア? まだ自覚が無いの? コロコ家はただの一家族ではない。ヒーラーの名家として……」


 やめて……私のせいで、こんな……。


 私がいるから……。



「……」



 私は……。



 私なんか、要らない……!!



「……出ていきます! 出ていってあげますよ!」


「は……ハーティ!」


 姉様……ごめんなさい……!




「……こんな所まで来たんだ」


 私は何をしていたんだろう。気がつけば、街の外れまで来てしまっていた。


 痛い……胸が、心臓が苦しい。ここまで走って来たの?


「帰らなきゃ……」


 ゆっくり振り返って、私は足を進めようとした。


「……ダメだ」


 ダメだ。帰れない。あんなことしておいて、のこのこと帰るなんて……。


 それに……私、必要ないんだっけ……。


「行こう。どこか、私がいても良さそうなところへ」


 ゆっくり足が進んでる。街を出て、ただ『どこか』へ歩いている。


 これでいい。もうなんでもいい。どこかへ行ってしまいたい。



 どこへ? どこへ行けばいいの?


 私は知らなかった。ずっと箱庭で不自由ない生活をして来た。だから、こんな状況になったら何もできない。


 1人ですら、生きていけない。


「……ダメ。それでも、行かなきゃ」


 止まった足が、また進んでいく。流れる鼠色の雲や、その間をぬって進んでいく太陽とともに、当てもなく土の上を漂う。


 たった1人で、地を転げていく。




 どこまで行っただろうか。お腹がすいた。喉が渇いた。川の水って、飲んでいいのかな。


「私……ホントに何もできないんだ」


 顔を何かが伝ってる。涙がこぼれてるらしい。


 胸が痛い。傷ついた心がズキズキする。こんな傷を癒してあげるために、ヒーラーになりたいと思っていた。なのに……。



「何してんの?」


「え……」


 目の前に赤い服が見える。見上げると、そこには1人の女の子が立っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ