日常・ようこそ王下町(ライト)
タイトルの括弧()の中の人の視点というシステムにします。
目の前の少年魔術師はどうやらやっと俺が悪魔ではなく人間だということに納得してくれたらしい。……それにしてもこの若さで悪魔召喚なんて危険な魔術を行うとは、ひょとするとこの少年はなかなかに優秀なのかもしれないな。
そんなことを考えながら周りを見回す。やはり俺の世界では見たことの無い建築洋裁だ。材質はレンガでもなければ木でもない。継ぎ目無く滑らかな床はどこか水面を連想させるので、何らかの魔法で人工的に作られたものの気がする。。ちょっと移動して壁や柱に触れてみたところ結構頑丈な作りのようだな。そうとなれば、
「ところでこの建物は君や君の団体の持ち物なのか?魔物の気配もしないし、できれば夜が開けるまでここで仮眠と準備をしておきたいのだが……」
「ああ、はい。ここは今は使われてない廃病院なので問題は無いと思いますよ。」
「ふむ、なら使わせてもらうとしよう。」
「……そんなことより、僕はもっと詳しい話を聞きたいんですけど!いったい何が起きたと言うんですか!僕は悪魔を呼び出そうとしたのに、なんで!そんな!ゲームみたいな世界の住人が呼び出されてるんですか!?」
少年魔術師は凄い勢いで俺を問いただしてきた。きっと突然の事で混乱しているのだろう。無理もない。長い冒険の日々を生きてきた俺ですらまだ少し動揺している。状況整理や今後の計画のために、少し話をしてみるのもいいだろう。
「では、今俺の身に起こっている事を話そう。時に君、名前は?」
「岡流斗です。」
それから俺は岡に状況を説明した。子供を助けようとして馬車にひかれ死んだこと、神を名乗る青年にこっちの世界で復活させられたこと。さらにさかのぼり、俺がしてきた冒険
の日々についても話した。古の遺跡を調査したこと、モンスターに囲まれて九死に一生を得たこと、仲間と力をあわせて強大なドラゴンを倒したことなどなど。
もちろん、こっちの世界についての話も聞いておいた。ベテランの冒険者はしっかり事前情報を収集し、万全を期したときにのみ行動を起こす。ある意味冒険者は『冒険』しないのだ。どうやらこっちには、モンスターというものが無いらしい。さらにスキルもレベルもステータスもやはり無く、魔法も我々の世界のものと少し違っており、世間的には「無い物」とされているらしい。俺がやって来たこの町は王下町と言うらしく、いたって平和な普通の町のようだった。
ひととおり会話した後、岡は家に帰り俺は眠ることにした。暗いうちに探索を開始したっていいことは何もない。今は体力を回復させて、明日の冒険に備えるとしよう。……全く新しい世界での冒険、冒険者冥利につきる。
◆◇◆◇◆◇◆
王下町ホテルの一室、ドクロやらトカゲの標本やら奇妙な物が散乱してるなか、一人の男がノートを読んでいた。ノートの表紙には大きく一文字『呪』と書かれている。
「やはり、この部分を少し改良すべきかな?」
男は呟きつつノートに何かを書き加えていく。その男の目は真剣、かつどこか楽しそうでもあった。不意に男は立ち上がる。そして一人話しはじめた。
「ふふふ、やはり術というのは楽しくなければいけない。術をしらないパンピー共とは違うというこの感覚、この高揚感!どんなに廚二の痛い奴よばわりされても仕方ない!この特別感こそ術の本質!私の生き甲斐!」
ひとしきり叫び終えたら満足したのか、部屋を出ていく。自販機の前まで来ると、反対側からグラサンのいかつい男がやってきた。
「ちょっと、先ええやろ?俺喉乾いとんねん。」
何も言わずに順番を譲る魔術師。グラサンはコーヒーを買うと
「ごめんな。」
と言って去っていった。やはり魔術師は何も言わず、ただ微笑んでいた。そして魔術師もジュースを買い、部屋に戻ろうとした時に一言、
「いえ、こちらこそ。」
その瞬間、遠くを歩いていたグラサン男が倒れ、うめき声を上げ始めた。
「えげぇ、く、苦しィ!だ、誰かぁ!」
魔術師はそれを気にする素振りもせずにその場を立ち去っていく。
「見たいアニメがあるのでね。ちょっとDQNには構ってられない。」
静かな廊下に男の悲鳴だけが響いている。少しするとホテルの職員が助けに来て救急車を呼んだようだが、その後男がどうなったのかは分からない。
魔術師西宮寿言、五月四日、王下町広場にてサイン会開催予定。
◆◇◆◇◆◇◆
朝が来た、さあ町の探索といこう!俺は荷物を持ち早速館の外へと出ていく。まずは食べ物だな。よかったことに自称神から金はたくさんもらっている。覗いてみたところ50万ゴールド、つまり金貨100枚くらいはあるだろう。普段はもっと細かい銀貨等を使うのだが、まあ純金貨じゃないだけマシか。
食べ物屋を探してブラブラ歩いていると、まあ驚きの光景が広がっていた。まず、道が全て舗装されている。それも石詰めでは無く何やら見慣れない舗装でとても滑らかだ。やはり魔法を使っていそうだ。さらに、大きな道には、馬にも牛にも繋がれていない車がひとりでに、しかもたくさん走っていた。おそらくは魔法を封じ込めた機材を使用した車なのだろう。
俺の冒険者としての観察力及び洞察力からみるに、どうやらこの世界は魔法を取り入れた技術がとても盛んでそれによって発展しているようだな。あちこち観察しながら歩いていると、またひとつ気付いた。どうやら俺はこの世界の言葉が分かるようになっているらしく、文字が読めるのだ。きっと自称神が気を使ってくれたのかもな。まあ、もとの世界に無い概念は分からないと思うがそれでも充分だ。
お陰でこうしてすんなり食堂を見つけることができた。看板には『ファミリーレストラン、サイゼリ屋』と書かれている。レストラン=食べ物屋のはず。冒険の日々から考えると『食』には文化が出る。さあ、俺にこの世界の『文化』を見せてくれ!